第三話 メデトリさまのお呼び出し

3-1)事前調査

 眼球、耳珠。目に見えて残る形は、いわゆる目印だ。それを読み解き、また切り離す。死を運ぶそれは、当人の望みではなかった、はずだ。だからこそ紐解き、向き合い、取り戻すことが村山の仕事と言える。

 本人が望まない死の形は、代わりに加害者の意思が反映されている。そう、村山は言っていた。だからこれは、村山の矜持なのだろう。そういう判断を、天道はしている。

「村山さん、おつかれさん」

「あ、お疲れ様です天道さん」

 村山の仕事は怪異検案の為、特視研究所の中では確認作業が多い。検案し、そこから専門に振るかどうかの判断を任されるところが多いからだ。体が空けばデータの整理、論文やら研究に時間を割いているらしいが――天道は事件の検分を頼む側なので、そちらの内容についてはさほど知らない。

 時々、少しだけ嫌になることがある。それが身勝手なものだと自覚している天道は、椅子を粗雑に引き出し霧散させた。

 どかり、と椅子に座った天道を、村山は見上げない。

「なんか見つかったか」

「いえ、今のところは特に問題ないですね。鈴鹿すずかさんとこが行っているほうも結局ヒト案件で落ち着きそうですし」

 鈴鹿が担当している事件は、殺人ではなく傷害だ。被害者に意識があった為さほど大きな問題はなく、しかし所謂だった故に念のためというものだった。村山が担当するものとしてはあっさり終わっており、鈴鹿たちが動いている結果待ちでしかない。

「一応、神社の謂れから病気とかそういう関係は気にしているんですけどね。そういう関係の事件は今のところないし……そうそう、これ見てください」

 書類を一枚抜きだした村山が、ノートパソコンの画面に画像を広げる。写真などはパソコン上見えやすいが、見えやすさや思考の整理のしやすさ、そもそも資料のコピーにあたり画面上だと加工する手間がいるので紙ですませるものなどといったいくらかある条件から、紙もデータも駆使されることが多いのだ。特に、目視確認は画面と紙両方の方が見落としにくい。

「過去に病気が流行ったっていう割に、召手取めでとりって道祖神少ないんですよね。東部だから結構多い地域なはずなんですけど」

陣那宮じんなぐう市なのに、か」

 道祖神というものは、災いが訪れるのを防ぐと言われている。疫病終息の祈願をするという意味で召手取以外にあるのは道理のようだが、その疫病が外にあったのだったら防ごうという考えがあってもおかしくないのは確かだ。陣那宮市は道祖神が多い地域なので、同市内の別地域と比べると召手取がぽかりと浮いて見えもする。

 しかし、そもそも、とも考えられる。召手取の人間は自主的に目出度さまを祀ったのではなく言われて行っているので、単純にそういった感覚に疎かった、というのは考えられなくもない。周囲ではやったものがなかったという目から見ると何らかの意思も感じられそうだが、少なくともないわけではないことと道祖神を悪く言うような言い伝えもないので、どうにも意図を見て取りづらいところはあった。

 村人を守り旅人を見守るという意味から考えれば、悪いものを避けるだけでまれびと信仰と相性自体は悪くなさそうとは思う。それでもここだけ少ないのなら意味がありそうだが、前述のように決定打がない。ふうん、と天道は呟くと、視線を一度思考に向けた。

「……疫病を防ぐ必要がなかった、疫病の原因という線は?」

「うーん、あり得なくもないですけど、でもだったら目出度さまを封じた関係の話になるんですよねえ。祠と目出度神社の間に一基あるので、神社を建てるよう言った人がなにか考えたのかちょっと祠とのいわくをやっぱり感じるんですけど……あまりにふわっとしているというか、なんというか」

 不思議ですねぇ、と村山がマウスで画像をなぞる。天道が考えるように、情報の不足を感じているのだろう。召手取の貴重な道祖神は、写真で見る限りごくごく普通のもののようだ。

「場所に、ちょっとしたものがあるのかなって程度には気になるところはあります。鈴鹿さんが確認行っている佳巳宮かしみやの方にも道祖神あるので、境としてないわけではなさそうなんですけど……」

 気にするほどではないかもしれないが、条件としては様々な特徴が意味を成す。くるり、と思考を回す村山に、天道は軽いため息を吐いた。

「そんで調査希望をだしたってわけか」

「道祖神は調査報告だけでいいんですけど、改めて祠を確認したいんですよね。もともとなんらかの効果を持っているとしたら、って話です。どの程度使われているのか、を確認しておきたいんですよ」

