第40話 おじさん、下水道で虫退治をする


 俺たちはエリカが表示したマップを手がかりに、街の北東にある地下施設へ向かった。用を為していない柵を乗り越えて、地下へ通じる階段を降りていく。


 エリカは案内係だ。俺はランタンに明りを灯して先頭を歩く。

 暗くてジメジメしている地下道にビビりまくっているリリムが、エリカの背中にピタリとくっ付いていた。



「の、のう。いったいこの先に何があるのだ」


「【トランスウォーター】の源泉です」


「なんだと!? 地下からトランスウォーターが湧き出しておるのか」


「そのはずです。噴水が動いていたということは、水道施設が生きている証拠。この街に川はないので地下水をくみ上げて貯水湖に貯めているんです。その証拠に……」



 エリカはそう言いながら、足下のすぐ横を流れる下水道を見下ろす。



「水道の色が紫色に濁っています。この水、すべてがトランスウォーターです」


「なんだとぅ!」



 リリムは大きく飛び退いて、今度は俺の腕に抱きついてきた。



「この水、触れただけでもヤバイのではないのか!?」


レジスト魔法防御効果がある毛皮のマフラーがあるので状態異常を防いでくれるはずです」



 【ジャイアント・モスキート】に変身したのは、灰の都に挑んだ冒険者だったのだろう。水場で休憩を取り、うっかりトランスウォーターを飲んでしまったに違いない。



「エリカもアミュレットを持ってたよな。俺だけ触れたら即アウトか」


「ご安心を。ヴィヴィアン先生が無銘に与えた加護にもレジスト効果がありますので」


「おお、そうだったのか。それは助かる」


「知らないで使ってたんですか?」


「魔法はからきしなんでな。ブースト効果があるのは知ってたけど」



 ヴィヴィアンは旅の安全を祈り、無銘に加護をかけてくれた。

 形式的なものかと思ったが、実際にバフ効果があったとは。



「このまま下水道を進めばいいのか?」


「はい。マップに表示された赤い丸はこの先にある地下貯水湖を指し示しています」


「アイテム鑑定にマップガイド機能か。本当に便利な女だな」


「言い方ってもんがあるだろ……」


「お気になさらず。ワタシが持っているすべてのチカラを利用すると決めましたから。みなさんのお役に立てて嬉しいです」


「はははっ! さすがはワシさま専属の料理人。これからも励めよ」



 そうやってリリムが笑っていると。



「ギギギギギ……」



 通路の暗がりから大蜘蛛がワラワラと姿を現わした。

 大きさ的には成長した豚と同じくらいか。鋭い毒牙と肉厚な脚部が不気味だ。



「ひぎぃ! 今度は蜘蛛かっ! 下水道だから絶対そういうのが出てくると思ったのだ!」


「シャァァっ!」



 蜘蛛型モンスターの一匹が飛びかかってきて、戦いの火蓋を切る。



「【トラスト】!」



 俺は刺突スキルで蜘蛛を迎撃。毒牙で噛まれる前に倒した。

 無銘のブーストスラッシュを放ったら衝撃波で崩落の危険性もある。基本は【トラスト】で対処するしかない。



「応戦しろリリム。次から次に襲ってくるぞっ!」



 蜘蛛は天井にも張り付いており、前後左右から同時に襲いかかってきた。

 前にいる俺と、しんがりを務めるリリムでエリカを挟むようにして防戦する。



「にゃああああああ!!!」



 リリムは盛ったネコのような悲鳴をあげながら必死に応戦しているが、戦い辛そうにしていた。



「場所が悪いな……」



 下水道の脇を通る足場は、人が一人やっと通れるほどの道幅しかない。

 足場はぬかるんでいる上に、足を踏み外して下水道に脚が浸かればトランスウォーターの餌食になる。耐性があるとはいえ限度もあるだろう。



「ここはお任せください」



 エリカはそこで一歩前に出ると魔法の杖を振った。



「F5!」



 杖の先端から火炎球が放たれ、前方にいた蜘蛛の群れを包み込む。

 炎に包まれた蜘蛛たちは、ジタバタと悶え苦しんだのちに焼け死んだ。

 霧を発生させていないので、ただの野良モンスターのようだ。



「ギィ……っ!」



 仲間がやられたと見るや否や、他の蜘蛛たちは一目散に奥の暗がりに逃げ出す。蜘蛛の子を散らすとは、まさにこのことだ。



「よくやったエリカ!」


「いまのは炎の魔法か。いつの間に覚えたんだ?」


「フィーレ先輩に教えてもらって【ショートカット】に登録したんです。F5スロットが空いていたので」


「昆虫型のモンスターは炎と寒さに弱いからな。エリカがいれば百人力だ」


「はははっ! 勝ったな! 第3部、完! エリカがいれば無敵ッ! 最強ッ! 突撃だだだッ!」


「あっ、こらっ。勝手に突っ込むな!」



 調子に乗ったリリムが斥候(地雷避けとも言う)となり道を突き進む。

 だが、罠は見当たらず伏兵の気配もなかった。蜘蛛型モンスターも襲ってくる気配がない。



(警戒しすぎか?)



 灰の都は危険なエクストラダンジョンだ。

 けれど、これまで遭遇したモンスターは蚊蜻蛉かとんぼと蜘蛛型のモンスターだけ。テレポートの罠はあったが、毒の灰を吸い込んで死ぬ……みたいなデストラップはなかった。



(噂は嘘だったのか? いや、違う。おそらくこれは……)



 エリカとギルド長の戦いを思い出す。

 油断させておいて、最後の最後に取っておきの罠を発動させる。

 戦場で多くの死を見てきた元傭兵としての勘が危険を告げている。



「この先の開けた空間が例の貯水湖になります」


「止まれリリム! これは罠だ!」


「ぬぅっ!?」



 リリムは俺の言うことを素直に聞いて、ピタリと足を止める。

 しかしタイミング良く止まったのは偶然で、リリムが足を止めたのは別の理由があった。



「アレを見ろ!」

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