第5話 まさか、聞かれていたなんて

 気まずい沈黙を破って、ルイス殿下が口を開いた。


「では、順を追って話す……。まず、俺は王子を返上したいと、父である王に何度も言ったが、聞き入れられなかった」


「ルイス、王子を辞めたかったのか?」

と、マーク兄様が驚いた声をあげる。


「ああ」


「そんなに、王子でいるのが嫌で悩んでいたなら、言ってくれればよかったのに。話を聞くことぐらいしかできないが」

と、マーク兄様の口調がやわらかくなった。


 やはり親友。心配している様子ね。


「いや、それは義務だと思っていたから、そんな風に考えたこともない」


「じゃあ、なんで?」

と、マーク兄様。


 それは、そう聞きたくなるわよね。うん、うん。


「アリスが」


 え、私!?


 いきなり自分の名前がでてきて、びっくりした。 

 何故、ここで私が関係してくるの……?


 マーク兄様も同様らしく、目を見開いている。

 二人で固唾をのんで、次の言葉を待った。


「アリスが嫌だって言ったからだ」


 ぽつりとルイス殿下が言った。


 へ……? 全然、意味がわからない。


 でも、王子を返上するような大それたことに、私が関わってるの?

 変なドキドキがとまらない。

 

「あの……、私が嫌って言ったって、どういうことですか? 私、そんな会話をした記憶がないんですが」


 というか、そもそも、ルイス殿下とちゃんと話したことがない。


「直接話したわけではない。お茶会の始まる前、先に来て待っていたアリスのひとりごとを、俺が勝手に聞いただけだ」


 ええっ! ひとりごと? 私、なんて言ったのかしら? 

 どうしよう、嫌な予感しかないんだけれど……。


 怖いけれど、聞かないわけにはいかないわよね?

 と、迷っていたら、マーク兄様が先に聞いていた。


「アリスはなんて言ったんだ?」


「王子妃なんてなりたくない、と言っていた」


 げっ! あれを聞かれていたとは!

 確かに、ルイス殿下の前以外では、毎日くらいつぶやいている。


 そして、何度も耳にしているマーク兄様も、ああ、あれね、という感じでうなずいた。

 仕方ない。偽らざる本心だもの! と、開きなおってみる。


「でも、私が嫌だと言ったとしても、なんで王子を返上するの?」

 

 驚きすぎて、思わず、ルイス殿下に砕けた口調で話しかけてしまった。


「あ、すみません。つい、普段の言い方になってしまって」

と、あわてて謝る。失礼だったわ。


「いや、そのままでいい。というか、できたら、そんな親しい感じで話してほしい」

と、ルイス殿下。


 いや、無理でしょ。 

 今まで、ほとんど話したことがないし、ルイス殿下だし……。


 マーク兄様があきれたように言った。


「あのな、ルイス。いきなり、それは無理だろ? 8年も婚約者だったのに、ろくに話もしていない関係だったんだから」


 ルイス殿下が無表情のまま黙った。


「おい、そんなに落ち込むな」


 え? 無表情のままに見えるけれど、落ち込んでるの? 

 マーク兄様って、ルイス殿下の表情がよくわかるのね。

 なんだか、すごい!


 思わず、私も変化を見つけようと、じっと顔を見てみた。

 目が合った。


 すると、ルイス殿下の無表情はそのままで、耳がほのかに赤くなった!

 思わず、マーク兄様を見る。


「今は照れてる」

と、通訳してくれた。


 無表情なのに、変化があるなんて。

 ちょっと、おもしろくなってきたわ。

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