3-2)揺らぎ

「自称神崎の挙動が見えないあたりか」

「そうですね。祠で埋めさせようとしてきたのと最初の事件被害者の目出度守が落ちていたことを考えてもあの祠が必要条件だと思っていたんですけれど、百田さんの件がありますから」

「目出度守を拾わせてとかはっきりいってこじつけすぎるからな」

 村山が神崎と遭遇していたこと、百田が鬼塚と友人であり先に相談に乗れたこと。これらの偶然が重ならなければ、事件の関連性は見つけられなかっただろう。眼球が飛び出たに対して、耳珠にできものが出来るを結び付けられるわけなどない。村山が『半端な完璧』とそれらを称したが、『半端な完璧』故に加害者の意図が見えないのだ。

 無差別殺人に近い。殺す結果だけがあって、それによる利益が当人に紐づけられない。通常の殺人事件ならば犯人がどこにいるのか周辺を探せばいいが、目も耳も症状が潜伏し、時間差で発症する故に手掛かりを探すことが難しい。類似事件が見つかればその分探ることはできるだろうが、しかしそれは被害者が増えることだ。そんなこと、警察として許してはならない。その前を行かねばならない。しかし、自称神崎の目的が見えないゆえに面倒なことが多いのは事実だ。

「目出度守を一時的に販売中止してもらうことでどの程度効果があるのか、もありますね。神崎がまだ所持していて、百田さんの時みたいに利用したらどうしようもないですし。……神様を作っていそうなのに、すでに効果が出ているあたりが本当謎で」

 儀式を用いて効果を望む場合、所謂魔法のようなものならシステマティックに事が進む。信仰が必要になる場合もあるが、なんらかの手順がまず優先されることが多い。しかし信仰する対象があった上でかなえてもらおうとするのならば、そこには対象となるナニカがいるのが普通だ。しかし、百田の件で分かったのは『神崎は神様を作ろうとしていたのではないか』という予想だった。

 神様がいるから儀式をするのではなく、儀式をした結果神様がいるという手法。そのくせ、すでに結果は目の前で転がっている。矛盾した結果が目の前に連ねられている。

「だから、ねぇ」

「見て把握する、以上にはなりませんけどね。神崎が言う神様がすでにあるのかないのかは見ておきたいかと」

 揺れ、というものは特殊な用語だ。怪異だのなんだの、理解できないものに天道たちは対応しているし、それを利用することは難しい。それでも利用する人間がいるから事件が起きる。たとえば崖に連れて行って落とすような、事象を利用するものは別だが――そのものを引き起こす、今回のようなケースにはある程度の法則がある。

 その法則は人それぞれ、利用している怪異それぞれ。しかし、その中でも怪異の通り道を判断することは、いくらかあった。

 怪異、というものを、次元違いとみる考え方がある。それは特視研究所に限ったものではないらしい。研究員らしいともいえるその考え方はどちらかというとオカルトというよりもSF的だが、天道はそういった専門家ではないのでただ話に聞くだけで分類については興味などなかった。

 問題はその『揺れ』だ。次元違い、という考え方は怪異の存在を異層のものと捉える考え方から来ている。『揺れ』は次元違いをこちらに呼ぶためのもので、それを繰り返すことで場に『揺らぎ』が出るらしい。それらは知識さえあれば見て取れるが、知識があっても見落とすことはあるし、その知識とやらもあまりに広すぎて専門家がいる故に、村山のような立場の人間が必要となる。

 『揺れ』は、所謂儀式によって発生させられる。手順を踏むのも、違う場所のものをこちらに形作るために必要な行為と言う考え方はそこから来ている。次元違いを呼ぶためのもの。そしてそれは場所を問わないものもあれば、場所を必要とするものもある。先日の百田の件については前者に近く、しかし祠で神崎が村山に対し行った発言は、後者だ。

「……場合によっては、釣るつもりのがいいかもしれませんし」

 村山の発言に、天道がじろりと睨んだ。睨まれた村山自身、もともと下がり気味の眉をさらに下げて笑んでいるところから、その発言がどういうものかわかっているのだろう。だからといって不満を飲み込む選択はなく、天道は三度床を叩くように足を鳴らした。

