第11話 おじさん、討伐クエストで弟子を鍛える



 翌朝、俺とリリムはさっそくクエストをこなすことにした。

 クエストはギルドの掲示板に貼られており、早い者勝ちで受注する。


 受けられるクエストには制限があり、影響してくるのが【冒険者ランク】だ。

 階級が低いと危険度の高いクエストは受けられない。

 初心者を無駄死にさせるようなものだからだ。


 ランクは、地道にクエストをこなしてギルドに認められることで昇格できる。

 モンスターと渡り合えるほどの実力と、滞りなくクエストを完遂できる計画性。パーティーの結束力など、総合的な素質を求められる。


 銅から銀等級に上がるのにも1~2年。早くても半年はかかるだろう。

 だが、俺はランクを早駆けする抜け道を知っていた。



「見つけた。このクエストだ」



 俺は張り紙の中から、ザコモンスターの討伐クエストを指し示した。

 隣に立っていたリリムはオヤツの干し芋をくわえながら、ほへーと張り紙を見つめる。



「西にある鉱山での狼狩りか」


「【ダイアウルフ】の群れが行商人の乗る馬車を襲っててな。この町は商業都市だろ? お仲間が魔物に襲われてご立腹な連中が大勢いるんだ。だから報酬もいい」


「ランクを早駆けするクエストを知っていると言ったな。これがそうなのか?」


「行けばわかる」



 ◇◇◇◇◇◇



 というわけで、俺とリリムは馬車を乗り継いで西の鉱山へ向かった。

 狼の噂があるので馬車は途中で引き返し、途中からは徒歩で山を登った。



「ひぃ、ひぃ……っ。坂道はふくらはぎにのだ。ワシさま、もう歩けない。パパ、おんぶ~」


「こんな時だけ娘面するな。あとちょっとでゴールだから頑張れ」



 狼たちには縄張りがあり、そこを通りがかった馬車を襲う。

 左右が小高い丘になっている道の途中、そこが【ダイアウルフ】の縄張りだった。



「到着っと」


「つーかーれーたーーー! ごはーん!」


「昼飯にはまだ早い」



 ダダをこねるリリムに、俺はパンの代わりにロングソードを渡した。

 ロングソードは街であらかじめ購入したものだ。



「どうしてワシさまに剣を渡すのだ?」


「いつまでも【ノービス】クラスのままだと格好がつかないだろ? 剣なら俺が教えてやれる。仮でもいいから剣士クラスを目指せ」


「剣士か……」


「能力がないならゼロから伸ばせばいいだけの話だ。適性がないから、今ならどんなクラスだって選べるぞ。魔法使いにはしてやれないが」


「かまわん。おぬしの戦いっぷりを見てワシさまも剣士を目指したかったのだ!」


「そいつはよかった。ならさっそく実戦といこう」


「は……?」



 ぽかーんと目と口を開いて呆気にとられるリリム。

 するとそのとき……。



「アオーーーーーーン!」


「おいでなすった」



 左右の丘に灰色の毛並みをもつ【ダイアウルフ】の群れが出現した。

 ざっと数えたところ敵の数は20。その中に一匹だけ他より大きな個体がいた。

 一匹一匹はゴブリンに毛が生えた程度の強さだが、群れで襲いかかってくるのが厄介だ。



「確かにここなら馬車を襲いやすい」



 逃げようにも前後にしか移動できず、行く手をふさいでしまえば袋のネズミだ。

 定石通り、道の前後にも狼が現れて四方を完全に囲まれた。



「どどどどうするのだ!? いきなり囲まれたぞ!」


「どうするもこうするもない。戦うだけだ」



 俺はそう言ってリリムの後ろに回って【無銘】を構えた。

 それだけで狼たちは、じり……と一歩後ろに引いた。

 野生を生きるモンスターは直感で相手の強さを把握できるらしい。

 けれど狼たちは撤退しない。群れのリーダーがる気だからだ。



