近付く距離・後編

「エマ様、パトリック様、遅いよー!」

「何の本? 早く読んで読んでー!」

 エマとパトリックは図書室で話し込んでしまったので、子供達は待ちくたびれていたようだ。

「ごめんね、どの本がいいか迷っていたのよ」

 エマは少し申し訳なさそうに謝罪した。

「悪いね、みんな。じゃあ今からこの本を読もう」

 パトリックが示した本を見て子供達は「わーい!」とワクワクした表情になる。

「僕は王子の台詞せりふと地の文を読むから、エマ嬢は姫の台詞を頼むよ」

「ええ、承知いたしました。じゃあみんな、始まるわよ」

 エマは頷き、子供達に呼びかけた。

 そして2人で読み聞かせを始める。子供達は目をキラキラと輝かせながら聞いていた。エマはその表情を見て嬉しくなる。

(こんな反応をしてくれるなんて、とても読み聞かせ甲斐があるわ)

 パトリックが王子の台詞を読む。

『ああ、姫。君は心優しく笑顔が素敵だ。君の笑顔はこの国の霧を払うほど素晴らしい。……どうか僕と結婚してください』

 パトリックは感情を込め、真っ直ぐエマを見つめていた。アメジストの目には熱がこもっている。

(……ただの王子の台詞……よね? 確かに、子供達を喜ばせる為に感情を込めて読むのは大切よね)

 エマは一瞬鼓動が速くなったが、すぐに平常心に戻した。

『ええ、王子様。私でよければ喜んで』

 エマも感情を込め、太陽のような笑みで姫の台詞を読んだ。

 その時、エマはパトリックがどんな表情をしているのか全く気付かなかった。






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 この日の孤児院での奉仕活動を終えたエマとパトリック。

「読み聞かせ、子供達に大好評でしたね」

 エマは読み聞かせ途中の子供達の、好奇心に満ちたキラキラとした笑顔、そして読み終わった後の満足そうな笑顔を思い出し、アンバーの目を嬉しそうに細める。

「確かに。きっとエマ嬢は子供達の気持ちを掴むのが上手なのだろうね」

 パトリックはアメジストの目を優しげに細めた。

「いえ、パトリック様の読み聞かせがお上手だからでございますわ。あんな風に王子の台詞に感情を込めるなんて」

「あれは君に……いや、何でもない」

 パトリックは何かを言おうとしてやめた。

「それよりエマ嬢、図書室では僕の趣味の話ばかりしてしまったね」

 パトリックは苦笑する。

「とても面白いお話でしたわ。パトリック様のことを知ることが出来て光栄でございます」

 エマは明るくふふっと笑う。

「そうか。じゃあ今度はエマ嬢の話を聞かせて欲しい。僕も、エマ嬢のことを知りたいんだ。趣味とか、何が好きかとかね」

 パトリックのアメジストの目はエマだけを映していた。エマはパトリックのアメジストの真っ直ぐな目を見て、少し心臓が跳ねる。

「えっと……私は、体を動かすことが趣味でございますわね。ダンスをしたり、王都の屋敷タウンハウスやリートベルク領の屋敷の階段の上り下りを繰り返したり。それから、パトリック様ももうご存知かと思いますが、孤児院で子供達と走り回ることも好きですわ」

 エマは最後照れ笑いをした。

「確かに、ここで子供達と走り回っている時の君は生き生きとしているように見える。まるで空を自由に羽ばたく鳥のように」

 パトリックはアメジストの目を細める。優しい目でエマを見つめていた。

「それはお褒めのお言葉として捉えてよろしいのでしょうか?」

 エマはクスッと笑いながら首を傾げる。

「もちろん褒めているよ。エマ嬢、君は太陽のように明るく、子供達のことをよく考えているし、何より自由がよく似合う」

 パトリックはアメジストの目をキラキラと輝かせてエマを見つめている。それと同時に、心の底から何かを渇望するような感じでもあった。

「ありがとうございます、パトリック様」

 エマは太陽のようにキラキラと輝くような笑みになる。

(ああ、エマ嬢、君のその笑顔を……独り占めしたい)

 心の底から沸々と湧き上がる欲望。パトリックはそれをひた隠しにしていた。

(パトリック様は、紳士的でとてもお優しいお方ね。それだけじゃなく、好きなことに対しては子供のように純粋で真っ直ぐで、可愛らしくもあるわ)

 エマはパトリックの気持ちに全く気付いていなかった。






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 それからというもの、エマは孤児院で奉仕活動をする日には、必ずパトリックも一緒だった。

「ご機嫌よう、エマ嬢。また一緒だなんて、偶然だね」

 パトリックは嬉しそうに微笑んでいる。

「ご機嫌よう、パトリック様。確かに、最近よくお会いしますわね」

 エマは明るい笑みを浮かべている。

「そうそう、この前エマ嬢が言っていたシュミット氏の新作小説が手に入ったんだ。面白いから、もしよかったらエマ嬢にも貸そうかと思っているんだけど」

「あら、もう手に入れたのでございますね。私も気になっているので、是非お借りしたく存じます」

 エマは楽しみだと言うかのように微笑む。

「それとエマ嬢、君にこれを。次に会った時、渡そうと思ったんだ」

 パトリックは綺麗にラッピングされた、高級感漂う小箱をエマに差し出す。

「いただいてもよろしいのでしょうか?」

 エマはアンバーの目を見開き、キョトンとしている。

「ああ、もちろんさ。お近付きの印みたいなものかな。遠慮なくもらってくれると嬉しい。何なら、今開けて欲しいかな」

「ありがとうございます。では遠慮なくいただきますわ」

 エマは微笑み、ラッピングを外して箱を開ける。

 そこには、さりげなくアメジストが散りばめられた髪飾りが入っていた。

「それは、髪型が崩れにくい仕様の髪飾りだよ。孤児院の奉仕活動でエマ嬢は子供達と一緒に走るから、役に立つと思ってね」

 パトリックは優しい目でエマを見る。

「素敵な髪飾りですわ。パトリック様、ありがとうございます。確かに、走ったら時々髪型が崩れて侍女のフリーダに直してもらうことがございます。パトリック様はフリーダのことまで気にかけてくださったのでございますね。本当にありがとうございます」

 エマは嬉しそうな、太陽のような笑みになった。

「まあ……少しズレてはいるけれど、どういたしまして」

 本来の意図が伝わらず、パトリックは苦笑した。

「パトリック様、私も今度何かお礼を差し上げますね」

 屈託のない笑みのエマ。その表情を見たパトリックは柔らかな表情になる。

「エマ嬢からのお礼か。それは楽しみだな」

 もう何度も顔を合わせているので、エマとパトリックはかなり親しくなっていた。

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