2-9)推測

 まるで眩しいものを見るように、村山は言葉を重ねた。出来ることがないという実感には見合わないような羨望に、鬼塚はその瞳に問いを乗せる。

 少しだけ戻った鬼塚の視線の色に、村山は両手を組んだ。

「正直怖いくらいの覚悟です。市民の為にと言いますが、私は結局、どんな方々でも心配してしまう。そこに職業理念だとか強い矜持があっても、やっぱり怖い。

 私は手順を探します。ご遺体から拾い上げて、どういう仕組みか考える。皆さんが行える手段を増やそうとします。でも、それは不条理に立ち向かうための武器ではない。わからない物ばかりの中で、ひとかけらを拾い上げて、そこから零れ落ちたものを見据えられる物では決してないのに、刑事さんたちは違う」

 す、と、村山が再度顔を上げた。まっすぐと鬼塚を見据える三白眼は、ただ静かだ。静かに、じっと鬼塚を見ている。

「普段は見守るしかできない。もちろん、手段を行使できるときは皆さんそれを代行します。それでも多くは調査で、現場でない場所で見据え、現場で必要とされるときは不測の事態に備える。出来ないことをたくさん実感することが多いのに命を賭す皆さんが怖い。私の至らなさが怖い。――でも、そういう最後を支える人が必要だと、私は感じています」

 村山の言葉が、はっきりと鬼塚を貫く。特視研究所の人間であり、理解できないと村山は言う。そのくせその言葉は真っすぐと特殊捜査室の人間を、その理念を敬うものがあった。言葉を未だ吐き出せない鬼塚に、村山は再度視線を手元に戻した。

「……さいごの後始末。それが、特捜室の人も、遺族の方も、現場の方も、残された人たちを守るためにあればいいと、私は思っているんです」

 ぽつ、と落ちた声は、先ほどの貫く言葉と違いささやかだった。きちんと言葉は届くのにまるで独り言のような内側に向いた言葉に、鬼塚は村山の手元を見た。

 別に、だからなにが分かるわけではない。ただ、その視線の落ちる先を、拾い上げたいと思ってしまった。

「ま、今回のは正直想定外ですね! 百田さんとお友達になれたから出しゃばったようなところがあって、普段はだいたい皆さんに任せることが多いと思います」

 内に、下に。落ちた声はすぐに明るく跳ねた。へらへらと笑みを浮かべられてしまうと、先ほどの静かに落ちた声があっさりと霧散する。けれども脳裏にその姿を留めた鬼塚は、村山の言葉に浅く頷いた。

「村山さんのおかげで、聞けたことも多かったです。業務外でも有難うございます」

「いーえ、楽しい方と知り合えて何よりです」

 いかんせん仕事をしてると出会いってむずかしいですからねえ、とにたにたと村山は笑う。特視研究所はその特性上外部の人間と関わりやすいと思うが、それでも業種的に言えば百田は新鮮な出会いと言えたのだろう。いいやつです、と鬼塚は続けた。

 本当にいい人で。そう村山が繰り返して、一度会話が止まる。浮かんだ空白に、鬼塚は口を開いた。

「……私では聞き出せなかったことを聞いてくださって、感謝しています」

 鬼塚の言葉は、静かで、少しだけ小さかった。自身の至らなさが声に乗ってしまったように感じ、鬼塚は歯を食いしばる。対する村山は、少しだけ表情をやわらげた。

「他人だから、ちょうど良かったんでしょうね」

「……はい」

「とはいえ、しんどいですよねぇ」

 自身を納得させるかのような鬼塚の返答に、ふは、と村山は笑った。吐き出された息は笑みを伝えるだけのものなのに、どこかさみしげな色に鬼塚はその表情かおを見る。

「自分の勝手とわかっても、さみしいですもん」

「……はい」

 その言葉は、鬼塚への慰めというには内側に思えた。内側で、鬼塚を見ない。けれども隣に寄り添い座るような温度でもあって、鬼塚も目を伏せ頷く。

 勝手だ。百田の選択を鬼塚は尊重したいと思っているからこそ、それとは別にある感情はただ自分勝手だと思う。

 ほんの少しの時間、その身勝手さが時間を停滞させた。そして、それを霧散させたのは、空気を沁みさせた村山だった。

「ま、百田さんは生きているんですし、どこかで好き勝手な感情伝えちゃってもいいんじゃないですかね。言わないとわからないこともありますし」

 からり、と村山が笑う。百田さん、という言葉が少しひっかかり、しかしそれを引き上げることには躊躇いが生じた。結局鬼塚は、小さく笑んで頷く。

「そうですね、言うくらいは」

 百田が隠すことを、鬼塚は暴きたくないと思う。けれども、自身の言葉を伝えるくらいはいいだろう。少し子どもじみた感情だと思いながらも、村山の言葉に同意したい気持ちがあった。

 頑張ってくださいね、と村山が笑む。そうして穏やかにゆるんだ空気に、そういえば、と鬼塚はふと言葉を落とした。

「話は変わりますが、目出度守が使えたことですけれど」

 村山の仮説や手順は聞いていたが、可能性の話はいくつも枝分かれしていた。事件が終息した故にまとまったことがあるのかと鬼塚が問えば、ああ、と村山は頷いた。

「今回の件で確信になったんですけど、多分アレは「神様を作るため」の手順なんです。だから、その手順が無理なんだってバラバラに分解してかつ決定打に使った感じなんですね」

