第37話 もう大丈夫。お姉ちゃんだよ

「うっ、ぐっ!」


 周囲からの一斉掃射は途切れない。いよいよ魔力防壁に亀裂が入った。数発が俺の肩や足を貫通する。


 魔力が切れかかっている。防壁を維持できない……!


 打開策を探しながら、俺は目の前の敵を睨み続ける。


 魔将『不死身のヴァウル』。こいつの情報は、ほとんどない。


 前世では俺たちドミナ系魔族と交戦しなかった。勇者アリアと戦った記録もない。他の人間との戦いで不死身ぶりだけは知られていたが、その原理は誰にも明かされていない。


 勇者アリアが南の魔王ゼートリック4世を倒した後は、消息不明となっていた。最後まで謎の魔将だったのだ。


「わ、わたしも手伝うわ!」


 思い立ったか、俺の隣にフラウが立った。魔力防壁を重ねてくれる。


 だが、こんなに頼りない防壁では……。


 魔将ヴァウルは、不気味に笑う。分体全員が同じ笑顔を浮かべる。


「ではトドメを刺して差し上げましょう」


 一斉掃射が止み、代わりにヴァウルが魔力を練り上げる。


 強烈な一撃が来る……!


 ダメだ。こんな防壁では防げない。


 その瞬間、俺はみんなを見た。


 フラウ。ニルス。ゾール。


 全員を連れての回避も不可能だ。


 防げなければ、犠牲は俺たちだけじゃ済まない。避難しているチコが。他の開拓民が、また殺されてしまう。


「うぉおおお!」


 最後の力を振り絞る。フラウの防壁を飲み込み、より強力なものへ作り変える。


「――死ね!」


 魔力が放たれた瞬間、激しい閃光と衝撃が俺たちを飲み込んだ。


 魔力防壁はまだ維持できている。だが、ヴァウルの魔力放出時間が長い。


「うぅう……!」


 腕から、血が噴出する。足からも。


 魔力の反動だ。もはや防壁を支えるだけの身体能力を維持できない。


 そして、防壁自体も……。


「がふっ、ぐっ、ふぅう!」


 口からも血が溢れてくる。歯を食いしばる。


 だが、ダメだ。もう耐えきれない。


 やはり、変えられないのか……?


 これが俺の――俺の家族の運命なのか?


 アリアの運命は変えてしまえたのに?


 死ぬはずだったレナや、他の者たちだって救えたのに?


 なのに俺の運命は――俺が一番変えたいと願う運命は、変えられないというのか!?


「ちく、しょう……!」


 無念の涙が流れ落ちる、その時だった。


「――てぇえええい!」


 聞き慣れた声と共に、影が舞い降りた。


 聖気をまとった剣が魔力を両断。その剣圧がヴァウル本体までも切り裂く。


 桃色がかったセミロングの金髪が、風に流れる。


 くりっとした宝石のような紫色の瞳が、俺を見つめている。


「ア、リ、ア……?」


「うん。もう大丈夫。お姉ちゃんだよ」


 目の前の光景が信じられない。


 だって、仲間なんかじゃないはずなのに。


 いずれ宿敵になるからと、捨ててきたはずなのに……。


「なんで、ついてきたんだ……?」


「なんでって、当たり前でしょ? 弟が思い詰めてたのに、放っておけるお姉ちゃんなんかいないよ!」


 ああ……そうか。本当に、勝手についてきてしまうんだな……。


 過去の俺ゾールの言うように、勝手に。


 この俺の、今の家族も……!


「それにね、わたし怒ってるんだからね! 急にいなくなって心配させるし、それに、こういうことならわたしたちだって手伝うのに!」


「でも俺は」


「言い訳しないの! 悪いことしたら、なんて言うの?」


「ご……ごめんなさい」


「うん、許す!」


 するとアリアは太陽のような微笑みを見せると、俺を優しく抱き寄せた。


 癒やしの力を発動させてくれる。


「ひとりでよく頑張ったね。偉いよ、偉い……。でも、もう平気。ひとりじゃないよ」


 その声が、その温もりが、あらゆる痛みを取り払っていく。


 諦めも、絶望も、不安も、孤独感も。


 熱いものが目から溢れて止まらない。


 やがて俺が回復しきると、アリアは凛々しい表情でヴァウルたちを睨みつけた。


「わたしの大事なカインを泣かせるなんて、許さないんだから!」




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