第28話 海

 海が、キレイだなぁ……。


 ここは、大陸の外洋、穏やかなる南緑海。


 船は、西方に向けて順調に航海を続けている。ボクの方も、シマシマの囚人服で甲板掃除をさせられながら、ずっと後悔を続けている。


 ドンブラコ、ドンブラコ……。


 いや、違うかな? どちらかと云えば、ドナドナって感じ?


「おい、こらぁ! サボってんじゃねえぞ、クソボウズ!」


「は、はい! サーセン、やってますやってます」


 ぼんやり黄昏ていたら怒鳴られたので、ボクは慌ててモップを力強く動かした。こんな扱いは理不尽と思うけれど、ここで抵抗しても無駄な状況である。大人しく従っておく振りをするしかない。あー、掃除って楽しいな! ボクは心の中で自分に云い聞かせてみる。んー、虚しい。


 さて、ここが海の上であることは最初に述べた。


 もうちょっと詳しく云うと、奴隷船である。


 ボクの首には、奴隷の枷までバッチリとハメられていた。


 ……はあ、やれやれである。


 ほんの最近まで、大歓楽街の帝王と呼ばれていた身である。まさか、今さら、こんな恰好をすることになるなんてね……。ん? ああ、違うよ。超高級店できらびやかな恰好をしていたことを思い出して、落差を嘆いているわけではない。単なる皮肉、自分自身に対しての。夜のエッチな店では、お客さんの要望で変わった衣装に着替えることも多くて、奴隷の真似事(コスプレ)ってかなり人気があるのだ。


 参考までに、不動の一番人気は、極東魔法学園の制服である。


 まあ、ボクを指名するお客さんはエロ触手だけが目当てなので、そのようなオプションを希望されることは一度もなかった。


 なので、今さらねぇ……と、しみじみ。


 これはコスプレではなく、正真正銘のガチなのが笑えるけれど。


 ……いや、笑えないか。笑っている場合でも無いだろうし。


 性産業従事者。


 勇者パーティーの一員。


 奴隷。


 うーん、なかなか急勾配が続く人生である。アップダウンだけで吐きそう。せめて、この先に続く道が、崖になっていないことを祈るばかりだ。これ以下の何かって思い付かないレベルだけどね。大嵐でこの船が難破して、無人島で何年も独りぼっちとか? うん、展開予測はやめておこう。フラグが立ちそうだ。


 難破はやめて欲しいけれど、航海が順調なのも決して歓迎できない。


 果たして、ボクはどこに売られてしまうのか?


 奴隷の身では、この先どうなるかなんて想像もできないのだ。


 やっぱり、ため息ばかり出て来る。はぁ……。


「みんな、元気かな。ボクのこと覚えているかな?」


 勇者パーティーの仲間たちを思い出すと、ちょっと涙が出そうになる。


 だから、なるべく思い出さないようにしている。


 でも、ちょっとだけ、あの日のことは思い出してみようか。


 リッチに勝利したボクは、冒険者の一団に捕らえられた後、そのまま街に帰還した。


 冒険者ギルドはそもそも、大陸中に支部を持った大規模な民間組織である。


 核となる活動は、一般大衆から依頼を受けてのクエスト。庭の草むしりから魔法の家庭教師、あるいは魔物の討伐に至るまで、依頼内容は難度も報酬額もバラバラである。一方で、ギルドに所属する冒険者たちの方も、閑散期だけ農村から出稼ぎに来ているという平凡な若者から、数多くのダンジョンを踏破して来たプロフェッショナルのイケオジまで、その実力はピンキリだったりする。どちらも上下に幅があることで、なんだかんだ需要と供給のバランスが取れているみたいだ。


 さて、一般のクエストに比べれば少ないが、公的な依頼で冒険者が動く場合もある。

 

 例えば、冒険者は戦闘向きのスキルを持つ者が多いため、都市の防衛機能の補助的な役割を請け負ったりする。正式な騎士団では手が回らない小規模な魔物の討伐であったり、市内の治安維持であったり、そちらは報酬よりも冒険者ギルドの社会的立場を考えてやっている活動のようだけど。


 何はともあれ、ボクを捕らえた冒険者の一団は、リッチに全滅させられた別の冒険者パーティーの捜索・救助にやって来た。それはクエストと云うよりも、ギルド自体の互助機能か、あるいは都市の治安維持の一環と考えた方がしっくり来る。


 ボクはそれゆえ、誤解されて捕らわれた状況でも安心していた。


 ちゃんとした法の下で調べを受ければ、無実が証明されるだろうと思っていたからだ。


 完全なる勘違い。


 冒険者の一団は、一般の依頼によるクエストのために働いていた。


 依頼主は、かなり手広い商売をやっている奴隷商人であり、なんと女冒険者の父親だった。


 大体の経緯はわかりやすいもので、冒険者として自由に生きていくことを夢見た一人娘が家出してしまった。無理やり連れ戻しても再び反発されるだけなので、都市内から出て行くわけでもなく冒険者ごっこをやっているぐらいは可愛いものだろうと、しばらく放っておくことにした。奴隷商人としてのツテや財力で陰ながらバックアップしていた所、ある日、クエストからなかなか帰還しないので、慌てて他の冒険者パーティーを雇って探索・救出に向かわせたという感じ。


 で、賢明なる諸兄はこれまたお察しかも知れない。


 これがまた、まったく話の通じないオッサンでございまして……。

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