 村山がポケットから目出度守をとりだす。それは先日目出度神社で購入したもので、今回の事件には関係ないものだ。そして、百田に持たせたのは鬼塚の目出度守だ。

「お伝えしたように、おそらく犯人は神崎。目が飛び出てしまった被害者の方も関係しているでしょうが、まずは今回のことメインにしておきましょうか」

 言葉を連ねる村山に、鬼塚は頷いた。背筋を伸ばし体を少し村山に向け直した鬼塚に、村山はやや椅子を離すと会話しやすいように向き直る。

「元々死者が呼ぶ、っていうのは、よくある話です。死者に会いたいという感情もあるかもしれません。死ぬ前に魂が挨拶に来たなんてものから、死んだ後の話も。だから本当は否定できるものではないんです。もしかすると本物だったかも、はあります」

 百田を呼んでいたのが誰だったのか、鬼塚は知らない。けれども見守っていた時、呼んだ言葉でいくらか見えるものがある。呼んだもの、呼ばれなかったもの、呼んだうえでの、続いた言葉。あれは、捨てさせられた言葉を拾い上げる儀式だったと聞いている。色々と集めてしまえば出来てしまうかもしれない想像を、鬼塚はあえて握りつぶした。

 百田から話さない限り、鬼塚はそれを知らなくて良い。勝手な想像で埋めるのは、なにかが違っている。伝えたい、という鬼塚の感情のように、百田がそれを形にしないのなら、結局鬼塚は踏み込み切れないのだ。そんな思考に沈んだ鬼塚を、「それでも」と村山の続いた言葉が引き上げた。

「それでも、それは結局通過点でしかありませんから。あれは被害者に話しかけることで被害者の言葉を得るものです。問いかけに増えた発疹は、おそらくシルシ。被害者に与えることで奪うことが手順で、被害者がこちらがわに持つ意味ある言葉を、あちらがわのものと入れ替えていた。それが捧げものだとしたんでしょう。捧げられるのは神様だから、というやつです」

「……神様に捧げる、ではなく、捧げられるから神様、ですか」

 結果を得るために理由を作る。強引ともいえる手段だが、実際に成り立ってしまったのが今回の事件と言うことなのだろう。

「死者の声は、本物だろうが偽物だろうが餌ですね。捧げさせるための餌。ふつうそんなあべこべじゃうまくいかないものなんですけれど、たぶんそれを結び付けるのが目出度守だったんです。、そういう目印を作ったんだと思います。新たな神を信仰する人としてなのか、目出度さまのおなりさまでないという証明なのか、目出度さまを信仰していないという証明なのかはわかりませんが」

 村山はそこで言葉を切った。少し探る様に、その瞳がぱちぱちと瞬きの度揺れ動く。

「……最初の人にどうやって捨てさせたのか、うっかり落ちて落とした偶然なのかそのあたりも想像するしかなく、答えのないものです。ただ、前は私に捨てるように指示するだけだったのに、今回はなんというか強引なんですよね」

「朗に拾わせただけ、ですしね」

 言葉の狭間で、鬼塚が相槌のように声を差し入れた。ええ、と村山は頷くと、口元に人差し指の背を置く。

「拾い主のものにして、それをいらないとしたからこそ使えるものと扱った。この手段だと正直祠をどうこうってだけではないので、正直神崎を早く見つけないと次が有り得そうで怖いとも思います。応急処置として販売を止めてもらうくらいしか今は出来ないですね。――はちゃめちゃに風評被害すぎて申し訳ないですが」

 目出度さまって信仰自体は何も悪くないんですよ。そうぶつぶつと続ける村山に、鬼塚は顎を引いた。きちんと実感として頷けるほどの知識はなく、どうしても被害者の可能性で判断してしまう気持ちはあるが――それでも、最善ではないということはわかる。

「目が飛び出たご遺体も、耳に発疹が連なったご遺体も、多分半端な完璧が正しい形な気がします。神様を神様にするために、がいると伝えるためのもの。結果――飛び出た眼球や耳に出来たものがどういった効果をもっているかはわかりませんが、使うよりも見せることで成り立たせた。神様への贄として、神様の存在を人に知らせるものとして」

 だからこそ、村山は百田に否定させたのだろう。アレはなにものでもないと。問いかけではなくはっきりとした明言と、言の葉を解く手順。そうして訪れた結果に対し、贄でないと明言するための目出度守。

「捨てることは意味を成しますが、所持しなくなることがまずいわけではない、のでしょう。もし手放すことが理由になるなら、おそらく対象となる人間はもっと多くなってしまいますし」

 たとえば、埋めることを強要せずとも、親しくなって欲しがればいい。神社で話を聞いたように、目出度守は人に贈ることも想定されている。親しくなるそれだけの環境づくりに手間はあるが、それでも人に捨てさせるよりも簡易に思えた。

 それがない、ということは、村山の推測は正しいのだろう。今回鬼塚が百田に贈ったのも、捨てた人間に贈る人間がいるという形を作るためで、その中で鬼塚の立場についても検証された上での選択だった。

「――とにかく調査ですね。頼りにしていますよ刑事さん」

 ふ、と、村山が笑う。やや軽薄な笑みではあるがその穏やかさに、少しだけぎくりと鬼塚は体をこわばらせた。

 村山は時々、わざと職業名を選ぶことがある。今日多いのは、こちらを慮っているからだろう。とはいえ同じ読みではあるが少し音が違うのもあって、自身の名前ではないと理解できている。

「……こちらこそ、頼りにしています」

 丁寧な鬼塚の一礼に、村山は笑った。

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