3-3)見つけもの


 * * *


「天道くん」

 声に、会議室で一人資料を広げていた天道は顔を上げた。声をかけたのは一七〇は超えているだろう長身に切れ長の瞳が涼やかな女性で、感情の色は見えづらい。突然の声掛けではあるが同じ特捜室勤務故になにも物珍しくない声掛けに、おう、と天道は雑に返した。

「村山さんと出るって聞いたんだけど」

「ん、もう一度確認しておきたいって話でな。鬼塚と二人で付き添う。ま、気を付けていくつもりですよ」

「現場の見回りは他の部署からも出ているし、天道くんがいるならまあ安心ではあるけど」

 ふう、と女性は息を吐いた。それから軽く首をかしげて、天道の顔を覗き込むようにする。

「天道くんは大丈夫?」

「俺はいつもどーり変わりなし、仕事しますよ」

 眉をしかめて、天道が笑う。女性の目元はあくまで涼し気なままだったが、しかしその口元はやや不満げに尖った。

「鬼塚さんと村山さん二人抱えて、ぴりぴりしていないか心配してるんだけど」

「まー、二人とも素直だし大丈夫だろ。鈴鹿すずかには迷惑かけねーよ」

「迷惑は別にいいって言ってる。新入りとなのに、そっちの案件重いの続いているから」

 ふう、と女性――鈴鹿は息を吐いた。その外見ときっちり白黒つけがちな性格故に冷たく見られやすいが気の優しい鈴鹿らしい言葉に、天道は肩をすくめる。

「こればっかりは、新入りの運があるな。しょっぱなから勉強させることが多い多い」

 じ、と鈴鹿が天道の顔を見つめる。天道が見上げることでその視線を合わせ返すと、鈴鹿は少し眉をひそめた。

「村山さんって変な男に声かけられたんでしょ。天道くんしんどくない?」

 天道くん気にしいだから、と続けられ、天道は鼻を鳴らした。小ばかにするような音に、鈴鹿は眉を顰める。

「酔いつぶれて眠りこける人の隣で飲むよりかは、神経使いませんね」

 ぐ、と鈴鹿が言葉を詰まらせる。にやり、と、天道は揶揄するように笑った。

「素面の人間は聞き分けもいいしな」

「そこはいつもごめんって……今度こそ最後だから、もうそれはないから」

「はいはい、そっちはそっちで今度こそ彼氏とうまくやってくれ。……まあ、なんかあったら呼んでもらえる方が俺は気楽だからそん時はいつも通り呼んでくれれば付き合うけど。そういうわけで、今度は俺も行くから寧ろだいぶ気楽な方だよ」

 見えないところで何かある方が胃に来るね、と言う天道に、鈴鹿は神妙に頷いた。軽口で流してはいるが、基本的に天道は面倒見がいい。

 だからこそ気にしすぎないか、最近の事件から抱え込みが心配ではあるのだが――これ以上は答えないだろう態度に、鈴鹿は結局息を吐いてそれを仕舞うことにした。

「で、どうした? 鈴鹿サンがそれだけで来るわけじゃないでしょう」

「ああ、特視研の方にも話は流したけどこっちでも共有しておこうと思って。目・耳関係のが続いてるでしょ。そのあたりに関係した話でそれっぽいのあったよ」

 はいこれ。そういって鈴鹿が差し出したのは茶封筒だ。天道は笑みを消すと、その資料を受け取る。

「海野さんの方は」

「詳細確認はこれから。たぶん天道くんたちが出る前には類似を探してくれるんじゃないかと思う。って話で、こっちは供儀の方からきているっぽい」

「まあ、自称神崎がやっていることはどうみても生贄関係の挙動だしな」

 ぱらぱらと天道が紙をめくる。流し見るような速度でそれを動かした後、天道は一枚のページを抜き出した。

「……なるほど。無毒化されたタイプのものか」

「無毒化されすぎてちょっと現実的でないんだけど、昔は生贄を作っていたっていう王道系」

 昔は生贄があっただの人柱があっただのという話は、そこまで物珍しいものではない。現在も続いていれば大きな問題でありそれこそ警察・社会の介入が必要になるものだが、昔話としてはそこそこ見かけるものだ。