 眉を下げてにたりと村山が笑う。こちらを探るような三白眼と太い眉が下がったまま笑うさまは中々小馬鹿にしたような表情に近いものがあるが、それは村山が誤魔化したい、という感情を持った時の癖のような表情だ。誤魔化すというのはけむに巻くという意味よりもやわらかく、申し訳なさだとかできるだけ気遣いを無くしたいという感情からくるものがあるので、天道は首後ろを掻いた。

 おそらく、互いに互いの感情は読みあえてしまっている。

「行かないですませらんねぇのか」

「うーん、正直怖いんですよね。目、耳って来ているじゃないですか。目の被害者は、眼球が二つ飛び出ていた。耳については、最初の被害者は左耳の耳珠に異常があった。二人目である百田さんは、右耳。百田さんはなんとか無事ですけれど、目と耳で存在してしまったら他のことも気になりますし――そもそも、二つとも半端な完璧。……果実作りが目的なら被害はこれからも出続けますし、果実作りが過程なら、どこかで結果を得る行動も出るでしょう。次があるまえに、がないかきちんと見ておきたいって感じです」

 仕方ない話だ。仕方ない話だが、天道はつい舌打ちをした。それから眉間に手を置いて呼吸を整える。村山は何も言わず、軽薄な笑みをそのままにしているだけだ。だからこそ、天道は大きく息を吐いた。

「自称神崎ヤローが村山さんを気に入ったのかもしれないんだろ」

「もともと私の仕事ですが、縁が出来ちゃったからもう仕方ないですよねぇ」

 へらへらと笑う村山に、天道は眉間からこめかみに指を移動した。もみほぐすようにしながら天井を仰ぐように頭を動かすと、そのまま椅子の背もたれに背中を預ける。ふー、と鼻から吐き出された呼気は静かで、その手がとんと天道自身の脚を叩いた。

「いつもの問題ではある。悪いな、村山さんの判断は間違いじゃねーのに」

「お気遣いはうれしいですよ、頼りにしています」

 自身の態度も含めた天道の謝罪に、村山は明るく返した。頼るしかないのに文句を言うのも、仕事であるのに案じすぎるのも相手に良くない行為だと天道自身わかっている。

 それでも、どうしても気になってしまうのは、先日犯人と思われる男――自称神崎に、村山が『御神木』と言われたという話が根底にあった。はっきりいって不穏この上ない。危険だ。しかし、危険だからと言って人を変えることはしないのだから、この天道の感情は雑念でしかないのだ。

 本来、犯人に狙われる可能性があるのならそれ相応に動くべきだろうが、この場所はその本来が適応できない。非常にややこしい問題なのだが、オカルト――原因・手段を特定しづらいこの部署が取り扱っている事件は、担当から外れたら絶対安全と言い切れない部分がある。近づかなければいいという問題ではないからだ。

 だから、どうしても対処が変わる。共倒れをしないために事件に深入りする人間の数は最低限を求められるのだ。他部署に協力依頼をしても、結局根本、調査する人間は必要以上に増やさない。だから新入りである鬼塚を担当から外す考えもない。

 それでもやはり、案じないわけではない。だが、結果は決まっている。結局天道はその思考を無駄なものだと言い聞かせるように息を吐くと、にやりと笑った。

「ま、村山さんはよくわかってると思うがな。うちの可愛い新入りもストッパーにはなるだろうし」

 村山の態度に合わせるように、語調は軽く。けれども同時に刺したのは、ひとつの釘だ。

 小柄な自身とは対照的と言えるほど大柄で恵まれた体躯をしている鬼塚は、その落ち着いた態度に馴染むような素直さを持っている。突然配属された理解しがたいオカルト部署を拒絶することも揶揄することもなく、かといって思考を止めてしまうこともないその性質は教える側からすれば好ましく、村山が気にかけているのは見ていてよく分かっていた。

 なにかあったら今度こそ守る決意をしていそうな真面目さだけでなく、気に掛けるものがあれば村山にとっても一歩、思考を助けるものになるだろう。そういう意味で天道が言えば、うぐ、と村山は苦みを声に乗せた。

「あれはホント、軽率だったとは思ってますよぉ」

「気を付けりゃいいんだよ気を付けりゃ。責めてるんじゃなくて、これからの話な」

 自称神崎を確保することを優先しようとした、故に落とされた。聞いたときは肝が冷えたが、その後一度でかい釘を刺したので天道としては当時に対してはそれ以上のものを与えるつもりはない。問題はこれからのもので、とはいえ村山は反省点があるせいかううんとうめき声を出した。

「いやほんと、気を付けます。……とはいえ、ちょっと難しい問題もだんだん増えてきましたねぇ」

 村山が書類を置き、膝の上で手を組んだ。思考を追うような所作に、天道は椅子の背から背中を離す。

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