会場に咲く大輪の向日葵と不穏な視線

 エマ達はパトリックのことをあまり気にせずいつものように談笑していた。

 しかし、ユリアーナの一言で空気が変わる。

「エマ様、ランツベルク卿がこちらにいらっしゃいますわ」

「あら……」

 エマは意外そうにアンバーの目を丸くする。

 パトリックはエマ達の元へゆっくりとやって来る。歩き方がとても優雅である。

 現在エマと一緒にいる者達は、公爵家の令嬢や令息もいるのだが、ほとんどの者がランツベルク辺境伯家よりも家格が下である。よって、公爵家の者以外は、令嬢ならカーテシー、令息ならボウ・アンド・スクレープで礼をる。

 パトリックはまず公爵家の者にボウ・アンド・スクレープで礼を執った後一言二言話し、自分より身分が下の者に声をかける。まずは侯爵家の者からだ。そしてエマの番になった。

「孤児院での奉仕活動以外では初めて会うね、エマ嬢」

 甘く優しい声のパトリック。

「ええ。とても新鮮に存じますわ」

 エマはふふっと微笑んだ。

 そしてパトリックは全員に話しかけ終わると、再びエマに声をかける。

「エマ嬢、よかったら僕と1曲ダンスを願うよ」

 エマに手を差し出すパトリック。アメジストの目は真っ直ぐエマを見つめている。周囲は少し騒めく。

「では、よろしくお願いします」

 エマは微笑んでパトリックの手を取った。

 丁度穏やかな曲が始まり、エマとパトリックはダンスを始める。

「パトリック様はリードがお上手でございますね。今まで一緒にダンスをした男性の中で1番ダンスをしやすいですわ」

 エマはふふっと笑う。

「それは光栄だな。それならこの先ずっと僕とダンスをしてくれるのかい?」

 パトリックは甘い笑みを浮かべる。

「あら、そのようなことをしたら、私がパトリック様の婚約者だと勘違いされてしまいますわ。それに、パトリック様の婚約者の方から嫉妬されてしまいますわ」

 エマは悪戯っぽく笑った。

「僕に婚約者はまだいないさ」

 パトリックはフッと笑う。

「あら、左様でございましたか」

 エマはクスクスと楽しそうに笑う。

「……僕としては、周囲に勘違いされてもいいけどね。君が僕の婚約者だと」

 パトリックの呟きは、周囲の音に掻き消された。

「そういえば、この前パトリック様からいただいた髪飾りのお礼がまだ出来ておりませんでしたわ」

 エマは孤児院でパトリックからプレゼントされたアメジストの髪飾りを思い出した。

「あの髪飾り、エマ嬢はいつも奉仕活動の時に身に着けてくれているよね」

 嬉しそうな表情のパトリック。アメジストの目は輝いている。

「ええ。本当にあの髪飾りのお陰で髪型が崩れにくく、侍女のフリーダの手を煩わせてしまう頻度も減りましたわ。本当にありがとうございます、パトリック様」

 淑女としての品のある、太陽のような明るく屈託のない笑みのエマ。

「君が喜んでくれたのなら何よりだよ」

 パトリックは嬉しそうに目を細める。

「絶対に何かお礼はいたしますわ」

 エマのアンバーの目は力強くなる。パトリックは思わずクスッと笑う。

「分かった。楽しみにしておくよ」

 その時曲が終わる。

「エマ嬢、君はダンスが好きだと聞いている。もう1曲お願いできるかな?」

「ええ、喜んで」

 その時、先程とは打って変わってテンポの速い曲が流れ始める。

「これは激しいダンスになりそうだね。エマ嬢、大丈夫かい?」

「もちろんでございます。むしろ、動きの激しいダンスの方が好きなのでございます。家庭教師からは、お相手を疲れさせないようにと言われてしまいましたが」

 エマは最後苦笑した。

「僕なら大丈夫さ。体力には自信がある。存分に動いてもらって構わないよ」

 パトリックは優しい目でエマを見つめていた。

「では、お言葉に甘えて」

 再びエマとパトリックはダンスを始めた。エマは難しいステップを軽々と踏み、華麗に舞う。そしてそれに合わせてリードをし、エマを引き立たせるパトリック。エマは太陽のような笑みで楽しそうにダンスをしている。パトリックはそんなエマを優しく見つめていた。

 会場の者達の視線はエマとパトリックに集まっている。

「リーゼ、あちらで君の妹君が楽しそうにダンスをしているよ」

「あら、本当だわ。エマはダンスが好きなのよね」

 リーゼロッテは婚約者のレオンハルトとダンスに興じながらエマ達を見ている。

(エマ様、とても楽しそうね。それに、大輪の向日葵ひまわりのよう)

 ユリアーナは柔らかな笑みを浮かべながらエマを見ていた。

 エマは鮮やかな黄色のドレスを着用している。エマが舞うたびにドレスが揺れ、大輪の向日葵が花を咲かせたようである。

「エマが楽しそうにダンスをしていますね」

 不意に隣から声が聞こえ、ユリアーナは驚く。

「リートベルク卿……」

 ユリアーナに声をかけたのはディートリヒだ。他の男性への対応とは違い、ほんの少し警戒心を緩めているユリアーナ。

「ご機嫌よう、ケーニヒスマルク嬢。それにしても、エマとダンスをしている男性はどなたなのでしょうか?」

 ディートリヒはアンバーの目を優しげに細める。

「ランツベルク辺境伯家のパトリック様でございます。エマ様は、孤児院での奉仕活動でよくご一緒されているみたいでございますわ」

「ああ、あのお方がそうでしたか。ランツベルク卿の話はエマから聞いたことがあります」

 ディートリヒは納得したような表情だ。

「左様でございますか」

「ケーニヒスマルク嬢、もしよければ私と1曲願えますか? エマがあんなに楽しそうにダンスをしているものですから。それに、姉上とビスマルク卿も。私もダンスをしたくなりましてね」

 ディートリヒはダンスをしているエマやリーゼロッテを見てクスッと笑う。

「……承知いたしました。では次の1曲だけ」

 ユリアーナは少し考え、クールな笑みでそう答えた。

 王太子ルーカスは、サファイアの目を丸くしてパトリックを見ている。

「パトリックの奴、あまり他人には興味を示さないのに。……意外だな」

 面白い物でも見つけたかのような表情のルーカスであった。

 リーゼロッテ、ディートリヒ、レオンハルト、ユリアーナ以外にも、エマ達を褒める声が多数あった。しかし、不穏な声もある。

「何よあれ。エマ嬢なんて、見た目は大したことないじゃない。パトリック様とは釣り合わないわ」

「仰る通りでございますわね。アーレンベルク公爵家の令嬢であるカサンドラ様を差し置いてランツベルク卿とダンスだなんて、身の程知らずでございますこと」

「ランツベルク卿とお似合いなのはカサンドラ様しかおりませんわ。ねえ、カサンドラ様」

 エマと話したことのない令嬢達がエマを睨んでいる。

「まあまあ皆様落ち着きなさい。わたくしがあのような存在に負けるはずがございませんわ」

 カサンドラと呼ばれた令嬢は口角を上げる。艶々とした赤毛にクリソベリルのような緑の目の令嬢である。

 カサンドラは、口元は微笑んでいるがクリソベリルの目は絶対零度のように冷たかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る