第5話 わたしがこの中で、一番お姉ちゃんだから

「や、やめてくれ! 殺さないでくれ!」


「もちろんだ。殺したら利用できないからな」


 村を出て数時間ほど。


 捜索魔法を駆使して見つけた奴隷商人を、さっそくボコボコにしてやった。


「アリアをどこにやった?」


「アリア?」


「今日までお前がいた村の子供だ。桃色がかった金髪で、瞳は紫色。料理上手で、人懐っこくて、笑顔のとびきり可愛い美少女だ!」


「そ、その子なら、もう売っちまったよ」


「どこに?」


「ローンケイブ村だよ、あそこには需要があるんだ!」


 その地名には覚えがある。やはり俺の知る歴史通りだ。


「なるほどな。では、俺も売ってもらおう」


「ガ、ガキのくせに奴隷が欲しいってのか?」


「勘違いするな。お前には、ローンケイブに売ってもらうんだ」



   ◇



「おい、この子も追加だ」


「助かった……。これで足りない分を村の子から選ばなくて済む……」


「こんなこと、いつまで続けなきゃいけないんだ……」


 俺を運んでいる連中の会話はそこで途切れた。


 長く重苦しい沈黙ののち、俺は乱暴に放り出される。


 目隠しを外すと、暗い洞窟の中だった。出入り口は、鉄格子で封鎖されている。格子扉に鍵がかけられ、その向こうで男たちが感情を殺して俺を見下ろしていた。


「悪く思うなよ……」


 その一言を最後に、男たちは去っていく。


 この洞窟には強力な化物が住んでいるという。


 毎月生贄を捧げる代わりに、ローンケイブ村の安全を保証してもらっている。しかし村の子供は犠牲にしたくないからと、孤児を騙して連れてきたり、奴隷商から買ってきたりしているそうだ。


 鉄格子は化物を封じ込めるためではなく、生贄の子供たちを逃さないためのものだろう。


 自分たちさえ良ければ、他人を平気で犠牲にできる。実に人間らしい残酷さだ。


 洞窟内に点々と存在する灯りは、化物の手によるものだろうか。


 やがて、奥のほうから複数の足音が近づいてくる。


「やっぱり、また連れてこられたんだ。ねえ君、大丈夫?」


 アリアだ。より小さな子供を3人ほど引き連れている。


 良かった。まだ無事だったか……!


 俺以外のやつに殺されるなど、あってはならないからな!


「うん、大丈夫。でも……ここは、どこ?」


 俺はいたいけな男児のふりをした。顔も魔法で偽装してある。


 アリアは一瞬、困惑を浮かべたが、すぐ笑顔になる。


「わたしたちの秘密基地になる洞窟だよ。これから楽しい楽しい探検をするんだ」


 無理に作った笑みだ。俺には分かる。


 アリアは一緒にいる子供たちを、そうやって勇気づけてきたのだろう。


「そうなんだっ。秘密基地って、すごいね」


「でしょー? 今はね、秘密の出口を探してるんだ。出入り口はたくさんあったほうが格好いいでしょ? ね、君も一緒に行こっ」


 差し伸べられたアリアの手を取る。


「うんっ、探検、楽しそう」


 俺はそのままついていく。


 さて、ここから俺は見守るだけだ。


 本来の歴史では、アリア以外の子供は全員、化物に喰い殺される。アリアは勇者の力で化物を倒すことはできても、子供たちを守り切れなかったのだ。


 今回はどうなるか。


 もしアリアが先に狙われ、生命の危機に陥ったなら俺が助けなければならない。


 逆に、他の子供が先なら、見殺しにしてアリア覚醒のきっかけになってもらおう。


「さー、出口はこっちかなー? 近づいてる気がするよー」


 アリアは努めて明るく先導する。


 なにかに巻き込まれたことは察しているだろう。だから脱出路を探している。


 だが、そう上手く行くはずがない。


「つかれたぁ! たんけんつまんない!」


 連れていた子供のひとりが座り込んでしまった。


「あぅ、ご、ごめんね。ちょっと歩くの早かったかな。少し休もうね」


「おなかすいたよぉ、おかしたべたいよぉ!」


 ひとりがグズりだすと、他の子も泣き声を上げる。


「あぁ、泣かないで。えっと……ごめんね、こんなのしかないけど……」


 アリアはポケットをまさぐって、いくつかの飴玉を取り出した。


 グズっていたふたりは、ひとつずつ飴玉を口にすると、ひとまず泣き止んだ。


 アリアは残った分を、俺ともうひとりの女児にも差し出してくる。


 飴玉はもうふたつしかない。


「……あの、お姉さんの分がないです」


 女児の指摘に、アリアは微笑みで返す。


「わたしはお姉ちゃんだから平気なんだよー」


 平気なわけがない。さらわれてからなにも食べてないはずだ。


 見ず知らずの子供に施してる場合でもあるまいに。


「……俺は平気。お姉ちゃんが食べ――」


「いひひひ~」


 突っ返すつもりだった言葉は、異様な笑い声にかき消された。


 アリアたちは、びくりと体を震わせて振り返る。


「いい子だねぇ~、ひひひっ。頑張ってるいい子はねえ~、たくさん可愛がってあげるねえ~」


 ひたひたと不気味な足音を立てながら、巨躯がどんどん近づいてくる。


 人型だが着衣はなにもない。局部をぶらぶらさせながら、気持ち悪い笑みを浮かべている。


 頭には一対のつの。肩は異様に盛り上がっており、かなりの猫背。それでいて腹はやたらと膨らんでいる。


 加えて、ひどく不快な異臭を放っている。


 ゼートリック系の、醜い奇形の魔族だ。


「君、気に入ったよぉ。他の子をいい子いい子してから、最後にお楽しみだねえ。きひひ」


 俺はほくそ笑む。アリアが最後なら、他の子供が喰われている最中に覚醒するかもしれない。


 だがしかし、アリアは怯える子供たちを守るように前に出た。


 手も足も震え、歯もカタカタ鳴らしているのに、奇形の魔族を睨みつける。


「ダメ……。わ、わたしが……この中で、一番、お姉ちゃんだから……。わたしが、みんなを守らないと……。だから、だから最初は、わたし……。わたしじゃなきゃ、ダメなの!」


 なにを血迷ったことを!


 俺が止める間もなく、アリアは隠し持っていた石を、奇形の魔族に投げつけていた。




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