王太子ルーカスとのダンス

 エマとパトリックは2曲目のダンスを終えた。

「パトリック様、流石に3回連続同じ方とダンスをするのはマナー違反になってしまいますわ」

「そうだね。エマ嬢とのダンスは楽しかったから、名残惜しくはあるけれど」

 パトリックは残念そうな表情をしている。

「パトリック様、また機会があればダンスをしましょうね」

 エマはいつもの明るい太陽のような笑みだ。

「ああ、そうだね。また次も最初にエマ嬢を誘うよ」

 パトリックはとろけるような笑みでエマを真っ直ぐ見つめている。

(パトリック様、その表情は何というか……心臓に悪いわ。それに……この感覚は何なのかしら?)

 エマの中に、とある感情が芽生え始めていた。

「それなら、私と1曲願おう、エマ嬢」

 突然第三者の声がし、エマは驚いてそちらを見る。

「お、王太子殿下!」

 エマに声をかけたのはルーカスである。エマはアンバーの目を零れ落ちそうなほど大きく開いている。

「ルーカス、いきなり声をかけるなんて、エマ嬢が驚くだろう」

 やや呆れ気味のパトリック。しかしエマはそれどころではない。

(どうして王太子殿下が私に? それに、今パトリック様は王太子殿下を呼び捨てにした!? それって不敬罪では!?)

 エマは信じられないものでも見ているかの表情だ。

「ああ、エマ嬢。パトリックとは友人なんだ。だからそんなに驚かなくていいさ。それに、私も彼の態度に関しては気にしていない」

 ルーカスはエマの思考を読んだかのようだ。

「さ、左様でございましたか。それなら安心いたしました」

 ひとまずエマはホッとする。

「安心?」

 ルーカスがきょとんとしている。

「ええ。パトリック様が不敬罪に問われることはないと」

 エマはホッとした様子で微笑む。

「エマ嬢は僕の心配をしてくれていたのか。本当に嬉しいよ」

 パトリックの表情がパアッと明るくなる。とろけるような笑みだ。エマの心配は高鳴る。ルーカスはパトリックの表情を見てサファイアの目を大きく見開く。

「パトリック、君がそんな表情をするなんて……」

 宇宙人と遭遇したかのような表情のルーカスであった。

「ルーカス、僕だって一応人間さ」

 パトリックは苦笑した。

「まあ……そうか。……パトリック、さっきは気が付かなかったが、そのカフスボタンは……」

 ルーカスはパトリックの着用している黒のタキシードの袖から見えるカフスボタンに注目した。琥珀のカフスボタンである。

「ああ、これね」

 パトリックは琥珀のカフスボタンを見た後、意味ありげにエマに微笑みかける。

(パトリック様?)

 エマはきょとんと首を傾げた。

 ルーカスはパトリックのカフスボタンとエマを何度も交互に見る。

「ああ、そういうこと」

 ルーカスはクスッと笑い、納得した様子だった。

「えっと……一体私に何が?」

 エマは少し困惑していた。

「いや、何でもないよ、エマ嬢」

 パトリックはクスッと笑う。

「……左様でございますか」

 ほんの少し釈然としないエマであった。

「ではエマ嬢、改めて私と1曲願いたい」

 ルーカスは切り替えてエマにダンスを申し込む。

「王太子殿下からのお誘い、身に余る光栄でございます。僭越ながら、お受けいたします」

 王太子からの誘いを無下に断れるはずがない。エマはルーカスから差し出された手を取った。

 前の曲のように激しくはないが、軽快な曲が流れ出す。エマとルーカスは軽やかに舞う。

 王太子とダンスをしているので、先程より注目されている。

「エマ嬢はダンスが得意のようだね」

 ルーカスはフッと笑う。

「お褒めのお言葉大変光栄でございます。ダンスや体を動かすことが好きなので」

 エマは太陽のような笑みだ。王太子相手なので少し緊張している様子ではあるが、楽しそうにダンスをしている。

「エマ嬢から見たパトリックは、どんな奴か教えてくれるかい?」

「そうですね……紳士的でお優しくて、こう申し上げると不敬かもしれませんが、少し可愛い部分もあるお方だと存じます。好きなことに関しては子供のようにキラキラとした目をしていらしたので」

 エマは建築や庭園様式について楽しそうに語るパトリックを思い出し、クスッと笑う。そして華麗にダンスのステップを踏む。

「紳士的で……優しくて……可愛い……。エマ嬢はあいつのことをそう思っているのか」

 ルーカスはサファイアの目を零れ落ちそうなほど大きく見開いている。

「ええ、左様でございますわ。……王太子殿下はパトリック様に関して違った見解をお持ちなのでしょうか?」

 エマは不思議そうに首を傾げている。

「ああ、全然違うさ。パトリックは基本的に何でも簡単にこなしてしまうから、いつも退屈しているように見えるんだ。家族以外の他人には全く興味を示していないし。だから、私にとってあいつは少し冷たい奴だと思うよ。まあ嫌いではないが」

「まあ……意外でございますわ」

 エマはアンバーの目を丸くした。

「でもパトリックは確実に君に興味を持っているよ。あいつが家族以外の他人に興味を持つのは本当に珍しい。正直、天変地異の前触れではないかと思ってしまったよ」

「まあ、王太子殿下ったら。あら? ですが王太子殿下はパトリック様のご友人でいらっしゃいますよね。流石に王太子殿下にはご興味を持たれているはずでは?」

 エマはきょとんと首を傾げた。

「まあ、そうなんだけど……着目する点はそこなのか」

 ルーカスは苦笑した。

「申し訳ございません、何かおかしなことを申し上げてしまいましたか?」

 エマは青ざめる。知らず知らずのうちに先程王太子に対して何か失礼なことを言ってしまったのではないかと不安になっている。

「ああ、いや、君が気にすることは全くない。だから安心したまえ」

 ルーカスはフッと優しげに笑う。

「左様でございますか。ありがとうございます。安心いたしました」

 エマはホッとした笑みになる。

 その時、ダンスの曲が終わった。

「エマ嬢、ありがとう。君とダンスが出来て楽しかったよ」

 ルーカスはフッと笑う。

「こちらこそ。王太子殿下とダンスが出来て大変光栄でございます。ありがとうございました」

 エマは太陽のような笑みだ。

 こうして2人はダンスを終えた。エマは休憩に向かう。

(流石に3曲連続は少し疲れるわね)

 一方、ルーカスはというと……。

「エマ嬢、パトリックの気持ちに全然気付いてないね。これはパトリックも苦労するかも」

 休憩に向かうエマの背中を見てクスッと笑っていた。

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