1-6)目出度神社と名無しの祠

 そう言って、神主はお守りを手に取った。木製のそれは五百円玉ほどのサイズで、表面はでこぼこした球体となっている。紐の色は朱色で、長さは短く手を通すのも困難だろう程度だ。

「民話にある『めでたいめでたい目出度さま』という言葉どおり、目出度さまはおめでたいことがあると喜ばれるんです。『みなみな笑え、目出度さまはいつでも我らと共にある』――目出度様がお喜びになるおめでたいことをお守りに入れて、ご一緒すればさみしくないだろうという考えからで、この縁は目出度さまとのご縁や良いこと……福との縁結びって感じなんですよね」

「さみしくない」

 ぽつり、と鬼塚が言葉を復唱した。拾い上げられた単語に、神主は穏やかに笑む。

「めでたい祝い事をしていると、お祭りに目出度さまがいらっしゃる。きっとハレの日が好きなのだろう、賑やかなのを好んでいるのだろうという考え方からですね。お守りを置いてはいますが、目出度さまは願いを叶えるっていうより寄り添うって形が似合う神様なんです」

 強い力があるというより、民話の印象と同じく穏やかに見守るタイプなのだろう。村山は「そうなんですね」と頷くと、目出度守を手に取った。

「せっかくだから記念に。鬼塚さんはどうされます?」

「……では、自分も」

  金額は五百円で気安いものだ。村山と鬼塚は互いに財布を取り出してひとつずつ受け取る。

「おめでたいと思ったことと一緒に持ち歩くのもよいですし、なにか良いことを見つけた時そのお守りにお話しして、大切な人に渡すのもいいですよ。お互いに贈り合う形でも目出度さまとのご縁はありますから」

 基本的に人が好きな神様と言われています、と続けた神主に、なるほど、と村山は頷いた。被害者が所持していないのは誰かに渡したから、も十分あり得てくる。

 とはいえ、それを調査するのは村山の仕事ではない。そして、今日の目的はここでもない。

「お話有難うございます。勉強になります。こういう場所、興味がある方なので……この辺りって、この神様が一番有名なんでしょうか? 他に神社とかなにかありますかね」

 村山の言葉に、す、と鬼塚が携帯端末を取り出した。手を下側におろしたのは地図アプリの表示を見せるためだろう。小さな祠規模のものはさすがに表示されないことが多いので、単純な確認である。

「その口ぶりだと、有名どころはご存じみたいですね。陣那宮じんなぐう市っていうよりこの地区の、でしょうか」

「ちょっとついでに、歩いて行けるところにあればと思って。そう都合よくいきませんかね」

 神主の表情に上ったのは逡巡だ。眉を下げ笑うそこに含まれたものに、ふむ、と村山は言葉を探す。

 村山たちが向かうつもりだったのは目出度神社が管轄しないといわれている祠だったが、それ以上の理由は聞いていない。

「……ないわけでもないけれど、歩いていけるというには少し躊躇うような距離なのでしょうか?」

 とす、と言葉を落としたのは鬼塚だ。あくまで距離の問題かというような言葉に、ああいえ、と神主は慌てて手を振った。

「確かに、ちょっとは歩きしますがそこまでではないと思います。ええと、地図で言うならこのあたりですね。すみません、横道があるんですがちょっと詳細までは地図だけだとわからないんですけど」

 神主が示す場所をタップし、鬼塚は表示を切り替えた。パノラマ写真になるとさすがに馴染む場所となったのか、鬼塚に方向を指示し地図上を二度三度移動させていた神主が「ああ、そこです」と声を上げた。

「この、横の道を登っていけば祠があるはずです。道の整備がされていないので必ず日が暮れない間にしてくださいね。どんな神様が祀られているのか私は知らないんですが……関わらないように、と言い伝えられておりまして」

「関わらないように」

「神様が違うからですか?」

 鬼塚の復唱に、村山が言葉を重ねる。わざわざ言い伝えられているという情報はなかったはずだ。祀る神様が違う、という意味ではある意味自然かもしれないが、関わらないように、というのは少し別の距離を感じる。

