第19話 エロ触手 VS リッチ(1)

 スケルトンやアンデットの動きは緩慢である。


 逃げる、という選択肢も当然ながら、ボクの頭には浮かんでいた。


 高みの見物を決め込むかのように、リッチは魔物の群れの最後方に控えている。余裕綽々、こちらは敵として認識されていないようだ。ガタガタと怯える子羊みたいなものか。悔しいけれど、ボク自身も戦って勝てるとは微塵も思っていなかった。


 女冒険者は、半狂乱の状態である。


 戦力としては期待できない。というか、なにか役に立ってくれるとも思えなかった。


「た、助けてっ! みんな殺された、殺される。助けてくれないと死んじゃうよぉ!」


 むしろ、ボクが面倒を見てやらなければ、立ったり歩いたりも覚束ないようだ。


 女冒険者を肩で支えながら、自然と無意識に、身体の重心を後ろに下げて行く。簡単に逃げられるとは到底思えないものの、一か八か、ボクにできることと云えば、それぐらいだろうと考えて――。


 だが、リッチの瞳が狙い済ましたかのようなタイミングで、輝く。


 次の瞬間、まさにボクが駆け出そうと考えていた方向に、地面から這い出すように新しいスケルトンが何体も出現していた。逃げ場がひとつ失われる。完全に包囲されたわけではない。だが、ボクはもう足を踏み出す気にはなれなかった。たぶん、無駄なのだ。ぽっかり空いたスペースはいくつか目に入るが、どうにも、わざとらしい罠としか思えない。


 ああ、こいつはやっぱり厄介な魔物だ。


 追い詰められると同時に、ボクは腹が立っていた。


 スケルトンを殺到させれば、ボクと女冒険者をあっさり片付けられるはずなのに、ゆっくりと無駄に時間をかけている。もちろん、警戒されているわけではなくて、ただ単に楽しまれている。遊ばれている。


 不死属の魔物の中でも、リッチの危険度・討伐難度は上から数えた方が早い。ゴブリンロードに代表されるような支配者の特性を有する魔物であり、スケルトンなどの下位の不死属を生み出して統率する。それだけでも十分に恐ろしいが、リッチは他の魔物と比べて高い知性を持つ。


 ボクが雑魚であることは一瞬で見抜かれた。


 だから、リッチは笑っている。


 骸骨の化け物に表情はない。それでも、眼孔の闇に浮かんだ揺らめく炎のような瞳には、ハッキリと愉悦の色が浮かんでいた。配下のスケルトンと骨だけの姿はまったく同じであるものの、豪奢な羽織や指輪、宝冠などのアクセサリーなど、まるで貴族のように色々と身にまとっている。肩を揺すり、背を伸ばし、骨だけの指先でトントンとこめかみを叩くのは癖のような動作。スケルトンやアンデットなど、下位の不死属との最大の違いは、その人間臭さだろう。


 逃げられない。


 というか、逃げるのは悪手。


 人間臭く、それも悪辣な性分であるらしいリッチは、ボクらが逃げれば、喜んでスケルトンに追いかけっこをさせるだろう。一方的な狩りのゲーム。街の方角に逃がしてくれるとは思えない。すべてがコントロールされた状態のまま、ボクらは悪い方へ悪い方へ連れて行かれて、最後にはリッチが高笑いするような絶望的状況に追い込まれるだろう。


 だから、ここで踏ん張るしかない。


 ボクは叫んだ。


「ポチ!」


 言葉は必要なく、ボクの意思をすぐに汲み取ってくれるのはありがたい。


 触手は一瞬で、穴の中に引っ込んだ。


 間髪入れず、ボクは虚無の穴を閉じると……ズズズと、別の場所に穴を開けた。


 どこに?


 リッチの真後ろ。


 目視できる範囲内ではあったものの、親玉らしく後方で控えているリッチは、スケルトンの包囲の遥か向こう側であり、かなり遠い。正直な所、これだけの距離で触手を呼び出すのは初めてである。ぶっつけ本番。本当にできるかなんて保障はない。やったことが無いのだから、失敗する可能性の方がむしろ高かったかも知れない。


 分の悪い賭けとはわかっている。


 でも、生き残るという宝くじの一等賞を引き当てるためには、覚悟を決めて全部投げ出すしかないだろうさ。


 果たして、成功。


 背後から不意打ちする形で、三本の触手がリッチを強襲する。

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