第33話 エロ触手 VS 女船長(2)

 ボクと出会ってから、わずか数日の内に完堕ちした女船長。


 エロ触手にどれくらいハマるかは、本人の素質による所も大きい。


 普段は部下の船員たちを怒鳴り散らし、奴隷を人間扱いせずに虐げる悪逆非道の人物であるけれど、ベッドの上では真逆になる。弱々しい少女みたいになる。本人も気付いていなかった本性が、エロ触手に剥き出しにされてしまったという感じだろうか。無意識の内に押し殺していた自分が、圧倒的な快楽によって解放されていく。


 抑圧からの解放。それもまた、快楽を伴う。


 エロ触手の攻めと合わさり、ダブルの快楽。


 女船長は粗野に見えるけれど、かなりマジメな性格である。頭からっぽの船員たちを引き連れて、奴隷たちを生かさず殺さず管理しながら、大海原を越えて行くなんて日々は、やっぱり気楽なものではないだろう。責任感を強く持ち、気を張っていなければ、船はあっけなく沈んでもおかしくはない。


 まあ、所詮は悪党なので褒めるつもりは無いけれどね。


 奴隷で商売することは、この大陸では合法である。ただし、法律で裁かれない行為が、すべて善行というわけでは無いだろう。海賊などと違って賞金首になることは無いものの、奴隷を扱う職業は世間的な評価が低い。決して褒められる生き方では無いというわけだ。それこそ、欲望の街で稼ぎを上げていたボクと同じようにね。


 勢いよく、快楽堕ちした女船長。


 実際の所、ボクと出会って一日目には、大きく道を踏み外していた。


 事の発端は、ボクが奴隷船に乗せられていることに気付いた直後である。ボクを始めとした新入りの奴隷たちは、甲板に全員が集められていた。これから何処に連れて行かれて、誰に売られてしまうのか、ビクビクと怯えている奴隷たちに対して、女船長はピシャリと黙らせるように叫んだ。


「お前たちの命は、あたしが預かっているも同然だ。いいかい、ほんの少しでも逆らうようなことをしてごらん。すぐに海の底に沈めてやるからね! いい子にしていれば、あんたたちを優しく飼ってくれるかも知れないご主人様を紹介してやろうって云うんだからねぇ。よーく考えて、この船での生活を楽しんでおくれ」


 女船長の脅し文句に、奴隷たちは青ざめ、女子供は泣き出す始末だった。


 騒然となりかけた所で、女船長は泣いている少女の一人を引きずり出して尋ねる。


「いつまでも泣いてんじゃないよ! ほら、あんたのスキルを教えておくれ」


 少女は泣きながらも必死な顔で、『青魔法』と上擦った声で答えた。


「あはは、船乗り向けの良いスキルを持っているじゃないか。いいだろう、あんたには仕事を与えてやるよ。他の奴らも、よく聞きなっ! 使えるヤツは、ちゃんと使ってやる。食事も寝床も、ちょっとはマシなものを用意してやるよ。何の役にも立たないクソ野郎は船倉に押し込めてやるからね。せいぜい、目的地に着くまで死なないようにがんばりな」


 航海や船上で役に立ちそうなスキルを持っている奴隷たちは、目の色を変えて、我先に、女船長や近くの船員たちに自己申告を始めていた。一方で、絶望的な表情で沈み込む者たちもたくさん見受けられる。スキルの確認自体は全員に行われるようで、ボクの目の前でも、こんなやりとりが繰り広げられていた。


「おい、お前、黙ってないで答えろ。なんのスキルを持っている?」


「は、はい。お、おいらが持っているのはスキル『木こり』なんですが……」


「船底に行けっ!」


「そ、そんなぁ……。木があれば、きっとお役に立てますんで、どうかぁ!」


 うん……ここは海だからねぇ……。


 どんな大木でも切り倒しますからー、と必死の自己PRを繰り返していたものの、さすがに苦しい。さらに云えば、奴隷船の乗組員からすると、航海に危険を及ぼすスキル持ちには何もさせたく無いのだろう。スキル『木こり』は、おそらく木造物には特攻だろうから、自棄を起こした場合には船体にダメージを与えられかねない。とりあえず船底に閉じ込めておくのが無難というわけだ。


 次々と選別されていく奴隷たち。


 最後方で成り行きを見守っていたボクは、最後に女船長から直々に問われることとなった。


「あんたのスキルは?」


 エロ触手ですっ!


 元気よく答えたかと云えば、そうではない。


 ボクは押し黙っていた。


 女船長だけでなく、他の船員たち、スキルを認められた奴隷たち、大勢の視線が最後の一人であるボクに集まっている。まったく、こんなシチュエーションは苦手なんだ。名前を云うだけならば良いけれど、スキルを告げるのはロクなことにならない。大抵は、ドン引きされる。あるいは、大笑いされる。それから、これは最悪に理不尽だと思うけれど、なぜかぶち切れられることも多い。


 ふざけてんじゃねえぞっ!


 おお、なめてんのかっ!


 エロ触手という響きが、ダメなんでしょうかね?


 なんとなく、この場で正直に答えることは正解にならない気がした。


 それゆえ、ボクは遠回りをして行く。


「少しだけ、自己紹介しても良いですか?」


「あたしは、スキル名を答えろって云ったんだけどねぇ……。この頭に詰まってんのは、なんだい? 海鳥の糞かい? あたしの命令に従うこともできないヤツは、今すぐ船を降りてもらうよ」


 奴隷船は既に大海に出ているため、ここでの下船命令は死を意味する。


 頭をつかまれながら、こめかみを押さえられる痛みを我慢しつつ、ボクはなんとか早口で続けていく。


「スキルを教えても、それじゃあダメだ。あなたにはわからない。それだけじゃあ、ボクの価値ってヤツが……。たった一語のスキル名だけ聞いて、それで全部をわかった気になるなんて傲慢だろう? ボクが今まで何をやって来た人間なのか、そっちを知った方が絶対に良いよ。そうしたら、ボクがどれだけ使えるヤツかって、すぐにわかるからね」


「なにを云ってんだい、ボウヤ?」


「ボクが何者か教えてやるよ」


 スキルの名前は、答えない。


 それよりも、ボクの価値をハッキリ示すものがある。


 奴隷船を扱う女船長。どちらかと云えば、裏社会にも通じるタイプの人間だろう。表か、裏か。勇者パーティーの仲間になってから、今さらに日向を歩き始めたボクだけど、どちらかと問われれば、やはり裏側で生きてきた人間である。奴隷を商売道具にしている女船長ならば、むしろ知らない方がおかしいはずだ。


 さて、大陸で一番、奴隷の流通が盛んな土地は何処だろうか?


 答えは、欲望の街である。


 ボクが何者か教えてやるよ。


「大歓楽街の帝王」


 女船長は驚いたように、ボクから手を放した。

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