 昔はそういった行為があった、けれども今はそんなことはしていない。過去に罪を作り現在を許容しようとするもの、昔は人だったといいながらの動物、その動物も四つ足の獣から魚に置き換わる、さらには餅やら人形になるなど、供儀から暴力性を減らして行くこともよくある流れだ。

 ただ、それでいてひとつ引っかかる言葉がある。

「にしても、作るのがおなりさま? 神様引き受ける媒体ってことのほうで使われているのか」

「ん-、なんていうかな、まれびとさまじゃたりなかったからおなりさまを作るってかんじの伝承なんだよね」

「はあ?」

 なんだそりゃ、と天道が声を漏らす。なかなか面白いよね、と鈴鹿は淡白に頷き、天道が持っている書類を一枚抜いた。

「村のお偉いさんの可愛い娘が贄にされて、それがつらいからよそから娘を買ってきたらそれは神様に拒否された、代わりに別のものを、みたいな例は聞いたことあるけどさ、この話は生贄っていうか、おなりさまを作って結果を得るってかんじ」

 生贄、という考え方は、実のところムラ社会と密接なものと考えられる。神が求めるのは彼らの身内だという話もある。しかし、鈴鹿が持ち込んだ話はその定義に対しいびつだ。

「なんだ、つーことは退治の方か」

「ご名答。一応、生贄になったまれびとさまが悪い大蛇を腹から倒したって伝説からだかららしいね。とはいえちょっとややこしいけど」

 天道の予想に鈴鹿は頷き、しかし肩をすくめた。ややこしい、という言葉に天道が片眉を上げる。

「ややこしいもなにもあるか? まあわざわざおなりさま作るって発想は確かにややこしいが」

 自分の村に旅人を呼ぶのではなく、作るという発想をするほど普段は閉鎖的な場所なのか。そういう意味で、おなりさまづくりがピンとこないのはある。とはいえ資料にあるのは陣那宮市の佳巳宮かしみやで、そこまで他との交流が困難とは天道には思えなかった。まあ、過去がどうこうという点を天道はしらないのでそこで言われたらどうしようもないが。

「いや、おなりさま作りっていうよりは、物語としてなんというか、すっとまとまりきらないって意味のやつ。大蛇をまれびとさまが倒したけれど、腹に入ったから溶けちゃったのが一回目で、そのあと大蛇がまたよみがえるんだよ。んで、大蛇がよみがえって次また訪れたまれびとさまに頼むんだけれど、そのまれびとさまは普通の人で、なんてことをしたんだって後悔するっていう話からおなりさまづくりが始まってるんだよね、普通倒した後はうまくいくと思うんだけど」

「とはいえ無毒化って言える程度の内容で伝わっているってことは、うまくいった感じにはなってんだろ」

 元も子もないような雑さで天道が息を吐く。まあ一応ね、と鈴鹿も頷く。

「まれびとさまじゃだめなんだ、あの日いらっしゃったのはおなりさまだったんだってことでおなりさま作りになったらしい。特別な目と、特別な耳を持ったおなりさま作り。作り方については夢枕に立ったとかそのへんがあって伝わっているんだけど」

