第22話 取引

 やっぱりあの声は聞き間違えじゃなかったみたいだ。

 喋る剣に喋る台座。

 勇者が身に着ける装備品としては不足なしだが……。


 気になるのは周りの反応だよな。

 フィアンが勇者の剣を台座に突き刺したとき。

 あのとき俺は間違いなく変な声を聞いた。

 それが勇者の剣と台座から発せられたものであることは、たったいま証明されたわけだが。


「なぁ、お前らの声って俺以外の人間にも聞こえたりするのか?」


 こいつらが変な声を出したとき、それに反応したのは俺だけのように思えた。金塊回収の作業に当たっていた憲兵も、リリシアたちも、まるであの声を気にする様子は無かった――まるでなにも聞こえていないかのように。


(レイちんの言うとおりよ。私たちの声を聞けるのはレイちんだけ)

(まったく、なんだってこんなことになってしまったのだ。いや、原因は分かりきっている。レイ・ハルグニア、すべては貴様のせいに他ならんっ!!)


 台座の返答は予想どおり。

 ただ、勇者の剣の言うことが謎だ。

 なんか怒ってるっぽいし。


「俺のせいって言われてもなぁ。そもそもなにに怒っているのかすら見当がつかんのだが?」

(ぐううッ……おのれ、レイ・ハルグニア! 惚けおってからに。貴様が所有権を獲得したせいで俺たちは貴様のモノになってしまったんだぞ。貴様が俺らを軽々と振り回せるのも、貴様だけに声が聞こえるのも、全てはそのせいなのだ! 俺たちは主と認めた人間にしか下らぬというのに……これほどの屈辱は無い!)


 あー……なるほどね。

 なんとなくだけど事情は呑み込めたかな。

 俺は、抜剣の儀での司教様とのやりとりを思い出す。


 ――それなら心配には及びません。たとえ引き抜かずとも勇者の剣は勇者の剣ですから。というワケですのでコレは有難くもらっていきますよ。台座ごと、ね――

 ――ふむ。よく分からんが、まぁいいだろう。では勇者レイよ、お前にその剣を託したぞ!・・・・・――


「あのとき、お前らの持ち主が俺に決定されたってわけか」

(そのとおりよ。だから私たちを装備できるのはレイちんだけなの。まぁ、極稀に例外もあるケドね)


 例外?

 もしかして、フィアンのことを言っているのだろうか?


「なぁ、フィアンってなんなんだ? やっぱりアイツは勇者なのか? それとも勇者の血を継いでいるとか?」

(そんなもの知るか! だがあの者は、俺の意志に関係なく・・・・・・・・・俺を引き抜いてみせた。そんなことが可能なのは勇者だけのはずだ。俺としては、貴様に下るくらいならばあの女子おなごに服従したほうがよほどマシなのだがな)


 うーん。

 どうやら俺は随分と嫌われているらしいな?

 台座のほうは分からないが、少なくとも剣のほうは俺のことを嫌っているらしいし、それを隠す気配もない。


 だが、それならそれでやりようはある。

 嫌われているっていうなら、それを上手いコト利用しちまえばいい。


「なぁ、勇者の剣。お前俺のことが嫌いなんだろ?」

(当然だ。なにせ貴様は勇者に相応しくないからな。教会で行われたあの儀式……柄に触れた人間の人間性・肉体的強さ・精神力、この三つを推し量るのが俺の役割だ。たしかに肉体的強さと精神力は基準に達していた。しかしお前の人間性は最低最悪。利己的で打算的で計画的で、奉仕の心を欠片も持ち合わせていない。だから俺は貴様を認めなかったのだ。貴様なんぞに抜かれ、こき使われるくらいなら、誰の手に渡ることもなくひっそりと屑鉄くずてつにでもなったほうが遥かにマシだからな)


 コイツ、言いたい放題いいやがって!

 まぁいいさ。

 ここまで嫌悪感を剝き出しにしてきたんだ。

 となればコイツは十中八九俺との取引に乗ってくるだろ。

 これだから感情丸出しのバカは好きなんだよな~。やり易くて助かっちゃうぜ。


「だったら所有権を放棄してやるよ」

(なに?)

(なんですって?)

「その代わり条件がある」

(条件だと?)

「あぁ。明日一日だけでいい。俺のことを勇者だと認めてくれ。お前が俺を勇者だと認めれば、俺は抜き身のお前を装備できるはずだ。さっき言った「俺の意志に関係なく・・・・・・・・・」ってのはそういう意味だろ?」

(貴様、なにを企んでいる?)

「別に? ただ単に、自分のなかで踏ん切りをつけたいだけさ。なんたって勇者の剣に直接「資質が無い」って言われたんだからな。さすがの俺も悟ったよ。俺には勇者の称号は荷が重いってな」


 俺は天井を眺め、大きくため息を吐いた。

 目尻には涙を浮かべ……我ながら迫真の演技だぜ(笑)。


「でもな、「お前には資質が無い」と言われて、「はいそうですか」と引き下がれるほどお人好しじゃねぇ。俺にだってプライドってもんがあるんだ。……俺はガキの頃から一生懸命に剣を振ってきた。苦手な勉強も死に物狂いで頑張ってきた――勇者になるのを諦めるってことは、幼少期からの努力が全て水の泡になるという意味でもあるんだ。だったらせめて一日くらい……たった一日くらい、勇者として振る舞わせてくれよ。それくらいの我儘は許されたっていいと、俺は思うけどな」


 うわぁ、我ながらすごい言い訳だな。

 司教様の前でもそうだったけど、どうやら俺には、いざってときにペラペラと言い訳を並べ立てる才能があるらしい。特に深く考えたわけでもなく、それでいて、そこそこの説得力を持った言葉が自然に口を紡いで出るんだ。これはもう才能といっていいだろ。


(レイちんったら、そんなに勇者に憧れていたのね。私なんだか泣けてきたわ。ねぇねぇ剣ちん、一日くらいならいいんじゃないの? レイちんのお願い聞いてあげましょうよ?)

(むっ、むう……。そうだな。一日程度であれば認めてやってもいいかもしれんな。なにより、それで所有権を放棄するというのなら、俺らにとってはありがたい限りだ。仕えるべき存在に仕える、それこそが至福だからな)


 かくして俺は、一日だけ勇者として認めてもらうことになったのだった。無論、コイツらに語ったのは全て嘘だ。俺が勇者を諦める? そんなことあるわけねーだろ!


 俺が取引を持ち掛けたのは、少し気になることがあるからだ。そしてそれを試すためでもある。


 俺の考えが上手くいけば、わざわざ認めてもらうまでもなく、そして資質の有無にかかわらず、勇者の剣を手中に収めることができるからな。


 もちろん約束は守るとも。

 勇者の剣の所有権はちゃんと放棄するよ?

 いつ放棄するかは俺の気分次第だけどな。

 要するに、俺がその気になれば、所有権を放棄するのは百年後かもしれねぇってことだ。


 それにしてもアレだな。

 バカを騙すってのは気分が良いな!(笑)。

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