イチパシ村に入った異世界調査員

〈他に、何か居そうか?〉


 森の外に向かいながら、周囲の状況をルッカに問うた。


〈いいえ、何も居ないわ。居るとしても、たった今、作った新鮮な死体をついばもうとしている動物くらいね〉

〈それは重畳〉


 女性2人は、折り畳みスコップで何とか荒らされない墓を作ったが、人数が多い方はどうにもならない。

 というか、そもそも何か作るつもりはない。


〈小さい女の子は?〉

〈問題なく、村まで戻ったわ。今、村は厳戒態勢に移行中〉

〈俺が負けた時の為か〉


 負けるなど万が一にもあり得ないが、初めて会った奴がどれくらい強いか分からないもんな。


〈村に行っても大丈夫と思うか?〉

〈問題ないんじゃない? すでに先駆けは行っている訳だし、逃がしたというポイントは高いわ〉


 先駆けとは先ほど逃がした女の子から、俺の情報が村人に行っているだろうという判断だ。

 そのため、着いた早々、攻撃されるという可能性は低くなるはずだ。


〈でも、なぜ村に行く必要性があるのかしら?〉

〈情報が欲しいんだ〉

〈情報?〉

〈次の村の。または大きな町の〉

〈そんなの、調べがついているじゃない〉


 ヘルメット内のホロディスプレイに表示されていた、呼び出したバイクの見ている風景の他に、ルッカが表示してくれた次の町の場所と様子が表示される。


〈新鮮な情報が欲しいのさ。ここで生活している住人しか分からない情報をね〉


 俺としては分かりやすく伝えたはずだったんだけど、ルッカにはお気に召さない説明だったらしく「そう」と小さくため息付きで返事が来た。

 森の切れ目に着くと、すでに林から出て来ていたバイクがこちらに近寄ってきた。

 そばについたバイクに跨り、村を目指す。


 目指すといっても、女の子が自力でやっと来られる目と鼻の距離なので、衛星からの映像でしか分からなかった村の様子がすぐにみえるようになった。

 厳戒態勢という言葉がしっくりくるくらい、村の男総出で村の出入り口を固めていた。


〈……殺し合いになる可能性は?〉


 村の様子を見て、なんとなくルッカに話しかけた。


ゼロよ〉

〈その心は?〉

〈虐殺になるから〉

〈なるほど〉


 いや、なるほどじゃねぇよ。

 そしてすぐに村へとたどり着く。

 案の定、臨戦態勢の村で、件の女の子は目に見える範囲に居ないので、もしかしたら女の子から話が行っているかもしれないという淡い期待をしていたけど無理っぽそう。


 刀も拳銃も手に持たない徒手空拳状態でバイクから降り、村の入り口へ向かい歩いていく。

 すると、一人が弓に矢をつがえ、こちらに飛ばしてきた。


 ――カッ


 「お見事!」と大声を出したくなるくらい、綺麗に俺の目の前に矢が刺さった。


「止まれっ! 何をしに来た!」

「森で女の子を助けた。そのお礼くらいしてくれても良いんじゃないのか?」


 大声を出してもヘルメット内で終わってしまうので、拡声器モードで声を出すと思った以上に大きかったのか、村人たちが怯んだ。


「野盗総勢18人は全員殺した。逃げてきた女の子から話を聞いていないか?」


 櫓の上で顔を見合わせた男の内の一人が、フッと消えた。

 地図を見ると、村内に向かって駆け出していたので、女の子に話を聞きに行ったのかもしれない。


「アンタが、野盗の仲間でないという証拠は!?」

「あんなのと一緒にされるのは心外だ、と言っておこう」


 扱いに困っているのか。再び村人は固まってしまった。

 それから数分経つと、村内に向かって走っていた男が再び櫓に戻ってきて、先ほどまで俺に話しかけていた男に何かを報告する。


 報告を聞いた男は櫓から消えると、すぐに村へと続く扉が開かれた。

 相手が出てくるのに合わせて、俺も自然体で近づいていく。

 なるべく、相手にとって脅威に見られないように。


