5月

第3話

少し狭くなったバルコニー。

僕の横に置かれているのは、小さな発泡スチロールの箱だ。

中にはぎっしりとアサリが入っている。


「取りすぎましたね。」


クスクスと笑いながら、隣へ腰掛ける彼女。

今月も満月の日がやってきた。


「うん、困るくらいに取ったよね。」


今日は2人で潮干狩りをしてきた。

その時、取りすぎたアサリだ。

調子乗った深月さんは、そこら辺のアサリを全て取るのではないかという勢いで、ガリガリと砂を掘り返していた。


「どうしましょうか…砂抜き終わりましたかね。」


被せてある蓋を少しだけ開けて覗き込む。

砂が出てるかどうかなんて分からない。


もし砂が完全に抜けていると分かったなら、今日の晩酌のアテにでもしようと思ったのだが。

そんなことを考えている中、彼女は元気よく立ち上がって言った。


「ロシアンルーレット!」


突然どうしたのだろうか。

こちらを向いたメガネはギラギラと光っている。


「ロシアンルーレットみたいに、砂が入ってたら負けにしましょう!」


子供らしいことを言い放つ。

理解はできるが、そんな馬鹿らしいことするわけが無い。


「嫌だよ。わざと砂がある状態で食べたくない。」


呆れたように蓋を元に戻せば、大きなため息をついた。

そんな賭けみたいなことしたくは無い。

そしたら普通にお酒を飲むだけでいいじゃないか。


僕の反応を見ると、彼女はムスッとした顔になる。

明らかに拗ねている。


「なんで乗ってくれないんですか!」


ポコスカと僕の肩辺りをグーで殴ってくるが痛くは無い。

というか、程よく気持ちいい程度だ。

きっと彼女は手加減をしてくれている。


「分かった。分かったから。食べればいいんだろ?」


ある程度肩たたきをしてもらうと、僕はさっきの賭けに乗る。

ずっと拗ねられていても困るし、せっかくの晩酌だし。


「ふふ、分かればいいんです。」


さっきまでの不機嫌そうな顔から、コロッと笑顔に変わると彼女はアサリを袋に入れて、キッチンまで走っていく。


「きっとすぐ出来るんで待っててください。」


僕はわかったと返して、月を見上げる。

4月頃の人肌恋しい寒さはさらに薄れて、段々とお昼寝にぴったりな季節になっていく。

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満月の夜に君と晩酌をする。 @masiro-0

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