第39話 おじさん、飛んで火に入るカトンボを蹴散らす


 灰の都の大通りにて、巨大な蚊蜻蛉かとんぼに追われるリリム。



「アレは【ジャイアント・モスキート】! 人の血を吸って魔力を奪う昆虫型のモンスターです」


「助けてくれーーー!!」



 リリムはひぃぃと悲鳴を上げながら全速力でこちらに近づくと、慌てて俺の背中へ隠れた。



「マジキモい! 巨大な蚊とか生理的に受け付けんのだっ!」


「それで逃げ回ってたのか。敵に背を見せるとか剣士として恥ずかしくないのか」


「んなもんどうでもいいわっ! いいから早くやっつけろ!」


「へいへい」



 リリムは本気で嫌がっている。これ以上いじめたら可哀想だ。

 俺は無銘を鞘から抜くと、ブンブンと羽根音を鳴らしながら様子を窺っている【ジャイアント・モスキート】と対峙した。そこであることに気がつく。



「あのモンスター、壁画に書かれてた昆虫と同じカタチをしてるな」


「密売人のアジトで見つけた壁画のことですか?」


「ギルド長の調べだとあのアジトと灰の都は関係が深いらしい。壁画に描かれていた内容は、灰の都にまつわる伝説か何かだったんだろう」


「なにを呑気にくっちゃべっておるのだ。攻撃してくるぞ!」


「キチキチキチっ!」



 こちらに迫ってくる【ジャイアント・モスキート】。

 俺はリリム達を護るように前に出て、無銘を振るった。

 



「せいっ!」


「ピギャっ!!」



 膨れた腹部にダメージを受けた【ジャイアント・モスキート】は、気味悪い悲鳴をあげながら紫色の体液をまき散らした。負傷箇所から黒い魔力の霧を発生させる。



「こいつ、人が化けたバグモンスターか!?」



 リリムが対処できないはずだ。バグモンスターは無銘でないと、まともな攻撃ダメージが入らないのだ。



「ギィィィッ!」



 こちらが躊躇している間に【ジャイアント・モスキート】は最後の力を振り絞り、羽音を鳴らしながら突っ込んできた。



「特攻かよ! いまどき流行らないぞっ!」



 こうなってしまっては迎撃せざるを得ない。

 俺は迫る【ジャイアント・モスキート】の羽根を切りそぎ、飛行能力を奪った。



「ピギアァっ!」



 バランス感覚を失った【ジャイアント・モスキート】は壁面に衝突。そのまま動かなくなった。



「やったのか?」


「トドメは差していない。リリム、頼めるか?」


「わかったのだ。【ブラッディソード】よ、この者から魔力を奪え!」



 リリムが【ブラッディソード】を掲げて、【ジャイアント・モスキート】から魔力を奪う。これで変身が解けて話を聞けるはずだが……。



「……っ! 変身が解けぬぞ!?」


「どういうことだ?」


「少々お待ちください。ワタシの方で調べてみます」



 エリカは【ジャイアント・モスキート】に手を掲げると、ステータスウィンドウを表示させた。

 そこに表示されたのは【ジャイアント・モスキート】に関する基本情報。カテゴリーは【モンスター】と書かれていた。



「……ダメです。この方は完全にモンスター化しています。治療は不可能でしょう」


「グギ…………ギ…………」



 やがて【ジャイアント・モスキート】はチカラ尽き、その場で息を引き取った。

 死後も人間に戻ることなく、他のモンスターと同じく体が消滅する。


 ……と、そこで不思議なことが起こった。

 死骸が消えたその場所に、紫色の液体が詰まった小瓶がドロップしたのだ。



「これは【トランスウォーター】!?」


「間違いないのか?」


「瓶の中から魔力を感じます。それに……」



 エリカは拾い上げた瓶を懐に入れる。

 それからアイテム一覧のウィンドウを空中に表示させた。



「見てください。【トランスウォーター×1】と出ています。ワタシが収拾したアイテムは、名称と効果がわかるようになるんです」


「ほぉ~。便利だのぉ~」



 アイテム一覧を眺めながらリリムが感心したように顎を撫でる。

 元PCの権能を使えばアイテム鑑定もお手の物というわけか。



「【ジャイアント・モスキート】はバグモンスター化した人間だった。ここにトランスウォーターがあるのは間違いない」


「……タクトさん。ひとつお伺いますが、密売人のアジトに紫色の水が湧き出ていたんですよね」


「ああ。調べによるとその湧き水がトランスウォーターで、密売人はそれを汲み取っていたらしい」


「なるほど……。では、もうひとつお訊ねします。中央広場に噴水があったのを覚えていますか?」


「顔のない天使像が建ってた噴水だよな。紫色の水が湧いて……あっ!」



 自分で口にして理解が及ぶ。符合が一致する感覚と言えばいいだろうか。

 俺の考えを読み取ったのか、エリカは確信めいた表情でうなずく。



「そうです。あの噴水の水こそがトランスウォーターです」

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