1-5)目出度神社


 気になることは、気にしなくていいことなのかもしれない。自身がシロと定義した遺体を思い出しながら、村山は内側でくるりと思考を回した。解剖先にはエンバーマーも常駐していたので、飛び出た眼球を合わせて処理してくれたのは有り難い。だから多分、これ以上はただの確認でしか無い。

「……到着しました」

 静かな鬼塚の声に村山はパチリと瞬き、意識を浮上させる。鬼塚は口数こそ少ない人のようだが相槌は打つし、こうして都度細かい声掛けもする。仕事をしていてコミュニケーションに困ることはなさそうだな、などと考えながら、村山は口角を大きく持ち上げた。

「有難うございます鬼塚さん。運転も丁寧で、さすがですね」

 車で約一時間。元々村山は誰とでも気にせず話すタイプだが、適当な雑談にも沈黙にも困ることなくたどり着いたと言えるだろう。

 いい人だなぁという実感と共に、とん、と砂利の敷かれた駐車場に降りる。同じく運転席から降りた鬼塚は、いえ、と村山の称賛を短く受けた。そうしてから村山の傍に立つと、軽く会釈をする。

「……よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 鬼塚の声は低く、静かだ。だからこそやけに神妙に聞こえる調子に、村山はからりと笑った。

 先導する鬼塚がよろしく願うのはもしかすると奇妙に思うかもしれないが、基本的に確認は村山だ。その為についてきている専門家であるし、天道と一緒の時でも変わりはない。

 もっと言うと、鬼塚は今回が初である。鬼塚を侮っているわけでも過小評価しているわけでもないが、それはそれとして村山自身が気を配りたいことは大いにあったので鬼塚の言葉は少しだけ村山の背を押した。出掛ける前に川﨑から言われたように、張り切っている、と言うのは端的な事実だ。それを鬼塚がどう思っているかはわからないが、言葉にされれば頼ってもらえるのだと実感できる。

「あちらです」

 短い言葉で、鬼塚が先を行く。村山は大股で遅れた数歩を埋めると、腕一本分の距離で鬼塚の隣に並んだ。

「結構しっかりした神社ですね」

 鬼塚が頷き、階段を登る。その一歩も村山が登るのを確認してから歩調を選んでいるのが分かり、村山は眉を下げた。ひとつひとつが気遣いの人だ、と実感しつつ、正面の神社を眺める。ここは本命ではないが、それでも見ておくことに意味はあるだろう。

(こういうのは久しぶりかも)

 駐車場から遠目に確認しても、常に管理者がいるタイプの神社だということはわかった。村山が業務で見る機会があるのはどちらかというと管理者が常駐しない、地域に根差した氏神様規模のものだ。ローカルな民話ではあるがこうしてしっかりと祀られているのは中々新鮮で、つい物珍しい気持ちで見てしまう。

 階段手前には目出度めでと神社の文字があり、話には聞いていたが確かに観光客を意識した作りになっているようだ。そうして九段の石階段が、鳥居を隙間において三つ。登り切れば左手側に手水舎、正面に拝殿、正面左――拝殿の真隣にあたる位置に社務所があるのは珍しい。右手側にあるのはご神木と石碑。シンプルにまとまった神社で、必要十分と言うのが村山の印象だった。

目出度めでともりはここ以外でも販売されているとのことです。被害者が購入したのは個人経営の食事処で、ここから少し外れた場所にあります。とはいえ被害者が購入したという話のみで、現物は見つかりませんでしたが」

 外れた場所、の時に動いた視線で店の場所はあちらなんだな、と理解し村山は頷いた。細かい道については鬼塚が把握しているので、任せっぱなしでいい点は気楽である。

「見つからないのは謎ですが……にしても、お守りがここ以外でもって珍しい気もしますね。地域に根付いているんですね」

「観光土産としての側面もあるとのことで……少しデザインに違いがあるようです。神社で祀ったものを各店に置いているのは珍しいと天道さんも言っていました」

 社務所にはお守り類が置かれているようだが人影は見えない。隣の室内ならいたとしても見えないだろうし、時間帯などもあるのかもしれないと思いながら村山は拝殿を見やった。

「中々興味深いですが、とりあえずご挨拶を先にしたほうがいいですよね」

「はい」

 本来の目的で言えば、この場所はただでしかない。とはいえ挨拶もなく雑に済ませるのも落ち着かない村山の提案に、鬼塚は素直に頷いた。手水舎に二人歩きながら、村山は軽く自身の首後ろ、結んだ髪の付け根をいじる。