「シュナハから話は聞いた。助けてくれたそうだな」

「シュナハと言うのか。無事なようで何よりだ」


 俺の風体を見て警戒をしているが、心なしかアニーアについてこちらが安心したのを感じてか、少しだけ相手の警戒度が下がったような気がする。


「何もない村だ。礼も何もできないが、入ってくれ」

「ありがとう」


 男について村へ向かうと、近くに止めていたバイクが近づいてきた。


「そいつは?」


 そう問われ、名前を聞いておくのを忘れていた。

 名前と言っても開発番号とかそういったのしかないと思うが、確かに何か名前が無いと困るかもしれない。


「名前はまだない。バイクという乗り物だ」

「変わった生き物だ」


 「そうきたか」と心の中で小さく思った。



「何か飲むか?」


 村の外まで出てきて俺を迎えてくれた男は、このイチパシという名の村の村長で名をダヒムと言った。

 最近、村の猟師が森に人が入っているのを見つけ、敗残兵や野盗の類いを警戒していたそうだ。

 シュナハについては、注意していたのに森の中へ行きすぎた、と言うのと、猟師が考えていたよりずっと野盗の行動範囲が大きかったらしい。


「いや、ヘルメットこれを取ることができないから、飲み物は遠慮しておくよ」

「そうか。何か呪いか?」

「そんなたいそうなもんじゃない。ただ、外すのが面倒くさいってだけさ」


 小さく、「なるほど」と言う村長だったが、あまり納得していないようだった。

 しかし、こちらも簡単にとるわけにはいかない。

 外骨格服パワードスーツを着ていれば、俺は超人的な力を発揮できるが、一部でも脱いでしまえば、俺はただの人になってしまう。

 恐ろしくてそんなことはできない。


「それで、礼の話だったな。見ての通り、ここは果てにある貧乏な寒村だ。俺としても何か渡したいところだが、これと言って何にもない村だ」

「礼については、方便だ。ここから先に行きたいが、その情報が欲しいだけだ」

「情報……と言っても、ここから先は何もない一本道だ。そこを走っていけば、次の村へ行けるが」


 衛星写真と見比べると、確かに何もない一本道だ。


「モンスターとやらは? あまり見なかったが」

「ここより先はモンスターが多いが、この村はファガレノシス神様のご加護がある、最果ての村だ」


 その果ての果てにあるのが、俺たちが降り立ったあの平原か。


〈ルッカ、聞いたか?〉

〈えぇ、聞いていたわ。神様が居るみたいね〉


 俺としては、モンスターの分布図について聞いたつもりだったが、ルッカは神様についての疑問が出たようだ。


〈この世界には、魔法が存在していたんだっけ?〉

〈正体不明の物理エネルギーを魔法というなら、その通りね〉

〈わかった〉


 ヘルメット内のホロディスプレイに表示されているルッカから目を外し、村長へ向ける。


「魔法使いに関して聞きたいんだが――」

「魔法使いか。俺たちに答えられることがあればいいんだがな」


 いくつか魔法使いについて質問したが、村長は「どこかに魔法使いは居ないか」程度の話だとおもっていたらしく、有益な情報は引き出せなかった。

 やはり、魔法体系について村人は何も知らず、また魔法使いと言うのは一定数存在しているが、稀有な存在らしい。


〈これといって情報はないみたいね〉

〈そうだな〉


 ルッカは特に期待していなかったのか、声色はいつも通りだった。

 俺としても魔法使いが簡単に情報として出てくるような存在ではないと思っていたが、もう少し尻尾を掴ませるくらいの存在だと思っていた。

 聞きたいこと――いや、聞けそうなことはこれ以上なさそうだから、そろそろおいとましようと考えていると、不意にドアが叩かれた。


 ドアの向こうには2人の熱源。

その左右に、武器を持った男が居るが、ちょうど室内からは見えない立ち位置となっている。「あぁ、来たか。入りなさい」

