正史編③ 追い立てられて

 ――これは、本来の歴史の物語。



   ◇



 生贄の洞窟の中、ひとり生き残ったアリアは呆然と佇むのみだった。


 どれだけそうしていたのか。


 やがてアリアは、死んだ子供たちを埋めてやらなければと思い立った。それとほぼ同時のことだった。


 複数の足音が響いた。咄嗟に振り向く。ランプの灯りを向けられて目が眩んでしまう。


「見つけたぞ! こいつが生贄を喰らう化物だ!」


 アリアにはなにを言われているのか理解できない。その化物ならもう殺したのに。


「こんな少女が、化物なのか?」


「ああ、聞いていたとおりだ。化物は、らしいからな」


 光にやっと目が慣れる。その男たちはみんな鎧を着込んでいた。次々に剣を抜いていく。


 アリアには知る由もないが、彼らは化物を討伐にやってきた騎士だ。


 そして、血塗れでいくつもの遺体を前に佇むアリアの姿は、彼らが誤認するに充分な異様さだったのだ。


「よし、かかれぇ!」


 掛け声とともに男たちが迫ってくる。鋭利な剣を振るい、アリアを殺そうとする。


 なんで? どうして?


 わけがわからない。だが、相手はどう見ても人間なのだ。魔族や化物のように殺してしまう訳にはいかない。


「やめて! やめてください、わたし化物じゃない! 化物じゃないよぉ!」


「耳を傾けるな! 騙し討ちされるぞ!」


 アリアの必死の呼びかけにも聞く耳を持たない。


 いやだよ、どうして? どうしていじめるの?


 それとも、やっぱりわたしは村のみんなやこの人たちが言うように、本当に化物なの?


「ちがう、違うよぉお! わたし、人間だよぉ!」


 アリアは包囲の隙間に強引に突っ込んだ。剣によっていくつも切り傷を刻まれながらも突破し、出口へ向かって走る。


 騎士たちはアリアを追い立ててくる。


 鉄格子を力任せに破壊し、アリアはそのまま逃げ出した。


 けれども、やはり行くアテはない。


 そして、行く先々は放浪の孤児に優しくはなかった。


 アリアは常に腹を空かせていた。女の子らしく健康的だった体は、やがて見る影もないほどに痩せ細っていく。


 街道をひとりで歩けば、暴行や人身売買目的で襲ってくる者や魔物が現れる。アリアの力なら負けることはないが、危険なことには違いない。


 暴漢は時々金銭を持っていて、生活の足しになった。


 魔物の中には食べられそうなものもいたが、知識がないまま調理したのが災いしたか、食中毒になったこともあって、以後、魔物を狩って食べることは止めた。


 必然的に、街中で生活することが多くなる。


 かといって家などない。夜は寒さに震え、昼は飢えを凌ぐために食い扶持を探す日々だ。


 そのうちアリアは、泣いても誰も助けてくれないどころか、喰い物にされるのだと知った。


 隙を見せないために感情を表に出さず、最低限に言葉を交わす。


 そして身を守るために武器を扱うことを覚え、自分に害する者ならば傷つけることも、時として殺すことも厭わないようになっていった。


 そんな生活が、半年以上も続いた。


 故郷のアーネスト村から遠く離れ、そこそこの街の路上を拠点としていた。


 そしてその日、体を洗おうと街の外へ出て川へ向かう最中のこと。


 盗賊に襲われている貴族の馬車を見つけた。アリアは盗賊を蹴散らし、貴族を救った。


 善意ではない。こうすれば謝礼がもらえて、少しばかりいい食事ができるからだ。


 しかしその貴族は、目の付け所が違った。


「おい、お前、それは勇者の力ではないのか?」


 アリアにはわからない。早く謝礼が欲しいのだけれど。


「お前の先祖に、勇者はいなかったか?」


「……いたと思う」


「そうか。なるほど、こいつはいい。飼ってればいい戦力になるな。おい、喜べ! お前、我が家が後ろ盾になってやる。学園で学んで、強くなってこい!」


 いよいよアリアには意味がわからない。


 その貴族の意図はよくわからなかったが、話を聞いてみれば毎日の食事と住むところが与えられるのだという。そして学園で学ぶ。平和に暮らしていた頃には憧れもあったが、今となってはそこになんの意味があるかわからない。


 ただ、こんな生活から脱せる。それは喜ばしいことだと思う。


 それから間もなく、アリアは王立ロンデルネス修道学園へ放り込まれた。


 だがもともとが無学な田舎娘で教養もない上に、放浪生活で荒んでいたアリアだ。


 エリートだらけの学園に、ひとり浮浪児が紛れ込んだようなもの。


 馴染めるわけもなく悪目立ちする。そして実技だけは誰より成績がいいのが、ますます侮蔑や憎悪を育てることになる。


 そう。学園でアリアを待ち受けていたのは、陰湿ないじめだったのだ……。




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