異世界調査開始

「昨日はお愉しみでしたね」


 二日酔いでガンガン痛む頭に、スッと冷たい言葉が入ってくる。


「悪かったって言ってるだろ」


 今は、超空間移動船ラフールのコクピットに座り、出発時間を待っているのだが、先ほどから定期的に相棒のルーカに責められている。


「えぇ、付き合いがありますもんね。泊まるなら、ひとことくらいあっても良いとは思いますが」


 冷たい口調でチクチクと刺してくる。

 相棒のルッカ。

 戦闘支援用アンドロイド。


 通常なら、俺がどのように対応しようと文句ひとつなくついてくるように設定される支援用アンドロイドだが、自分で考えることができない奴を相棒にするのは嫌だったので、ロボット三原則を消去したモデルを博士に作ってもらった。


 おかげで、こんな苦労をしている。

 少し早まった感はある。


 そして怒っている理由なのだが、昨日がアスクの誕生日と言うことも食べに行くということも伝えていたのだが、夜は俺がコロニアル船外活動に選出されたことを祝ってケーキを作ってくれていたのに、俺が朝帰りをしてしまったからである。


「まぁ、良いですよ。亭主元気で留守が良いといにしえの言葉にもそうありますからね。できる嫁は我慢ができる女なのです」


 えへんぷい、と胸を張るが、やはりその目は厳しかった。


「あー、そうだな。いつも苦労を掛けているから、探索地むこうへ行って落ち着いたら何かパーティーをしよう」


 「それで良いか?」とチラリと見ると、「仕方がない」と言いたげな、しかし、その喜びが隠し切れないといった様子で頷いた。

 戦闘支援用アンドロイドだというのに、なぜかルッカはパーティーが好きだった。

 よくわからん。


「それで、積み込み作業はあとどのくらいかかりそうだ?」

「えっ? もう終わってますよ?」


 さっきからやられている夫婦漫才と取られてもおかしくないやり取りは、荷物の積み込み作業待ちで行われていた。

 その積み込みがいつの間にか終わっていたのだ。


「なんで早く言わないんだよ」

「そう伝えるように言われていませんし、そもそも2人きりの時間を誰にも邪魔されたくありませんから」


 なんと恐ろしい戦闘支援用アンドロイド。

 精神的拘束を外したらここまで自由な振る舞いをするようになるのか、という良い見本になる。


「出発の遅れは?」

「約8分ですね。ちなみに、マモルが出発しないせいで、後続は着々と遅れています」

「あぁ、もう、最悪だ。空間移動船ラフール出発します」


 固定用ロックが外れていることを確認し、エンジン出力バーを上げていく。


『空間移動船ラフールの出船を許可します。お気をつけて』


 管制塔からの見送りだけではなく、今まで共に訓練をした仲間たち、そして、アスクとレイアの姿も管制塔に居た。

 直接連絡を入れてくれてもいいのに、たぶん迷惑になるだろうから、とレイアが止めたのだろう。


 これから調査に行く先は、惑星ディアッセル。

 技術度で言えば石器時代ともいえそうな技術格差があるが、魔法と言うファンタジーな力が存在している世界。

 なかなか、面白そうじゃないか。



 出発さえ主導で行えば、あとは目的地まで何もすることはない。

 そもそも、ルーカが全てやってくれるので俺は何もすることが無い。

 そして着いた惑星ディアッセル。


 こう呼んでいるのは俺たちだけで、現地人がどう呼んでいるかは先行簡易調査でも分かっていないので、ここで生活をしつつ色んな人と交流を重ね、調査していくのが俺の役目になっている。


 宇宙からは綺麗な青い星。

 成層圏を通り抜ければ、緑豊かな世界が広がっていた。

 そして着陸したのは、広い――どこまでも広い草原だった。


「ここが拠点で良いのか?」

「そうね。ちょうど国境の何もないところで、広く平坦な土地。私たち・・・のお城も作りやすいわ」

「そんな広い土地だったら、誰かしら耕作していないか?」


 まだ何の準備もできていない状態で他国から攻められるのは、面倒くささという観点から当分の間は避けたい。

 そう考えを告げると、ルッカは「私たちにとっては平坦」と笑った。

 この世界の基本的な耕作方法は人力または牛馬による耕起だ。

 機会が使える俺たちにとって、多少の凸凹は誤差の範囲だろう。


「それに、我々の知らない肉食性の動物が跋扈しているせいもあって、この辺りの土地は人気ではないみたいね」


 上空から簡単にだが、動物の分布図も作っていたようだ。

 見せてもらうと、背中側から撮影されたものから想像した全体像でゆがみが出ているが、なるほど凶悪そうな見た目である。


「ここら辺の調査と、城の建設はルッカに任せて良いか?」

「問題ないわ。あなたはどうするの?」

「せっかく異世界・・・に来たんだから、冒険しないとな!」


 外骨格服パワードスーツに着替え、斬れぬものは余りないと謂われる科学刀を背中とリュックの間に差し込み、腰には拳銃、そして(アスク経由で)無理言って貸し出してもらったバイクも移動用の足として船外へ持っていく。


バイクそれぶっ壊したら、技研が泣くんでお手柔らかにお願いね」


 俺にとっては身近な存在だったが、技術が進んでいる宇宙コロニアルイニシスタでは移動用でも不必要な物とされ、技研は何とか頼み込んで予算を割いて作り上げた物らしい。


「ありがてぇ、ありがてぇ」


 昔、乗りたくて乗りたくて仕方がなかったけど、俺にそんな物を買うようなお金がなかったので、泣く泣く諦めていた。

 それがこんなところで乗れるようになるとは、運命とは数奇なものである。


 ワクワクしながらエンジンを始動すると、キュインと一瞬甲高い音を響かせ、すぐに車体が沸く・・のを感じた。

 高揚感とは違う、バイクが命に目覚めたような感覚だ。


「調子はどう?」


 ヘルメット内のモニターに映るルッカに聞かれた。


「最高だ。こんな何にもないところで走らせられるのは望外の喜びだ」


 誕生日プレゼントを貰った子供のようにはしゃぐ俺に、それを見る親のような視線を向けるルッカ。

 どうとでも見てくれ。

 俺は本当に嬉しいんだ。


「そんなのに乗っていたら原住民からモンスターと間違われる可能性があるから、私としては歩いて行ってほしいんだけどね」

「そんな訳あるか。住人だってほら――なんて言うか、分別あるわけで」


 でも確かに、イノシシに乗っていた緑色の小人も居たな……。

 あれはゴブリンとかいう、漫画に出てくるような生き物だった。


「分別あるような原住民が第一村人だったら良いね」

「ルッカも祈っておいてくれよ……」


 不安になってきた。

 でも、こんなことで諦めたりするほど、俺のバイク熱は弱火じゃない。

 アクセルを捻るたびに、エンジンの出力が跳ね上がり、それと同時にバチバチという音が聞こえる。

 漏電っぽい気がしないでもないけど、たぶんこれは正常な音なんだろう。多分。


「よし、行くか」

「気を付けてね」


 こちらの意図を反映したシステムが、バイクを停止状態からギアを変える。

 クンとアクセルを捻った瞬間、ガガッと地面を削り、バイクはウィリーをしながら発進した。

 戦闘機を操作する時とはまた違う、内臓が置いてかれそうなGを感じる。


 楽しい、楽しすぎる。

 

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