「鬼塚の前でそれを? すんのか? あ?」

「いやいやいや、しないですめばいいですけどする必要があったら鬼塚さんも理解しますよ」

「おうおう、あの真面目君はできるだろうよ。出来のいい新入りだからな」

 威圧するような天道に村山が苦笑う。しかし天道は険を強めたまま、村山の顔を覗き込んだ。物語の狐が笑むような細い眼は、しかしそのままの形で鋭く村山を睨み上げる。

「ダチの次は自分に良くしてくれてる職場の女性、ってのもなかなかなイベントだろうなァ」

「いやはい、ホントね、避けれるなら避けた方がいいとは思いますよ大丈夫です勝手にはしませんのでほんと……」

 物語で見る借金取りかなにかのような威圧感に、ひえ、と村山が呻く。目はもともと笑みに近い形だし口角は上がっているので笑みを作っていると言っていいはずなのに、牙を剝くという言葉が似合う獰猛な表情は天道の強さだ。それを宥めるように、ほんとね、最終手段なんでね、と村山が慌てて言葉を重ねまですると、天道はようやく息を吐いた。リセットするような態度に、村山が少し緊張を解く。

 吐いた息を、さらに上書くように天道はもう一度長く強く息を吐き出した。そうしてから首後ろを再度掻き掴む。

「……まあ、村山さんがこっちの話を無視して勝手するとは思ってねーよ。仲間が望んでいないことをするような人でもない。そんで、状況的にそれを視野に入れるって時期になっているのも、まあわかる」

 天道は感情を強く出すが、情に流されるタイプではない。ある程度必要かどうか割り切るタイプ故に、改めて言葉を並べ示す。

 感情を出すのは、もともとの気質に加えて相手への警告を選ぶからだ。理屈で分かっていても、まず一線、感情という命綱を相手に結びつけるためのもの。効かない相手ならどうしようもないが、村山は情を持つ。嫌だ、という感情を見れば一瞬ためらうことが可能な人物だからこそ、天道はあえて感情を先に出すことにする。

 とはいえ無駄な威圧は相手の精神を傷つけるし、話を停滞させるが――切り替えるように同意した天道は、首後ろから手を下ろした。

「確かにな、この間のような事件がまたあれば、それは後手になる。もし祠に揺らぎがあって、そこを起点に動きそうならうまく利用してふんじばれた方がいいだろう」

 天道の言葉に、うんうんと村山が頷く。声にだして頷きまでしないのは村山の賢さだ。村山は人の機微に対して愚鈍ではなく、だからこそ天道も切り替えるしかない。

「祠周辺を張ってもらっているが、それでも神崎が見つからない現状、必要があればそれも手だ。とはいえ、揺れを見に行くときに釣る気はねーぞ。もしやるなら十全とした準備があって、俺以外にも許可が出てからだ」

「それは当然ですよ。この間やらかしたのは本当、咄嗟に欲が出ちゃっただけなんで……やらかしたから信用ないっての言われちゃったらどうしようもないですが」

「あの件はあの件でもう終わった。村山さんは俺たちにとって頼みの伝手だ」

 村山の言葉に、天道が肩をすくめる。少しだけ息を吐いた村山が、はい、と安堵したように笑った。

「悪いな。本当に信用していないとかじゃねーんだ。ただまあ、村山さんは少し深入りすることがあるからついな」

「あー、そこは、はい。気を付けます。確かに、ついついなにか出来ないかってやっちゃうところは自覚しているんですよねぇ」

 たはは、と村山が頭を掻く。天道が首後ろを掻くときよりも穏やかなその所作は、ぴょこ、とその髪を跳ね揺らした。

「ま、アンタは立派なプロだ。そこの信頼はしているし、こっちのことを信頼してくれているのもわかってる。調査についても村山さんがうまく見極めてくれて、この後の方向性が見えたら儲けもんだ。揺れが見えない方がいいとも言い難い状況なのが厄介だな」

「結果がすでに出ちゃってますからねぇ」

 もし揺らぎが祠で見えなければ、眼球を飛び出させるのも耳に影響を与えるのも別の要因からとなる。そうなってしまえば厄介だ。

「とはいえ百田さんの件で、手順を『作る』ことへの意識は見えてきました。祠に対しても、こっちで手順を定義できる可能性も見えてきましたし、特視研うちが動きやすくなるとも思います。神崎は怪しいですがほかの人たちも見回ってくださっていますし、そもそもひとりじゃないとできない、って言っていましたしね。天道さんたちが付き添ってくださって、私がそこから離れなければさくっと終わりますよ!」

「そういうのフラグっつーんだぜ村山さん」

 朗らかに言ってのけた村山に、くつりと天道が口角を歪め笑った。頼りにしてますよ刑事さん、と続いた言葉に、少しだけその目が伏せられる。

「こっちこそ、頼りにしてるぜ研究員さん」

 にや、と、天道はその色を内側に隠して、笑って見せた。

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