第20話 エロ触手 VS リッチ(2)

 エロ触手の『たいあたり』!


 相手のリッチには、効果がないようだ……。


「ですよね!」


 ぶち切れ肯定。


 ハイリスクゼロリターン。酷すぎない?


 背後からの完璧な不意打ちだった。ボクがスキル『暗殺』でも所有していたら、これで勝負は決まっていたかも知れない。ズズズと穴の開く音に気付いて、リッチも振り返ろうとしていた。だが、触手のスピードが勝った。三本の触手は、リッチの顔面や胴体にそれぞれ『たいあたり』を決めたけれど、ダメージは【0】である。


 ぶつかったという事実がまるで存在しないかのように、リッチの体勢を崩すこともできなかった。スキルの効果「エロいことができる」=「エロくないことはできない」に、とことん忠実である。


 いや、わかっていますよ? ボクだって、いつまでもバカじゃない。


 スライムすら倒せなかった攻撃で、リッチが倒せるならば何も苦労しない。これは、予想していた結果である。あわよくばの気持ちはあったけれど、ガッカリしている暇もない。


 ボクは、リッチだけをにらんでいる。


 他のスケルトン、アンデットはあえて無視していた。

 

 このように取り囲まれた状況は、ほぼ絶望的。仮に包囲網の一部を打ち崩して突破口を切り開いたとしても、リッチは再びスケルトンを生み出すことができるのだ。リッチが健在である間は、ボクらは絶対に逃げられない。


 両手を握りしめる。無理やりでも、ポジティブに思考する。


 逆に、リッチさえどうにかできるならば――。


 活路は、そこしかない。


 次の手。


 こちらが本命。


 スライム相手にあれこれバカやったことがヒントになってくれた。『たいあたり』に限らず、「エロいこと」を目的としない普通の攻撃では、敵にまったく影響を与えられない。ただし、「エロいこと」であるならば……スキル『エロ触手』を本来の用途通りに使用するならば、それはスライムにもちゃんと効果を与えていたわけで、魔物にも通用することは証明済みだ。


 バカらしくも、ボクらしい戦い方。

 

「リッチ!」


 ボクはチェックメイトを告げる。


「腹上死させてやる!」


 云ってから気付くけれど、最低である。


 後悔は、いつも一秒後。


 啖呵を切るため、「殺す!」と叫ぶ戦士ならば普通にいるだろうけれど、「腹上死!」と叫んでいる奴がいたら狂戦士かボクだと思ってくれ。「殺す殺す殺す」と迫り来るイカれた奴は恐ろしいけれど、「腹上死腹上死腹上死」と連呼している奴はたぶん別の意味でもっと恐ろしいね。


 この場を生き延びることができれば、決め台詞でも考えるべきかも知れない。シリアスに恰好良い感じで、たとえば「お前はもう死んでいる」みたいな……えー、「お前はもう腹上死」っていうのはどうでしょうか? ダメ? うん、知っている。


「ポチ!」


 ボクの命令はシンプルだ。


 エロ触手よ、好きにやれ。


 攻撃命令の『たいあたり』は最初からブラフである。接近できれば、それで良かった。まったくダメージの無い攻撃に対し、リッチがほんの一瞬でも戸惑ってくれれば良かった。


 目論見は成功し、リッチは何が起きたのか、理解しかねるという様子で動きを止めていた。これが普通のスケルトンであれば、感情ないからこそ機械的に素早く対応されたかも知れない。人間臭いリッチだから釣られてくれた。


「今だ、やれっ!」


 エロ触手が、リッチに巻き付く。


 念のために云うが、これは攻撃ではない。


 攻撃ではないのであれば何なのだと問われれば、「エロいこと」である。エロ触手による快楽は火山の噴火と隕石の落下、大津波が同時に押し寄せるかのごとき、怒涛の破壊力を持つ。望んでそれを受け入れている人間(あえて具体例を挙げるならば、女勇者)だったとしても、全身でバタバタのたうち回るのが普通だ。


 そのため、初手は拘束から。


 胴体に巻き付いてから、手足まで押さえる。


 その過程で、触手のヌルヌル粘液(媚薬成分を含む)をたっぷり塗りつけて行く。


 拘束、そして宙吊り。ドサクサに紛れて、着衣も乱している。見た目にはハードな状態に見えるけれど、これが意外とそうでもないのだ。手足だけを掴んで宙に持ち上げたならば、体重がそこだけに掛かってしまい、かなり痛い。エロ触手は、相手の腰から尻、太腿の内側あたりを巻き付きながら支えることで、まるで母親が愛おしく赤ちゃんを抱っこするかのような安心感まで提供する。


 数年間、歓楽街の帝王として君臨したテクニックは伊達ではない。

 

 初めてのお客さんは、猛々しいエロ触手のうねりの中で繊細な気遣いを感じ取り、その意外さに心を緩めていく。


 なにこれ……思っていたより、ずっと優しい……。ほんのわずか、緊張が解けたところに、情け容赦なく粘液の淫靡な効果は浸透していくのだ。


 これまで数え切れないお客さんに対応して来たボクは、経験から理解している。本格的なプレイの開始前であるこの拘束段階で、ほとんどの人間は蕩けてしまう。だらしない顔になっていることすら気付かず、荒い呼吸を繰り返す者。まだ抵抗しようと力なくバタバタしながら、細かく痙攣している者。己の状態にハッと気づき、「う、嘘……なにもされてないのに、わ、私、もうこんなに……」と悲鳴を上げながら、必死に脚を閉じようとする者。みんな違ってみんな良い。


 追い込むのは、ここから。


 ただし、決着はこの時点で着いているも同然だ。


 さあ、リッチ!


 お前はどうだ? 耐えられるか、このエロ触手に――。


「……ん?」

 

 リッチは、なんだこれ……みたいな、ただただ面倒臭さだけを感じさせる手付きで、エロ触手を振り払っていた。ペシッて感じ。骸骨なので相変わらず表情はないけれど、ヌルヌルの粘液にまみれた身体を何度もぬぐいながら、小馬鹿にされたとでも勘違いしたのか、ボクのことをめちゃくちゃにらんで来る。


「……あ、れ? おかしいな。予定と違うぞ」

 

 リッチに大いに誤解されているけれど、ふざけたわけではありません。


 ボクは全力を尽くして生き延びようとしているだけです。


 まさか、「エロいこと」すら通じないとは夢にも思わず……。


「不死属、だから……?」


 リッチは、骨だけの魔物。


 肉はない、神経もない。


 ストレートに云うならば、股間に何もないのだ。

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