告白、自覚する想い

 ここ最近、夜会ではずっとパトリックにエスコートされるエマ。エマはパトリックの笑顔や行動に対してドキドキしたり、恥ずかしいが嬉しいとという気持ちになることが増えた。

(この気持ち……一体何なのかしら?)

 エマは壁にもたれ、ふうっとため息をつく。

 現在も夜会の最中である。

「エマ嬢、ため息なんかついてどうしたの?」

「っ! パトリック様!」

 そんなエマの顔を覗き込むパトリック。エマは驚き少し飛び跳ねてしまう。

「ごめんね、驚かすつもりはなかったんだ。エマ嬢が少し元気がないように見えて、心配になってしまったんだ」

 優しげな笑みのパトリック。

「い、いえ、ただ少し疲れてしまっただけでございますわ」

 エマは頬を赤く染めながらそう答えた。やはりパトリックの前では心臓がバクバクしてしまう。

「そっか。それならこれを飲むといいよ。ノンアルコールの苺カクテルだ」

「ありがとうございます」

 エマはパトリックから苺のカクテルを受け取り口にする。

「美味しいです。甘くて爽やかで」

 エマは穏やかに微笑む。

「よかった」

 パトリックは安心したように微笑む。そして言葉を続ける。

「苺の季節はもう過ぎてしまっているけれど、隣のナルフェック王国では旬の季節以外にも栽培出来る方法を確立したみたいなんだ。だから、こうして近隣のガーメニーでも苺が出回っているんだよ」

「ナルフェック王国は、農業だけでなくそういった技術であったり、医学や薬学や知識産業も盛んでございますのよね。まるで技術の宝庫のような国でございますわね。ナルフェック王国は」

 エマはクスッと笑う。するとパトリックも面白そうに笑っている。

「技術の宝庫か。確かに、その表現は的を射ているね」

「リーゼロッテお姉様も、ナルフェック王国で最先端の薬学を学んでおりますわ」

 エマはふふっと笑う。

「リーゼロッテ嬢の更なる活躍も楽しみだね。ビスマルク侯爵領には、医師や薬剤師があまりいないから、きっと活躍出来るのではないかな?」

「左様でございますわね」

 エマはパトリックとの会話を楽しんでいた。

 そして夜会が終わり、帰りもランツベルク家の馬車に乗るエマ。もちろんパトリックはエマをリートベルク家の王都の屋敷タウンハウスに送るつもりである。決してランツベルク家の王都の屋敷タウンハウスに連れて帰るわけではない。

(パトリック様は……どうしてこんなに私に優しくしてくださるのかしら? エスコートの申し出は、おそらくリートベルク領で生産される乳製品を割安な価格で手に入れたいという思いからだと予想出来るけれど……)

 エマはぼんやりと外の景色を見ながら考えていた。

「エマ嬢、どうかしたの? 疲れてしまったのかい?」

 パトリックは優しげな表情でエマの顔を覗き込む。エマはそんなパトリックに見惚れていた。

(直接聞いてみようかしら?)

 ぼんやりとそう考えるエマ。

「エマ嬢?」

 パトリックは不思議そうに首を傾げる。

「パトリック様は……」

「うん?」

「パトリック様は、孤児院での奉仕活動の時も、夜会の時も、どうしてこんなに私に優しくしてくださるのでございますか? エスコートの申し出も、リートベルク領の乳製品を廉価で購入したいという目的があるのだと存じます。ですが、それだけなら、私にこんなに優しくしてくださらなくても、多少はリートベルク家の利益も考えさせてもらいますが、それなりの価格で我が領地の乳製品をランツベルク辺境伯家が購入することは可能でございますよ」

 エマのアンバーの目は真っ直ぐパトリックを見ていた。その目に映るパトリックは、とても切なげな表情をしている。

「エマ嬢、家の利益の為に、僕が君に優しくしているわけではないよ。家の利益抜きにして、僕がそうしたいと思ったからだよ。伝えるのはもう少し先だと思っていたけれど、今きちんと君に伝えるよ」

