2-5)特殊捜査室

 * * *


「お前の友人が、ね」

 鬼塚の話を聞き終えると、天道は息を吐いた。鬼塚自身、公私混同はしないように気を付けるつもりだが、それでも被害者となりえるのなら放っておけない。聞き出すことが出来るほどの話術を持たない自分に歯がゆく思いながらも、鬼塚は百田のことを案じていた。

「確かに、話を聞く限りは類似の症状がある。とはいえ問題は、類似の症状しかないあたりだな」

 天道は手元の書類をぱらりとめくると、息を吐いた。特捜室として状況は芳しくない。

「手がかりゼロ。一課からもイイ話はこない」

 ぴ、と、紙が跳ねる。書類がやや歪むものの、天道は気にした様子を見せない。その所作の端で、鬼塚は自身のデスクにある紙をつい横目で見た。現状持ち上がってくるものに、先日の事件に関係するものはない。

 犯人不明、動機不明。ただ、村山の所見としては特捜室オカルト案件。遺体はシロだが目的が分からないことがネックとなっている。

「正直、オカルトなんざ目的があってもなくてもってところはある。被害が顕著ならまず被害状況からその事態を起こさないためのアプローチがあったり、諸々だな。

 ただ、今回はまだ一件。特定の人物を狙ったのか、単純に無差別に起きるものなのか、なんなのかわかっていない。そういう段階で、類似だからって保護に動くのは難しい」

 天道の言葉は事実を並べるようだったが、どこか苦みがあった。鬼塚の眉間にしわが寄るのを見て、天道はもう一度息を吐く。

「確信がねーからな。もっとフックがあれば楽なんだが……被害者と同じところに行ったとか、なんか最近新しい物買ったとか、曰く付きとか」

「そういったことはないようです。村山さんがどの程度話を聞きだせるかによってまた変わってくるかもしれませんが……」

 自分では聞けず。そう静かに鬼塚が告げると、天道は眉をしかめて笑った。

「ま、親しい身内より他人の方が話しやすいってのはあるかもな。あの人もああ見えて聞き上手だ、そこは年の功にまかせとけ」

 年の功というほど年上とは思えないが、それでも天道の言葉に鬼塚は頷いた。聞き上手、というのは村山を示すのに丁度いい単語だろう。

 そもそも天道はああ見えてと言うが、鬼塚から見た村山は聞き上手で話し上手だ。目出度神社に二人で行ったときの車内でなど、すぐ言葉を返すことが苦手な鬼塚相手によく話をしてくれていたと思う。鬼塚の言葉選びや調子を見て声音や話題を変えるさまは、丁寧に人を見、会話することに長けているのだと実感させられた。

 なので、村山に出来なければ口下手な自身にはとても無理だろうとは思う。――思うのだが、それでも少しだけ、自分がもう少しと思ってしまいはする。

「保護するだけの理由があれば、保護して様子見て、って動き方が出来るんだがな。……結局俺たちの仕事は、現場よりも調査だ」

 天道がその細い目をさらに細める。睨んでいるのか、それともどこかに思いをはせているのか。その瞳の行き先は睫毛の奥でわからない。とんとん、と、天道の手元で、書類が鳴った。

「焦るかもしれないが、間違えるなよ。俺たちはただの刑事だ。レイ課だとかオカルト課だとか言われたりするが、他の連中と大差ない。なんかの祈祷師だとか退魔師だとか、そういった華やかな超常能力みたいなもんはないんだ」

 俺たちはなんもわかんねーんだよ。そう続ける天道に、鬼塚はじっとその顔を見る。なにもわからないという言葉に頷くには躊躇いがあり、しかし否定できない実感は確かに存在している故に返すための動作を持たなかった。

「三原則」

 天道の発した単語に、鬼塚は一瞬固まった。けれどもすぐ、「は」と答える。

「慣れるな・隠すな・侮るな、です」

「おう。そこ忘れんな。俺たちは市民を守るために動きはする。ただ、それはオカルトから助ける力を持っているから出来るわけじゃない。暴漢から身を守って確保して終わり、の世界じゃねーんだ」

 天道の言葉は素っ気ないが、それでもしっかりと鬼塚に言い聞かせる色があった。天道は書類をデスクに置くと、出来る事なんざねぇよ、ともう一度繰り返す。

「もし事態と遭遇したら、俺たちは一目散に逃げる必要がある。第一にするのは被害者の救助。もし原因があれば原因の確保。とはいえ、その原因は『人』に限定される。次元違い――あちら側の怪異に対して、確保なんざできねーんだ。なんとかできる、と思うなよ」

