アーレンベルク公爵令嬢

 針と共に『パトリック様に近付くな』という手紙が届いた後も、エマは特に気にすることなくパトリックにエスコートされて夜会に参加していた。そしてやはりいつも通りユリアーナを始めとし、エマの周りには人が集まる。その中心でエマは太陽のような笑みを浮かべていた。

 その時、エマはこちらに近付いて来る令嬢に気付く。

 艶々とした赤毛にクリソベリルのような緑の目。そしてパッと目を引く美貌。カサンドラである。

「あの方は……確か……」

「エマ様、アーレンベルク公爵令嬢でございます」

「左様でございましたのね。ありがとうございます、ユリアーナ様」

 さりげなく教えてくれたユリアーナにお礼を言うエマ。

(アーレンベルク公爵家……。公爵家の中でもかなり上の家格だわ)

 エマ達はアーレンベルク公爵家よりも身分や家格が下なので、カーテシーやボウ・アンド・スクレープで礼をる。

「お顔を上げてちょうだい」

「恐れ入ります、アーレンベルク嬢」

「あら、わたくしのことをご存知なのね。改めて、カサンドラ・グレートヒェン・フォン・アーレンベルクよ」

 カサンドラは身分の高い者から順に話しかける。

(そろそろ私が話しかけられる番かしら?)

 エマはそう思い、カーテシーをして待っていたのだが……。

「あら、お顔を上げてちょうだい」

 カサンドラはエマの前を通り過ぎ、リートベルク家よりも家格が低い伯爵家の令嬢に声をかけた。そのことで皆困惑する。しかし、カサンドラは気にすることなく他の者に話しかけ続ける。エマと仲のいい令嬢や令息の中には公爵家の者もいたので、彼らがそっと注意したのだがカサンドラはどこ吹く風である。エマはカーテシーをしたままである。

(え? どういうことなの?)

 エマの頭は混乱している。

 そうしているうちに、カサンドラはエマ達の元を後にした。

「エマ様、大丈夫でございますか?」

「ええ……。ありがとうございます、ユリアーナ様。アーレンベルク公爵令嬢、私には話しかけなかったわ……」

 エマは困惑し切った様子だ。

「アーレンベルク嬢は、エマ様を飛ばして私に声をかけておりました。どういうことでしょう?」

 エマより先に声をかけられた令嬢も困惑している。

「エマ嬢、アーレンベルク嬢と面識は?」

「いいえ、全くございません」

 側にいた令息に聞かれ、エマはそう答えた。

「ではエマ嬢がアーレンベルク嬢に何かなさった線は消えましたね」

「まあ、エマ様が誰かに無礼を働くなんて絶対にあり得ませんわよ」

「そう言えば、アーレンベルク嬢は以前からランツベルク卿にずっとアピールをしておりましたわ。きっとエマ様とランツベルク卿の仲を嫉妬しただけのことでございますわ」

「何だ。アーレンベルク嬢のただの嫉妬か。エマ嬢も飛んだとばっちりに巻き込まれたことだ」

「エマ様、アーレンベルク嬢のことなどお気になさることはございませんわよ」

「というか、公爵令嬢の癖に嫉妬で自分より身分の低い令嬢にあんな態度とか、アーレンベルク公爵家も地に落ちたな。注意されてもあの態度はないわ」

「しっ! 誰かに聞かれたら不味いですわよ!」

 幸い、エマの側にいる令嬢や令息達はエマの味方をしてくれていた。

「エマ様、大丈夫でございます。わたくしは何があろうとエマ様のお側におりますので」

 ユリアーナはそっとエマの手を握る。

「ユリアーナ様……ありがとうございます」

 先程まで困惑していたエマだが、明るい笑みを取り戻す。

「皆様も、ありがとうございます」

 いつものように、太陽のような笑みのエマに戻った。

 カサンドラは取り巻きの令嬢と共にそんなエマを遠くから冷たく睨みつけている。

「カサンドラ様、エマ嬢はあの様子でございますわよ」

 取り巻きの中の1人は眉を顰めている。

「先程のことも全く気にしていませんわね。何と図太い方なのかしら」

 他の取り巻きは冷笑していた。

「私わたくしがで忠告をしたのに、全く効果なかったようね。仕方がないわ。次のフェーズに移りましょう」

 カサンドラは冷たく微笑んだ。






−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






 次の夜会でも、エマはパトリックにエスコートされて会場入りした。注目されるのには慣れたエマだが、ふとパトリックの横顔を見る。

(やっぱりパトリック様は彫刻のように美しいわ。目立つしご令嬢方から人気があるのも分かるわね)

「どうしたんだい? エマ嬢」

「あ、いいえ、何でもありませんわ」

 エマは何事もなかったかのようにふふっと微笑んだ。パトリックは心配そうな表情でエマを見ていた。

「とりあえずエマ嬢、主催者のヴァイマル伯爵家の方々挨拶に行こう。エマ嬢はヴァイマル伯爵家の方々とは面識があるのかい?」

「いいえ、全く。ですので今回何故なぜ招待されたのか検討がつかないのでございます。ユリアーナ様達は招待されていないみたいですし」

 エマは不思議そうに首を傾げている。

「僕もだよ。でも、エマ嬢が参加すると聞いたから、エスコートすることにしたんだ。いつでもエマ嬢と一緒にいたいし」

 パトリックは頬を赤く染め、優しく微笑んだ。エマも頬を赤く染めている。

「ありがとうございます。とても嬉しいですお言葉でございます」

 そして、ヴァイマル伯爵家の者達に挨拶を終えた。その後、ヴァイマル伯爵家の長男がパトリックと話があるようなので、エマは1人になった。顔見知りもほとんどいない夜会は初めてのエマ。誰に話しかけようか周囲を見渡している時、誰かとぶつかった。

「きゃっ」

「あら、失礼」

 カサンドラがエマにわざとらしくぶつかる。そしてエマのドレスが赤ワインで汚れてしまった。淡い色のドレスなので、赤ワインの染みはとても目立つ。

(大変! パトリック様からいただいたドレスなのに! どう見てもわざとよね。いくら公爵令嬢だとしても、あんまりだわ)

 エマは胸元の赤ワインの染みを見てアンバーの目を見開く。そしてぶつかってきたカサンドラを睨む。

 エマはカサンドラ達と対峙していた。

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