 パトリックは真っ直ぐエマを見つめ、とろけるような笑みになる。

「僕はエマ嬢に惚れている。つまり、君のことが好きなんだ」

「え……?」

 その言葉を聞き、エマの体温が上がる。パトリックは言葉を続ける。

「孤児院での奉仕活動の時に見た、エマ嬢の笑顔はとても素敵だと思った。まず僕はその笑顔に惹かれたんだ。明るく屈託のない、太陽みたいなエマ嬢の笑顔にね」

 パトリックはアメジストの目を優しげに細める。

「エマ嬢と話していると、とても楽しいし、子供達を思いやる姿もとても好ましいと思ったんだ。だから、家の利益抜きにして、僕は君のことが好きになった。好きな女性には、優しくしたいんだよね」

「パトリック様が……私を……好き……」

 バクバクする心臓を必死に抑えるエマ。

「そうだよ。僕はエマ嬢が好きだ」

 パトリックは頬を赤く染めながら、優しく頷く。

「……好き……というのは、どのような感情なのですか? その、家族や友人に対するものとは違うことは理解しております」

「うーん、そうだな……」

 エマの質問が予想外だったのか、パトリックは頬を赤く染めたまま少し考える。

「上手く言葉に出来ないけれど……ずっとエマ嬢の側にいたい、大切にしたい。それから、エマ嬢が何かに困っていたり悲しんでいたら、その原因を全て取り払って君の笑顔を取り戻したい。何よりエマ嬢にはずっと幸せでいて欲しいし、何なら僕がこの手でエマ嬢を幸せにしたい。そして1番分かりやすく言うならば、エマ嬢の夫になりたい。そういった想いかな。僕がエマ嬢に抱いている好きという気持ちは」

 パトリックは真っ直ぐ言葉を紡いだ。その言葉はエマにとって宝石のようにキラキラと輝いていた。そして同時にストンとエマの中で何かが落ちた。欠けたパズルのピースが埋まった感じである。

(その気持ち……私も知っているわ)

 パトリックと一緒にいるのが楽しい。それだけでなく、側にいたい。大切にしたい。困ったことがあれば力になりたい。幸せにしたい。そして、パトリックの妻になれたら、自分はどれだけ嬉しいだろうか。そういった想いがエマの中に溢れ出した。

 エマは頬をりんごのように真っ赤に染めつつ、スッキリとした表情になった。

「私も、同じ気持ちです。私も、パトリック様のことが……好きです」

 エマは明るく屈託のない、太陽のような笑みでパトリックに想いを伝えた。

「エマ嬢!」

 パトリックはエマを抱き締める。

「パ、パトリック様!?」

 いきなりのことでエマの思考は追いつかない。

「ああ、すまない、エマ嬢。嬉し過ぎてついね」

 パトリックのアメジストの目はキラキラと輝いていた。

「エマ嬢、近々君のお父上に、君への婚姻の申し込みの手紙を送る」

「承知いたしました、パトリック様」

 エマは頬を赤く染めながら頷く。

「エマ嬢と夫婦になれることを心から楽しみにしているよ」

 とろけるような笑みのパトリック。アメジストの目はキラキラと宝石のように輝いている。

「私もでございます」

 エマは明るく微笑んだ。

 2人は幸せそうに笑っていた。

 ダイヤモンドの輝きのような星空は、まるで2人を祝福しているかのようだった。






−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–−–






 ランツベルク家の王都の屋敷タウンハウスにて。

 パトリックはエマの肖像画に囲まれた部屋にいた。

「ロルフ、エマ嬢と想いが通じ合い結婚する。こんなにも嬉しい気持ちは人生で初めてだよ」

 パトリックは晴れやかな笑みだ。

「パトリック様、おめでとうございます。ですが、リートベルク嬢はまだ成人デビュタントしたばかりの15歳でございますよ。婚約の申し込みはいささか早過ぎたのでは?」

 ロルフは顔色1つ変えずそう聞いた。

「この先エマ嬢の魅力に気付く男は出て来るだろう。今の段階で彼女は男女問わず多くの人に好かれているからね」

 パトリックはフッと笑う。

「左様でございますか」

 ロルフは納得したかのように頷く。

「これからはエマ嬢と過ごせる時間が増えるだろう。この部屋に入る機会は少なくなりそうだ」

 パトリックは部屋の中にある、自らが描いたエマの肖像画を見て満足そうに微笑んだ。アメジストの目にはきちんと光が灯っている。

 ロルフはその様子を見て少し安心した。

(リートベルク嬢、貴女がパトリック様をいい方向に変えてくださいました。どうかパトリック様のことをよろしくお願いします)

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