「背中は俺が守る。おまえは前方の敵に集中しろ。敵の攻撃を回避しつつ、大きな個体を狙うんだ。リーダーを潰せば群れは統率を失う」


「ワシさまも戦うのか!? まずは素振りあたりから始めるのではないのか!?」


「実践に勝る経験なし、ってな。ほらくるぞ」


「ひぎぃぃぃぃ!」



 ◇◇◇◇◇◇



 それから20分後――



 ◇◇◇◇◇◇



「これで仕舞いだ!」



 最後まで残っていた狼を無銘でほふる。


 周囲には狼たちの死骸が転がっていた。

 ボロボロになったリリムは肩で息をしながら、ロングソードを地面に突き刺した。



「はぁはぁ、な、なんとか倒したのだ……」


初陣ういじんでこれだけやれれば上出来だ」



 ボロボロなのは泥や返り血によるものだ。

 多少の傷は負ったものの、リリムは頑丈で大事には至っていない。

 イノシシに吹き飛ばされたときも無傷だった。リリムは耐久力が高いのかもな。



「リリムは状況判断が的確だな。ザコには目もくれず、しっかりとリーダーの首を狙っていった」


「ふふん。特定のファンを狙い撃ちするのがアイドルの基本だからな。それより……」


「メシにしていいぞ」


「やったのだーーー!」



 リリムは諸手をあげながら脇に置いてあったリュックに突撃。

 弁当の包みを開いて、中に入っていたベーコンサンドを口に運んだ。



「うーまーいーのーだーーーー! これが労働の味! 額に汗したあとに食べるご飯は格別なのだ!」


「俺の分も残しておけよ」



 俺は無銘を鞘にしまうと、代わりにナイフを取り出して一番大きな狼の死骸から毛皮を剥ぎ取った。


 ここはVRMMOゲームの世界。死骸は数分すると消滅する仕様だ。それまでに死体を漁ることで素材が手に入る。

 たまにマジックアイテムをドロップすることもあるがそれは運だ。


 【ダイアウルフ】の毛皮と牙は、それなりの値段で売れる。

 加工所に持っていけば、マントや帽子、手袋などを作ってもらえるだろう。

 PCなら謎の四次元ポケットに素材をポイポイと収納できるんだが、あいにくと俺はNPCだ。集めた素材であっという間に袋が一杯になる。



(そういや禁域で【バジリスク】を倒したのに、素材を剥ぐの忘れてたな……)



 初陣で舞い上がって素材剥ぎを失念していた。バジリスクのウロコがあればリリムにいい感じの鎧をプレゼントしてやれたんだが。代わりに毛皮のマフラーでも作ってやるか。



「おぬしがこのクエストを選んだのは、ワシさまに訓練をつけるためか?」



 ベーコンサンドを食べ終わった水筒を傾けながら俺に尋ねてくる。

 毛皮と牙を回収し終えた俺は立ち上がると、リリムから水筒を受け取りうなずく。



「それもある。これだけの数のモンスターを倒せば、戦いの経験が嫌でも身につく。【PC】でいうところの経験値稼ぎとレベルアップだな。適性も剣士と出るはずだ」


「ふむ? これがおぬしの言う””の正体か?」


「違う。本命はここからだ」



 これが俺の想定するクエスト内容なら、この後――



「アオーーーーーーーーーン!」



 雷鳴にも似た耳をつんざく狼の咆吼ほうこう

 同時に岩山の上空に暗雲が垂れ込め、禍々まがまがしいオーラが周囲を包み込んだ。

 俺は水筒を捨てて、無銘を鞘から引き抜いた。



「やっぱり来たか」


「アレはいったい……!?」



 リリムは慌ててロングソードを手にして、空を――岩山のテッペンを見上げる。

 山の頂には、周囲の木々より遙かに巨大な一匹の黒狼がいた。



「レジェンドモンスター、【ブラッディファング】だ!」

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