正史編② 生贄の洞窟

 ――これは、本来の歴史の物語。



   ◇


「出して! ここから出してよぉ!」


 アリアは、気づいたら洞窟に放り込まれていた。


 出入り口には頑丈な鉄格子。その格子扉には鍵がかけられている。


 暗くて寒くて心細くて、アリアは泣き叫んだ。


 わけがわからなかった。


 ここに連れてこられるまでに聞こえた話し声の中には、「奴隷」だとか「生贄」だといった単語が含まれていた。


 まさか、と思う。わたし、売られたの? 売られて、生贄にされちゃったの?


 震えていると足音が聞こえた。思わず振り向くと、そこには子供がいた。


 3人。どの子もアリアより小さい。ひとりは赤い髪の少女で、死んだ弟と同じくらい年齢だ。


 そう認識した瞬間、恐怖に勝る気持ちが湧いてきた。


 ここから逃げなきゃ。逃してあげなきゃ!


 アリアは彼女らを近くに呼び寄せた。そして、鉄格子に向かい合う。


 魔族をやっつけたあの力が使えれば、きっとこの鉄格子くらい壊せる。


 力任せに破壊しようとしたとき、なにかおぞましい気配を感じた。


「いけない子だぁ~、逃げるなんていけない子だぁ~」


 声の主は、異様に体が大きくて、ひどい臭いのする醜い化物だった。


「いけない子はねぇ……お仕置きなんだよぉ!」


「うわあ、いやだあぁあ」


 小さな少年が怯えて逃げ出す。


 だが次の瞬間、びしゃり、と振り下ろされた化物の手がその子を打った。まるで虫でも潰すように。


 少年は破裂して血と肉を飛び散らせる。


 他の子たちは恐怖に絶叫する。


「みんな逃げて! うぁあああ!」


 恐怖しながらもアリアは化物に飛びかかる。力任せの攻撃に、さしもの化物も怯んだ。


「うがぁっ、痛い! 痛いぃい!」


 その痛がる様子に、アリアはさらに攻撃を続ける。技もなく型もなく、ただ手足を振り回すだけの攻撃だ。それでも、魔族を殺せるだけの威力はあった。


 実際に化物の肉はえぐれ、骨も折れた様子だった。しかしすぐに再生していく。


「痛い、痛ぃい! でも、気持ちいい~!」


 強烈な張り手を喰らって、アリアは地面に叩きつけられる。


 たった一撃なのに全身が痛い。頭がぐらついて、上手く立ち上がれない。


 化物は背中を向ける。その場を逃れたふたりを追うらしい。


 そうはさせない。させるもんか!


 歯を食いしばって必死に立ち上がる。大急ぎで化物を追いかける。


 その背中が見えたとき、化物は今にもふたりに追いつきそうなところだった。


 アリアは加速して化物を追い越した。ふたりの手を取り、さらに加速する。


 そのまま引きずるようにふたりと一緒に逃げた。化物の足音はしない。ひとまず安全か?


「ふたりとも、ごめん。手、痛かったよね――!?」


 瞬間、声を失う。アリアは、確かにふたりの手を引いて走ってきた。


 赤髪の少女は無事だったが、もうひとりの少年はしかいなかった。


 引きちぎられた手だけをアリアは引っ張ってきていたのだ。


 その手を震えながら見つめる。ひたひたと、化物の足音が近づいてくる。


 化物はくっちゃくっちゃとなにかを咀嚼していた。


「うぇへへへっ、いけない子、見ぃ~つけたぁ」


 アリアは握りしめていた少年の手を、そっと地面に置く。


 怖くて悲しくて涙が溢れてくる。それでもアリアなりに、つたなくも戦いの構えを取る。


 その横を、赤髪の少女が通り過ぎる。化物に向かっていく。


「ダメだよ、君! 下がって!」


「いいんです。私のことは放っておいてください……。どうせ、助かっても生きていく場所なんてないですから……」


 今にも泣きそうな顔が印象的だった。


 助かっても、生きていく場所なんてない?


 それはアリアだって同じだ。同じなら……一緒に生きていけるかもしれないのに!


 アリアが止める間もなく、赤髪の少女は手から大きな火球を発射した。魔法攻撃だ。アリアは初めて見る。


 化物に直撃して爆発。しかし化物は怯みはしても、すぐ傷を再生する。


 赤髪の少女は覚悟を決めた表情で、次々に火球を連発する。そのたびに、少女の体からは血が吹き出る。血塗れになっていく。


 体の強さに見合わない魔法を使えば、反動で肉体が傷つく。だがアリアにはそれがわからない。ただ混乱するのみだ。


「ぅああぁああ――!」


 血を吐きながらの絶叫とともに赤髪の少女は巨大な火球を放った。大爆発を引き起こし、ついに化物は倒れて動きを止める。


 赤髪の少女は糸が切れたかのように崩れる。それを抱きとめたアリアだが、その少女がすでに事切れていることに気づいてしまう。


 なのに、化物はまだ生きている。


「あぎぎぎ、痛い、痛い。けどぉ、いひひひ、いけない子、最後のお楽しみぃ……」


「う、うぅう! うぁああああ!」


 叫びとともにアリアは化物の上に飛び乗った。


 こいつは! こいつは生かしていちゃいけない! 殺す。わたしが殺すんだ!


 アリアが初めて殺意を持った瞬間だった。


 そしてただ夢中で、化物の顔面に拳を叩きつけ続けた。


 永遠にも続くかに思えたその暴行は、やがて化物の再生能力を上回り、ついに殺した。


 そしてアリアは、ひとり。


 化物と少女の血を浴びた姿で、遺体が散乱する洞窟の中で佇むのだった。




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