村長が入室を促すと、外からは俺が助けた女の子とその保護者らしき男性が入ってきた。


「この子が、あなたにお礼を言いたいそうだ」


 「さっ、こっちへ」と村長に促され前へ出た女の子はたどたどしくお辞儀した。


「もっ、森では助けていただき、ありがとうございました」

「無事が確認できて良かった」


 こっちは、あの現場から逃げたところから村に入るところまでずっとモニターしていたから分かっていたが、きちんと面と向かってお礼を言われると嬉しいもんだ。


「この子の母親は病弱でな。そんな母親の為に薬草を摘みに行っていた時のことだったんだ」

「少し、森の中に入りすぎたな。薬草は珍しい物なのか?」


 村長は首を振った。


「それほど珍しい物ではないが、一人で取っているとな。この子は数少ない村での子供で、多くの村民が薬草摘みの手伝いをしているが、皆、各々の仕事があるから付きっ切りというわけには」

「はやり病か?」

「そんなたいそうなもんじゃない。町へ行ければ薬も手に入る」


 ホロディスプレイに表示されているルッカを見る。


〈次の町までどのくらいかかりそうだ?〉

〈あなたの腕で、10分くらいかしら? 人も多くなるから、アクシデントは増えるだろうけど〉

〈俺が問題を起こすような言い方じゃないか〉

〈そう聞こえたなら、そうかもしれないわね〉


 なんて酷い奴だろうか。


「ものは相談なんだが、もしこの子の母親に与える薬が次の村で簡単に手に入るようなものなら、俺が買ってこようか?」


 片眉を上げて、こちらが何を言っているのか頭の中で確かめるような間が空いた。

「なぜそこまでしてくれる?」

「俺はお人よしなのさ」

「あぁ、そのようだな。しかし、シュナハを助けてくれたのは感謝しているが、それ以上、何も対価無しにやってくれるのは、さすがに怪しいと思うが?」


 まぁ、確かにそうだろう。


 「お人よし」という評価は、アスクからよくされていた。

 俺自身はそんなつもりはないが、グレーダーにとって俺はそう見えるらしい。

 しかし、ここは宇宙コロニアル船イニシスタではないので、本人が「お人よしだから」といったところで信じてもらえないだろう。


「本音を言えば、俺が旅人だからだ。次の町へ入るのに口添えをしてほしい」


 これは本当だ。

 入るのに金が必要なのは分かっているが、だからといって旅人が手放しで歓迎されるとは考えられない。

 そこで必要なのは、町と付き合いがある権力者の後ろ盾だ。

 これがあると無いとでは違いが大きいと考え、このような行動に出た。


「なるほどな。確かに、旅人ともなれば口添えがあった方が安心できるだろう」


 「それに、そんな風体だしな」と小さく付け加えられた。

 鎧を着た兵士が闊歩している世界であっても、俺が来ている外骨格服ボディーアーマーは異彩を放っているらしい。

 格好いいんだがな。


「分かった。なら、こちらも準備するものがあるから、出発は明日にしてもらえるか?」

「準備?」

「せっかく腕っぷしの強い奴が町まで行くんだ。それに乗らない手はないだろう」

「なるほどね」


 村で生産できない物を買いに、そして村で作ったもの売りに町へ行くのが常なのだろう。

 その時に、俺が殺した兵士崩れやモンスターが襲い掛かってくる可能性があり、俺はその露払いをしてくれってことだろう。


「分かった。明日は何時――いつくらいに町へ」

「準備ができ次第、出発することになる。悪いが、今日はウチに泊っていってくれ」

「ありがたい」


 野宿することも考えていたからな。

 外骨格服ボディーアーマーを着ていれば、野宿をしている時に何かに襲われたとしても、よほどのことが無い限り大丈夫だが、屋根があると無しとでは精神的な安らぎに違いが出てくる。



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