「それが、理由は不明なんですよね。祠と言ったら他にもあるんですが、この場所の祠だけが言われているんです。ちょうど召手取の境とも言われているのでその関係でしょうか……あいまいですみません」

 あとこちらにも祠はありますよ、と続けて教えられた場所はその祠とは逆方向だった。かつ、こちらは特に無いようなのでやはり特殊なのが村山たちが目的としている祠なのだろう。

「……有難うございます」

 す、と鬼塚が端末を引く。それを合図に、村山も頭を下げた。

「お話、有難うございます。せっかくですしちょっと見に行ってみます」

「そうですか、いってらっしゃいませ。奥にある祠なので、足元にお気を付けくださいね。お二人なら大丈夫とは思いますが、うっかり足を滑らせて人影がないとか怖いですしね」

「お気遣い有難うございます」

 再度村山は会釈すると、一度ご神木を見た。太い幹は年月を思わせるが、いわゆる目出度守のモチーフ元になっただろう果実が実るような種類には見えない。十分だろう。

「行きましょうか」

 鬼塚に軽く声をかけると、す、と鬼塚が半歩先に進む。携帯端末は手に持ったままだが、道自体は鬼塚がよく知っているはずだ。

「……すみません」

 階段を降り、神社から離れたところで低い声が落ちた。きょとり、と不思議そうに瞬くと、村山はその三白眼で鬼塚を見上げる。

「どうかされました?」

「……その、否定が、できず」

 しかめっ面で口角を下げた表情は硬い。否定。その単語の意味を探る様に、くるり、と村山の視線が動く。

 くる、くるり。めぐった視線が、ひとところで止まった。

「あ、カップル」

 ぐ、と鬼塚の表情がこわばる。なるほど、と村山は内心で頷いた。とはいえなるほどで終わらせるわけにもいかない。村山は困ったように眉を下げると、にたりと笑った。

「こちらこそ便乗しちゃった形ですみません。だいたいこう、天道さんとの時もそういうていにして流しがちなんですよね。とはいえあんまり言われないので、今回のは縁結びってあたりからの災難ってことで」

 お互い様ってことにしましょう、という村山に、鬼塚は眉をしかめた。とはいえそれ以上言えることもないのだろう、結局黙した鬼塚に、村山は「そういえば」と明るい調子で声を出す。

「祠、鬼塚さんが聞いている場所と同じってことで大丈夫ですか?」

 元々、この土地に来たのは目出度神社から少し離れたところにある祠が理由だ。地元の人の話をと軽く聞いただけのつもりだったが思いがけず意味があったそれを確認するように尋ねると、鬼塚はこくりと頷いた。

「祀られているものがなにかわからない、今は祀っている人もいないと言われている祠です。近くにハイキングコースがあり、被害者も友人と訪れていたのでは、と言われています」

「管理者でないから目出度神社の方が知らなくても不思議はないんですけど、関わらないようにと言うのは意外でしたね」

 めでたいめでたい目出度様。豊作を喜び祀った神様。神社の成り立ちから病を治したという話があったのが意外なほど、その民話はシンプルに祝いを残している。

「……あの、伺いたいのですが」

「はい、なんでしょうか」

 静かな問いかけに、村山は軽い調子で尋ねた。軽薄な声音でにたりと笑いはするが、態度には馬鹿にする様子も切り捨てる様子もない。少しだけ鬼塚は息を吐くと、初歩的で申し訳ないんですが、と続けた。

「『目出度さまのおなりさま』の、おなりさまとはなんなんでしょうか。目出度さまが目出度神社で祀られている神様というのはわかったのですが」

「ああ、『おなりさま』はこのあたり――特に陣那宮市や氏山うじやま市に伝わっているものですね。神様そのもののことではないです、そうすると別の信仰と被っちゃって意味が変わっちゃうので……えっと、おなりさまのおなりは、御成り――身分の高い人間の外出だったり来訪だったりをいう言葉からきていると言われています」

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