第29話 エロ触手 VS 奴隷商人(1)

 冒険者の一団により、奴隷商人の屋敷に連れて行かれたボクは、何があったのかを説明することになった。


 残念ながら、ボクは最初からイカれた凶悪殺人鬼みたいな扱いだった。女冒険者が気絶する間際、そんな風に云い残したと、先んじて報告されていたらしい。うん、微妙にニュアンスが違うぞ。大事な報告は、正確に端折らず伝えようね。


 そんな風にツッコミを入れたものの、聞き入れてはくれなかった。奴隷商人はそもそも、可愛い一人娘が危険な目に合って、今も気絶したままということで怒り心頭だった。ボクに対しても、とにかく攻めたてるばかりで話し合いにならない。


「街外れに一人だけで、なんの用事があったのか? ……なんだと、特訓? バカバカしい、もうちょっと上手い云い訳を考えたらどうだ。夜中にそんな所に居た時点で、やましいたくらみがあったと告白しているようなものだ。それに、まさか、リッチをお前のようなものが倒したなんて云い張るとは……よくもまあ、堂々と馬鹿げた嘘を云えるものだ! 恥を知れっ!」


 本当なのだけど。うーん……。


 ただし、これは仕方ないと諦めよう。


 ボクだって、こんな情けなくて弱そうなヤツが討伐難度トップクラスのリッチをやっつけましたなんて云い出したら、冗談だろうと笑ってしまうかも知れない。


 ……明日から、筋トレでも始めるべきか?


 ……目指すか? 魅惑のムキムキボディ。

 

 でもなぁ、決して大柄というわけでもない女勇者よりも背丈の低いボクが、どれだけ筋肉を付けても説得力は皆無だろう。女モンクのように肌の露出が多いファッションも好みではないから、もし腹筋が割れても、見せつける恰好がそもそも出来そうにない。見た目で、こいつは強いぞって説得力を持たせるのは難しいね。


「慎重に、言葉を選んで答えてもらおうか」


 奴隷商人は凄みを効かせながら問いかけてくる。


「娘は発見された時、衣服を剥ぎ取られた状態で……ああ、クソッ! まるで暴行を受けた直後のようだったと報告があった。どうなんだ、貴様っ! 私の娘に何をしたと云うんだ」


「……こんなボクに、何ができると?」


 クスクスと笑い始めれば、奴隷商人は言葉に詰まった様子。


 ボクはいい加減、バカらしくなっていた。もしかしたら、じっくりと根気よく話し合いを続ければ、理解してもらうことも可能だったかも知れない。だが、その選択肢は自分から握り潰す。確かに、女冒険者にまったく酷いことをしなかったと云えば嘘になる。エロ触手を仕向けたのは紛れもない事実なのだから。


 ただし、それは彼女自身を助けるためでもあった。


 加えて、ボクはそれ以前に彼女の手で殺されかけている。


 奴隷商人がどれだけにらんで来ても、ボクに顔を背ける理由は何もない。


 そちらが恥知らずに喧嘩を売ってくるならば、ああ、良いさ、真っ向から受けて立つと云わんばかり――こうやって後から振り返ってみれば、よくわかるね。この時のボクは、やっぱり最高に機嫌が悪い。何が一番の原因かと云えば、あれだけの出来事を経てヘトヘトなのに、さらに一睡も出来ていないからだ。街まではロープで引っ張って来られるし、これだけ話をさせられているのに、水の一杯も出て来やしない。


 ああ、お腹が空いた。


 ただ、疲れている。


 とにかく、眠い。


 ボクはめちゃくちゃイライラしていた。


「ポチ」


 論より証拠。


 リッチを倒したスキルが、どんなものか――。


 果たして、女冒険者がどんな目に合ったのか――。


「そんなに知りたいならば、見せてやる」


 ボクの最後に残った理性が、エロ触手を奴隷商人に向けることだけは避けた。


 だって、オッサンの痴態なんて、誰も見たくないはずだ。


 ボクが詰問を受けていたのは、奴隷商人の屋敷の一室である。ちゃんとした応接間。最初から不審人物と認定されているボクと、奴隷商人が危険を冒して二人きりになるはずもなく、部屋の中には用心棒らしき男女が一人ずつ、連行して来た冒険者パーティーの面々もそのまま残っており、他にはメイドが数名控えていた。かなりのお金持ちですね。


 そんなわけで、合計で十名ほど。


 ボクが呼び出したエロ触手の本数は、それに足りる程度だった。


「この場にいる皆さま、ボクは誠意を込めて説明を続けて来ましたが、まったく聞く耳を持ってもらえませんでした。そのため、少しでも理解してもらえるように、本当にリッチを攻略したと証明するためにも、ボクのスキルを披露したいと思います。……さあ、どうでしょうか? ここまでの話し合いで、ボクにも少しぐらいの理解を示してくださる方は、どうか一足先にこの部屋からご退出してください」


 奴隷商人の側の人間というだけで、この場では、ボクにとっては敵に等しい。


 容赦をする必要はないだろう。


 でも、彼らにも、判断するチャンスはあっても良い。あって然るべきだ。


 ボクの周囲で、獲物を探すように蠢き始めた触手を見て、奴隷商人は青ざめる。武器を抜き放つ者もいれば、小さな悲鳴を上げる者もいた。まあ、それなりに醜悪な見た目をしているからね。

 

 まず最初、これはボクもびっくりしたけれど、用心棒らしき男は忠告を聞き終えた途端、近くの窓を突き破って逃げ出した。前置きもなく、いきなりの行動。あまりの全身全霊での逃げっぷりに、一瞬、部屋全体がポカーンとした空気に包まれる。特に、相棒らしき女の用心棒の方は「え?」みたいな顔で固まっていた。


 なにやら実力者っぽい雰囲気はあったけれど……。


 なんだろう、エロ触手に何かを感じ取ったのかな?


 次に、冒険者パーティーの一人が、「あー、よくわからん。だから、俺はもういいや。報酬は好きにわけてくれ」と云い残し、こちらは普通に部屋のドアから出て行った。彼に続いてもう一人、「ヤバそうな気配がする。リッチを倒したってのも、もしかしたら……。俺も降りる」と云いながら去って行く。このような部屋の雰囲気に背中を押されてか、メイドの中からも二人、頭を下げながら部屋を出ていく者たちがあらわれた。


 半分ぐらいになった部屋の中で、ボクは問いかける。


「では、皆さんは奴隷商人さんの味方というわけで……」


 ボクは微笑みかける。


「敵ということで、オーケー?」


 待たせたね、ポチ。


 命令はいつも通りだ、「好きにやれ」。


 地獄を……あ、違った。天国を見せてやれ。

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