ヘルムフリートのプレゼント作戦

『貴方は昔から私のことが気に入らないのよね? それなら、私と関わらなければいいじゃない』

 ビスマルク侯爵家主催の夜会でエマから言われた言葉。ヘルムフリートはそれに頭を抱えていた。

(あー、くそっ! 俺はどうしたらいいんだよ!?)

 イライラしながら頭を掻きむしる。あまり貴族令息らしい仕草ではなかった。

 食事の時も、ムスッとしてイライラした様子を隠そうともしなかった。

「ヘルムフリート、食事の時くらい心を落ち着かせなさい」

 父ヴォルフガングがため息をつく。

 ダークブロンドの髪にアクアマリンのような青い目のヴォルフガング。ヘルムフリートの顔立ちとダークブロンドの髪は父親譲りである。

「どうせヘルムフリートはまたエマ嬢のことで悩んでいるのでしょう」

 母アーデルハイトは苦笑している。

 ブロンドの髪にグレーの目のアーデルハイト。ヘルムフリートのグレーの目は母親譲りである。

「お前は昔から好きなものや好きな相手に対して素直になれないところがあるからなあ。エマ嬢が好きなら、もっとエマ嬢の喜ぶようなことをしないと」

 ヴォルフガングが再びため息をつく。

「喜ぶようなことって……では、どうしろと言うんですか?」

 ヘルムフリートは不貞腐れていた。

「例えば、次の夜会用のアクセサリーをエマ嬢にプレゼントしたらいいのではないかしら? 手紙も一緒にね。手紙には意地悪なことを書いては駄目よ。きちんと素直にエマ嬢が好きだってことを書かないと」

 アーデルハイトはクスッと笑う。

「なっ! そんな恥ずかしいこと」

「アーデルハイト、ヘルムフリートがそんな芸当が出来ると思うか?」

 ヘルムフリートは「そんな恥ずかしいこと出来るわけがない」と言おうとしたが、ヴォルフガングに挑発的に遮られる。

「確かにそうだったわね。ヘルムフリートに出来るわけがないわよね。だからヘルムフリートにはエマ嬢を諦めてもらうしかないわね」

 アーデルハイトも挑発的にクスッと笑った。

 するとヘルムフリートはバンッ! と両手でテーブルを叩くと同時に立ち上がる。

「ヘルムフリート、行儀が悪いぞ」

 ヴォルフガングは呆れたような表情だ。

「父上、母上、俺だって、やれば出来ますよ! エマにプレゼントと手紙を送ります! 絶対送ってやります!」

 ヘルムフリートは力強くそう言い、そのままダイニングルームを出るのであった。

「単純ですわね、ヘルムフリートは」

「確かに。だが食事中に出ていくのはどうかと思うが……」

 アーデルハイトもヴォルフガングも呆れながら苦笑していた。

「あいつは領地経営だったりどうでもいい相手とのコミュニケーションは普通に出来るのだが……」

「好きな女性に対してとなると……」

 2人はため息をつく。

「いっそのことエマ嬢以外の政略結婚の相手を見つけてやった方がいいかもしれないな。何せヘルムフリートは我々の一粒種の息子だ。親族の子供にも男子は少ない。万が一私達が生きている間にヘルムフリートが結婚できなかった場合、シェイエルン家はヘルムフリートの代で消滅してしまうぞ」

 ヴォルフガングは頭を抱える。

「ヴォルフガング様……確かにそこは懸念すべき問題でございますわね。ですが、まだもう少しヘルムフリートを見守りましょう」

「……そうだな」

 こうして、ヴォルフガングとアーデルハイトの方針が決定した。だが2人の表情には不安が隠せていなかった。






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 一方、ダイニングルームから自室に戻ったヘルムフリートは使用人に便箋を持って来させた。その便箋にエマへの言葉を綴っているのだが……。

 エマが好きだ、愛してるなどと綴ってみたが

「あー! くそっ!」

 ヘルムフリートは頬を林檎のように真っ赤に染め、便箋を破り捨てる。

(素直にって言われても……。本心を書いていると何だか小っ恥ずかしくなってくるじゃないか)

 頭を抱えて長大息ちょうたいそくを漏らす。

 ヘルムフリートは数日かけてプレゼントを選び、手紙も使用人などに見てもらいながら何度も推敲して完成させた。






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 数日後、リートベルク伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

「エマお嬢様宛にお手紙とプレゼントが届きました」

 エマは使用人からそう言われ、手紙とプレゼントが入った箱を受け取った。それなりにラッピングされている箱だ。

「エマお嬢様、どなたからでございますか?」

 侍女のフリーダが首を傾げる。

「送り主は……ヘルムフリートだわ」

 エマの表情が曇る。

「まあ……」

 フリーダは絶句する。

「手紙には……いつもよりは少しマシなことが書いてあるわ」

 エマは苦笑しながらヘルムフリートからの手紙をフリーダに見せる。

 手紙にはこう書いてある。

『次の夜会用のプレゼントだ。身に着けてくれ』

 たったこれだけである。いつもの嫌味等はないから少しはマシである。

(ええ、確かにいつもよりはマシだけど……)

