第23話 生まれてきて良かった

「ところでお前ら、あのヘンテコな声はなんだったんだ?」

(ヘンテコな声? なんのことかしら?)

「ほらアレだよ。フィアンが剣を戻したとき」

(ああ、アレか。なにが不思議なのかは分からんが、穴に棒を入れれば声が出るのは当然のことだと思うがな?)

(そうよ。なにもおかしなことなんて無いじゃない?)


 えぇ……こいつら、よくもまぁ臆面もなくそんなことを……。

 いやしかし、剣とオリハルコンの台座だからなぁ。そこに人間の常識を当て嵌めるほうが間違いなのか?


 ま、細かいことはどうでもいいか。

 たぶんこういうのは気にしたら負けだ。


#


 コンコン。


 二度のノックに応じると、そこにはリリシアが立っていた。

 綺麗な赤髪は少量の水気を帯びていて、頬は朱色がかっている。首元にはふわふわのバスタオルが掛けられており、どうやら風呂を上がったばかりのようだ。


 それにしてもヤバいなこれは。

 なにがヤバいって、いくらなんでも可愛すぎるぞ。


 そもそもにして見た目はかなり整っている……というより、かなりの上澄みだ。百年、いや、千年に一度の美少女と言ってしまっても差し支えないだろう。そんな女の子が、風呂上がりのほっかほかの状態で、俺のことを上目遣いに見つめている。


 出会って一日二日の関係だが、だからこそ、リリシアの魅力に対して耐性ができていない。

 こりゃあ悩殺がすぎるってなもんだぜ。

 ま、俺ほどの存在になればそんな状況でも理性を保つことなどお茶の子さいさいなワケなのだが。


「レイくん、そろそろ夕食の用意ができるみたいですよ? お父さんとお母さん、レイくんさえ嫌じゃなかったら一緒に食べたいって言っていました。泥棒逮捕のお礼も兼ねてご馳走させてほしいって話だったので、良かったらご一緒してください」

「おっ、おう。わざわざありがとうなっ! そ、それにしてもアレだな。改めて見るとここってホントにいい宿屋だよな! 部屋は綺麗だしベッドもふかふか、それに日当たりもいいと来ている。ハッキリ言ってケチの付け所が見つからねぇぜ」

「……?」


 し、しまった。

 動揺してつい喋りすぎた。

 いきなりなんだコイツキッショとか思われたら流石の俺でもダメージは免れないぞ……ッ!


「いきなりどうしたんですか? そんな褒めたってなにも出ませんよ? フフッ、でもまぁ、ありがとうございます。やっぱり自分の家を褒められると嬉しいですね」


 そう言って、リリシアはニコッと微笑んだ。

 リリシアが去ったのを確認したあと、俺は真っ先にふかふかのベッドにダイブした。

 そして深く顔面を埋めると。


「…………ツ!!」

 

 うぼぁあああ~~~~~~~~ッ!!!!!

 ノッキン!! ダメージノッキン!!!

 風呂上がりのニコッは反則だろーが!

 いくらなんでも犯罪的すぎる!!

 

 ……って、えっ? 風呂?


「そういや、昨日は救貧院で手短に済ませたんだったな」


 すっかり頭から抜け落ちていたが、どうやらこの宿屋には風呂があるらしい。これは朗報だ。広々とした一室に整理整頓の行き届いた内装。金さえ払えばメシも付くし、さらには風呂まで付いている。それでいて一泊の値段は五百ゴールド……これはあまりにも破格すぎるな。


 食堂にやって来ると、こちらに向けて手を振るリリシアの姿があった。隣にはリリシアに似た赤髪の女性が腰掛けていて、その真向かいにルドルフさんが座っていた。たぶんあの赤髪の女性はリリシアの母だろう。


「おうおう、来やがったなレイくん。さぁさ、遠慮せず座ってくれや!」

「あ、ハイ。それじゃ失礼シマス」

「ハハハ、なんだなんだ硬くなっちまって」

「アナタ。その子がリリシアを手伝ってくれたっていう?」

「あぁそうだ。レイくん、紹介がまだだったな。妻のアシュリーだ。普段は厨房に籠りっきりで働いてくれているんだが、リリシアの恩人だって話したら、ぜひお礼をしたいと言ってな。見たところ、だいぶ奮発したみたいだがな」

「お礼だなんて大袈裟ですよ。はじめまして、レイといいます」

「えぇ、はじめまして。アシュリーよ」


 なんだろう?