「ここは多分、そんなまずいことはないと思うんですけどね。影響のあるなし関係なく、お邪魔する側だからつい挨拶したくなっちゃって。すみません」

「いえ、大事なことだと思います」

 言外に業務としては必須でないことを伝えても、鬼塚はあくまで静かに答えた。真面目な人だ、と村山は素直に笑む。

 拝殿で手を合わせたところで、ふと鬼塚の足が砂利を鳴らしたのに気づき村山は顔を上げた。そしてその理由を理解し、すぐ緊張を崩して口を開く。

「こんにちは、お邪魔しています」

 視線の先にいたのは紫袴の男性だ。おそらく神主だろう。こんにちは、と続けた鬼塚と村山を見、その神主は柔和に笑う。

「こんにちは、ご旅行ですか?」

「ええ。せっかくなのでご挨拶でもと」

 今日の目的は確認であって、所謂聞き込み的な要素は無い。覆面パトカーで来ているので神主の判断は当然のものであり、村山はへらりと笑った。

「結構しっかりした神社なんですね。地名の由来ですか? 召手取めでとり、ですよね」

「由来かどうか、までは残っていないですよねすみません。一応、召手取は『神に召しいて手に取り捧げる』といったような意味の話はあるらしいですが、諸説あるらしくて。目出度神社の目出度は、目出度さまのことです。『目出度さまのおなりさま』って民話が伝わっていまして」

 そうなんですね、と村山は相槌をいれた。聞いている範囲と内容に違いはない。文言から人柱信仰とも見えそうだが、その可能性は海野から否定されていた。村山をはじめ、他職員もその見解に異論はない。

「もし興味があればこちらをどうぞ」

 神主が社務所のカウンターに近づき、紙を手にした。そうして差し出されたものはいわゆる三つ折りのパンフレットである。結構しっかりとした観光対応だ。

「有難うございます。目出度さま……豊作祝いってことは、今だと仕事運とかかな? それとも家内安全、とか?」

 パンフレットを広げ鬼塚に見えるようにしながら、あえて独り言のように村山が言う。それもあります、と神主は穏やかに頷き、しかし言葉を続けた。

「どちらもありますし、神社の成り立ちから無病息災も言われます。ただ、一番は縁結び、ですね」

「無病息災ですか」

 村山が聞いていたのは民話としての話で、神社自体の話はあっさりしている。不思議そうにつぶやくと、ええ、と神主は目を細めた。

「目出度さまについては、民話にあるように元々祝いの時に喜ぶハレの行事のようなものだったんです。神社が出来る前は石に注連縄をしていただけだったのですが、ある年、外からきた徳の高い方に「きちんと祀った方がよい」と言われたのがこの神社の成り立ちですね。近辺で流行病があったらしいのですが、村が無事なのは目出度さまのおかげだろうと言われて……目出度さまのお力を広めるにも神社をたてると、近辺の病は落ち着いたという話があります」

「立派な理由があるんですね」

「とはいえ、住民からすると「病があったらしい」「治ったらしい」で、あまりピンとはきていなかったみたいですが。ただ目出度さまへの感謝の気持ちがあったので、神社は結局元の意味、縁結びの色が強いです」

 病が治った、と言うのなら寧ろそのように触れ回っていそうなものだが、あくまで特別な力ではなく寄り添った神様として祀られています、と神主は続ける。

「ここの神社も、住民の意識も民話が一番しっくり来ているみたいです。だから縁結びなんでしょうね。旅人を神様だろうとして、その方をもてなして満足してもらえれば次の年も豊作だろう、という形なので」

「なるほど、まれびと信仰ってやつですね」

「おや、お詳しいですね。とはいえそのまれびとさまは神様、目出度さまのおなりさまだろうって考え方だったので新たな縁だけでなく元々の縁を大切にするものの意味もあります。カップルでもご夫婦でも大丈夫ですよ」

 にっこりと神主が言う。それは安心ですね、と村山は笑った。まあ、男女の旅行者ならそう見られても仕方ない。パンフレットに載っている、めでたいめでたい目出度さまという言葉をなぞり、村山は顔を上げ歩を社務所側に進めた。

「それじゃあ、このお守りは縁結びのお守り、ってことですか」

 社務所に並んだお守りの一画、他のお守りと違いなぜか籠に入ったお守りを村山は示した。目出度守、と書かれたそれに、鬼塚も眉をしかめながら近づく。

「ああ、それはちょっと特別なんです。『目出度さまのおなりさま』で、旅人に果実を渡しているでしょう? その流れで出来たものなんですけど」

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