 エマは昔のことを思い出した。






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 エマがヘルムフリートと出会ってから少し経ったある日。

「おい、エマ」

「……何よ? ヘルムフリート」

 初対面が最悪だった為、エマは警戒している。

「これやるよ」

 素っ気なくヘルムフリートはエマに小さな箱を押し付ける。

「何よこれ?」

 エマは怪訝そうに首を傾げている。

「お前へのプレゼントだ」

 若干ムスッとしているヘルムフリートである。

「……ありがとう」

 エマは小箱を開けるとそこに入っていたのは……。

「きゃあっ! 何よこれ!?」

 エマは悲鳴をあげ、箱を投げ出して尻もちをついた。

「エマお嬢様!」

 侍女のフリーダがすぐエマの元に駆けつけた。

「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「ええ、怪我とかは大丈夫よ、フリーダ。それよりあれ……」

 エマは少し震える手で投げ出した箱を指差す。

「まあ、これは……」

 フリーダは嫌悪を露わにした。

 箱の中には虫の死骸が入っていたのだ。

 エマはフリーダと共にヘルムフリートを睨みつけた。

「お、お前なんかそれがお似合いだ!」

 ヘルムフリートは頬を赤く染めながらたじろいでいた。






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 エマはヘルムフリートからのプレゼントが入った箱を訝しげな眼差しで見ている。

(まさかまた虫の死骸でも送りつけてきたのではないでしょうね?)

「エマお嬢様、もしよろしければ私がお開けいたしましょうか?」

 フリーダはエマの気持ちを汲み取り、そう提案した。

「そうね。お願いするわ、フリーダ」

 エマは箱をフリーダに渡した。

 そしてフリーダはラッピングを剥がして箱を開ける。

「エマお嬢様……」

 フリーダは驚いて目を見開いている。

「フリーダ、どうかしたの? ……何が入っていたの?」

「……髪飾りが……何の変哲もない髪飾りが入っております。変な細工などもございません。何の変哲もない髪飾りなのです」

 フリーダは信じられないとでも言っているかのような表情だ。

「そう……あのヘルムフリートが……」

 エマはアンバーの目を見開いて絶句している。

 本当に箱の中には何の変哲もない無難な銀の髪飾りが入っていたのだ。

(ヘルムフリート……一体どういうつもりなのかしら?)

 エマは少し考え込む。

「まあいいわ。明後日のドーナスマルク侯爵家主催の夜会にはその髪飾りを着用するわ」

「かしこまりました」

(ヘルムフリート、少しは心を改めたのかしら?)

 エマの表情はほんのり柔らかくなっていた。






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 そして迎えた、ドーナスマルク侯爵家主催の夜会にて。

 エマはヘルムフリートからのプレゼントである銀の髪飾りを着けている。そして相変わらず多くの人に囲まれ、太陽のような屈託のない笑みで会話やダンスを楽しんでいた。

 そしてエマが1人で休憩している時、案の定ヘルムフリートが話しかけてくる。

「よう、エマ」

「……ご機嫌よう、ヘルムフリート」

 エマはいつもよりほんの少し柔らかい笑みである。

 ヘルムフリートはいつもと少し違うエマの対応に、グレーの目を溢れ落ちそうなくらい見開く。

「エマ……お前一体……?」

 一体どうした? と聞きたかったのだが上手く言葉が出ないヘルムフリート。

 そしてエマの髪飾りに気が付く。

「エマ、お前その髪飾り……!」

「ええ、貴方が贈ってくれたものよ。意外とセンスがいいのね」

 エマはクスッと笑う。

(エマ……俺に対してそんな風に笑いかけてくれた……。何が起こってるんだ? 現実かこれは? 一体何なんだ?)

 ヘルムフリートは頬を赤く染め、その事実に脳が混乱してしまい……。

「ま、馬子にも衣装だな。まあようやく普通レベルになったくらいだけどな。少しは俺に感謝したらどうだ? お前の女としてのレベルを上げてやったのだから」

 また失礼なことを言ってしまった。

(ああ、ヘルムフリートは別に心を改めたわけではなかったのね)

 エマのアンバーの目が、スッと冷たくなった。

「そう、だったらもう2度と着けないわ」

 エマは冷たい笑みでそう言い放ち、ヘルムフリートの元を去るのであった。

(クソッ! 何でまたこうなるんだよ!? プレゼントを贈ったし身に着けて欲しいとも手紙に書いたじゃないか! 少しくらい俺の気持ち分かってくれて優しくしてくれてもいいだろうが!)

 ヘルムフリートのグレーの目は悔しさに染まり、エマの後ろ姿を見ていた。

 プレゼント作戦は失敗である。

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