 じ、と天道の細い目が鬼塚を見据える。やはり頷くことを躊躇う鬼塚に、「俺たちの仕事は」と天道は静かに続けた。

「俺たちの仕事は、対処でしかない。たとえば、人がそれを呼ぶときは手順がある。手順があるなら、それを対処する方法はないわけじゃない。そういう対策を俺たちはいくらか手札にしていて、他の部署の連中との違いはそれだ。逆に言うなら、それしかない」

 犯人がいれば捕まえることが出来る。けれども、災害に対してはどうしようもない。何度も天道は繰り返す。

「……本当にそれがあちら側なら、俺たち規模じゃ無理だ。出来る手順を、出来る仕組みを、出来るものを探る。人を保護し原因となる人間を捕まえながら、やっていることはそこまでだ。たとえて言うなら、火を使って人を殺す奴がいたらその犯人を捕まえるのが俺たちの仕事、燃え移った火を消すのは消防の仕事」

 天道の言葉は道理だ。そもそも鬼塚は特捜室にきてまだ日が浅い故に否定できるわけない。けれどもその言葉が向かう先を思うと、ただ頷くことが難しかった。

 対処できないなら、被害者はどうすればいいのか。

「言っただろ、俺たちの仕事は調査だ」

 歯を食いしばる鬼塚に、天道はぽんと言葉を投げた。鬼塚の視線が、思考の内から外に。天道に向かう。天道はやや大げさに鼻を鳴らした。

「友人としての話は、プライベートでなんやかんやしとけ。村山さんが協力してくれるってんならうまく頼って、お前も友人らしくお節介すればいい。業務としては別だ。とにかく今わかっている情報でもう一度さらって、被害者が増えるかもしれないってんなら不審者情報もついでにみて――」

 天道の言葉に、呼び出し音が重なった。すみません、と短く断ると、鬼塚は受話器を取った。

 す、と天道がデスクに向き直る。しかし、その視線はすぐに鬼塚へ向いた。簡単なやり取りを終え、鬼塚が受話器を置く。

「話が変わってくるな」

 短い天道の言葉に、鬼塚は頷いた。す、と、胸元から取り出したのは目出度めでともりだ。

「形は違ったそうですが、目出度守を見せたところ似ていた、と言ったそうです。朗は断ったらしいですが」

 拾ってくださった貴方のものです。男にそう言われ、困惑しながらそのアクセサリーを返したというのが百田の話だ。村山からわざわざ特捜室の外線に連絡が来たのは、村山自身が先日のことと結び付けたからだろう。

 村山の顔を掴んでいた男の姿が浮かび、鬼塚は険を強めた。

「お前が拾ってきた、おそらく被害者が埋めただろうやつとデザインが同じだったかわかるか?」

「被害者のものは店のホームページに記載があったので、その写真を見せたそうです。多分同じ、とのことでした」

 鬼塚の言葉に、天道はショップカードを取り出した。電話番号は載っている。やや考えるように顔を伏せた天道は、すぐに鬼塚を見上げた。

「店に連絡とる。購入履歴でわかるもんがあるかもしれねーな」

「私が電話しましょうか」

「いや、お前はその友人に電話しろ。村山さんからどの程度話を聞いているかわからねーが、特捜室として話を入れた方が良い。……とはいえまだ過剰に期待はするなよ、向こうにも期待させるな。多分そこまではまだ無理だ。ただ、参考人として話を聞けるようにしておいたほうがいい」

 は、と鬼塚が短く応える。手に存在するじとりとした感覚は、あの日の空気を手の内に運んだようでもあった。

「アレが関係しているなら、こっちもいくらか動きが変わる。……特視研の見えるもんも増える。関連性が手順を暴くからな」

 天道がにやりと笑う。しかし、笑っているにもかかわらずそれは獰猛な獣が牙を剥く表情にも似ていた。

「これ以上情報増やす前に動くぞ」

 天道の言葉に、鬼塚はひとつ悟る。その表情は、情報が増えたことを喜ぶものではない。被害者が出たことでわかる関係性は、結局後手。救えなかったという後悔だ。

 喜びではなく強い怒りと苛立ちをにじませた天道に、鬼塚ははっきりと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る