「目と耳」

 それまで雑に流し聞いていた天道が、言葉を復唱した。しかし、言い出した鈴鹿の方はどちらかというとなんとも言い切れない顔で眉をしかめる。

「目と耳ではあるんだけど……とりあえず祭りの流れを言っておこうか。海野さんが眼だけの時にこれ見つけなかった理由がわかると思うんだけど」

 そう息を吐くと、鈴鹿は天道の紙を一枚指で示した。先ほど流し見たときに写真を見ていたので、天道自身もするりと該当箇所を見つける。

 天道が確認したのを見て、それなんだけど、と鈴鹿は言葉を落とした。

「とりあえず、お祭り自体はおなりさまを迎えることで祭りを成立させようって考え方。流れを言うと、まずその年はじめから一番近くに死んだ人の墓に種を埋める。これは目出度守の実とは全然違うよ、っていうか雑草だね。センダングサ。あの、いわゆるとげとげしているくっつき虫。これをその家の一番若い人が摘んで、くじで選ばれた人がそれを使ってわら人形の目、耳、口に入れる。んで、祭祀の羽織を着たらやしろで人形と一緒にご飯を食べて、そのまま一晩泊まって人形をばらして蛇を模したしめ縄にいれて、羽織にセンダングサの種をくっつけて、羽織としめ縄を池に落とすっていうやつ。ちなみに羽織としめ縄はちゃんと回収されて、洗って次のどんど焼きで燃やすって感じだね」

「あまりに無害でただの偶然でもいいなこれ」

「ほんそれ」

 こじつけじゃねーか、と言う天道に鈴鹿が頷く。ついいつも以上に目を細めてにらむように書類を見る天道に、鈴鹿は息を吐いた。

「たださ、村山さんが「作ろうとしている」って見解出してるじゃん。で、神様が完成していないのに事態は成り立っていて、どっかにフックがあって向こうをなら、こういうフックを使ってそうだよね」

 揺らしている、という言葉に天道は一度目を閉じる。それからもう一度開くと、自身の持っている紙を空いている指先ではじいた。揺れを見たい、というのは村山の見解で、一致するものがある。

「この祭り、儀式の意味っていうと蛇殺しをなぞるってやつか?」

「ん、もともと贄を食べたのが大蛇で、その大蛇をよみがえらせないために何度もおなりさまに倒していただくための儀式。目が良くなるとか耳が良くなるとかいう効能はなし。ただ、「人形におなりさまの目を入れる」「人形におなりさまの耳を与える」「人形の口をふさいでおなりさまにする」ってあたりが人形作りで言われている」

「あったのは目が飛び出て……耳の方は、聞こえるものって言い方するなら」

 ふん、と天道が紙を揺らす。目は被害者の話がないからね、と鈴鹿は軽く指摘した。

「一応、おなりさまは「見えないものが見える」から、その目を移植して大蛇の腹の中でも目的のものを見つけられるようになる。「聞こえないものが聞こえる」から、その耳を埋め込んで増えた音から大蛇の心臓を見つけることが出来る。って言われもあるよ。口をふさぐのは、「おなりさまにする」以外なにもなくて理由不明なんだけど……まあ、この話が元じゃなくても、目と耳まできたら口ってのは順当だよね」

「それは村山さんも同じ見解だな。目出度守を引っ込めてもらっているとはいえ、百田さんの件もあるから警戒したいって考え方だ」

 神崎が与えたらどうしようもない。そういうように呻いた天道に、まあね、と鈴鹿は肩をすくめた。

「はっきりいって結構ご都合でなって見えるとこはあるよ。フックに使って揺らしている、としたらもうだいぶ向こうのはまずいことにもなるし……とはいえ、フックもなにもなく見つけたとかなら余計厄介だけど。とりあえず知っといて。反証は特視研の方でしてくれると思うけど、知っている数は多い方がいいし、天道くんの動き方も変わるでしょ」

 天道くんは先に知っておきたいと思って来た、と続けた鈴鹿に、天道は小さく笑む。

「ああ、そのあたりは助かる」

「出るのをそっちに任せているから、私の方でできるのは調べものだし、これくらいね。……あ、そういえば証拠で提出した目出度守、鬼塚さんが見つけた被害者のものが一個と、もう一個は天道くんだよね。鬼塚さんが百田さんに渡した奴は未提出、だっけ」

「ああ、一応済んだとはいえ、写真だけにしていったんお守りは持っておいてもらおうってなってる」

 なるほど、と鈴鹿が頷く。そうしてから時計を見て、ああ、と声を上げた。抜きとっていた紙を、鈴鹿が天道に差し出す。

「思ったより話し込んだね、邪魔してごめん。落ち着いたら休みに気晴らしでも付き合うよ」

「ばーか、彼氏持ちの気遣いはいらねーよ」

 は、と笑いを鼻で吐き捨てると、天道は受け取った紙をひらりと振った。

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