 普段はこんなこと無いのに妙に緊張する。

 アシュリーさんがリリシアに似て美人で巨乳で色白だから……というのももちろんだろうが、たぶん、さっきのリリシアのせいだと思う。あれはちょっと破壊力が高すぎた。正直言って、二~三日は意識しちまいそうだぜ。


 俺は緊張をほぐすべくテーブルに並べられた料理に意識を向けた。もっとも目を張るのは鉄板の上に乗せられたオーク肉のローストだ。じゅわじゅわと音を立てながら気泡が膨らみ、ふつふつと油が弾けていく。見るからに焼き立てといった感じだ。立ち昇る煙に丸焼き肉の濃厚な香りが乗せられてきて、口に含むまでもなく、それが優れた逸品であることを知らしめている。

 その隣に、付け合わせとして、深皿に盛りつけられた緑野菜のサラダが配置されていた。手前側には五等分にカットされたパンとスープが並べられていて、いずれの料理も、これでもかというほどに食欲をそそり立ててきやがる。

 いまこの場に誰も居なかったら、間違いなく涎を垂らしていただろうな。そんな確信を抱かせるほどに美味そうな料理である。


「この料理もアシュリーさんが?」

「えぇ。私からのささやかなお礼です。どうぞ、遠慮せずに召し上がってくださいな」


 うわぁ~……と俺が目を輝かせていると。

 リリシアが、ずいっと身を乗り出してきた。

 お陰で胸部がすご~く強調されていて俺の情緒が破壊されそうなのだが、そんなことは露ほども知らずに、リリシアは満面の笑顔を広げて言う。


「お母さんの料理はとぉっても美味しいんですよ! 昔は宮廷料理人として腕を振るっていましたからね。それを食べたらレイくんはきっとこう言うはずです。「生まれきて良かった」とねっ!」


 リリシアに促されるがまま、オーク肉のローストを一口。


「こっ、これは……ッ!」


 う、ウマい!

 あまりにも美味いが過ぎるぞこれはっ!

 口のなかいっぱいに広がったこの旨味、そして脳天を突き抜ける極上の多好感!

 くうっ、泣けてくるぜ!!


「あぁ、生まれてきて良かった…………はっ!?」

「うわはははっ、リリシアの言ったとおりだな!」

「うふふ、喜んでもらえて嬉しいわぁ」

「ふふーん、やっぱり言いましたね? 生まれてきて良かったと!」

「ぐっ……! く、くそう」


 なんだろう。

 なんかすごく悔しいんだけど!


「この勝負、俺の負けだ…………。って、なんの勝負やねんっ!」




 夕食を終えると、俺はリリシアの案内で風呂場までやってきた。リリシアの説明によると、この宿屋で使用されている水は、(というか王都で利用されているほとんどの水が)川のものを流用しているらしい。


 お湯の温度は魔法の効果で一定に保たれており、これがまた好評なんだってな。本当なら一回の入浴につき三百ゴールドを支払わなければならないのだが、今日はタダでいいと言ってくれた。


 風呂場にもかなりの数の冒険者が居て、みんな、まったりと寛いでいる。

 俺は石鹸で洗体を済ませ、一番大きな檜の浴槽に浸かった。


「ふぅ~……」


 あ~、やべぇなこれ。

 気持ちイイ~~。

 こりゃ人気が出るわけだぜ。

 マジでお風呂ってサイコーだな!

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