ユリアーナとエマ

 ケーニヒスマルク伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

 今夜の夜会の準備を終えたユリアーナは部屋から出る。すると、2人の兄に出会でくわした。

「ユリアーナ、準備が終わったようだな」

「ええ、リュディガーお兄様。丁度今終わったところでございます」

 ユリアーナは穏やかに微笑む。

「ユリアーナ、お前最近少し明るくなったな。兄上もそう思いませんか?」

 そう言うのはユリアーナの2番目の兄ルドルフ。ユリアーナやリュディガーと同じく、ブロンドの髪にヘーゼルの目だ。顔立ちは2人にどことなく似ている。

「確かにそうかもしれない」

 リュディガーはフッと笑う。

「#あの件__・__#以来、ユリアーナはあまり笑わなくなったからな。ミュンヒハウゼン男爵令嬢も、あんなことになってしまったし」

 ルドルフの言葉に、ユリアーナの表情は少し曇る。

「おいルドルフ、ユリアーナの前であまり彼女の名前を出すな」

「あ! すまない、ユリアーナ! ついうっかりしてた!」

 リュディガーに注意され、ルドルフはユリアーナに必死に謝っている。

「ルドルフお兄様、あまりお気になさらないでください」

 ユリアーナは弱々しく微笑む。

「ユリアーナ……。俺がもう1度言うぞ。ユリアーナ、お前は何も悪くない。それに、ミュン……かの令嬢も悪くない。そもそも、悪いのはエッケハルディン子爵令息で」

「だからルドルフ! ユリアーナの前でそいつの名前も出すな! 特にそいつの名前はな!」

 リュディガーはルドルフの頭に思いっきり拳骨げんこつを落とした。

「うう……すまない、ユリアーナ」

 拳骨を落とされた頭を抱え、ルドルフはまたユリアーナに謝った。

「ルドルフお兄様、お気になさらないでください。リュディガーお兄様も、お気遣いありがとうございます。私も……いつまでも過去を引きずってはいけないと存じておりますので。それに……ルドルフお兄様が仰った通り、最近わたくしは少し心が軽くなりましたの」

 ユリアーナは最後、ふふっと明るく微笑む。

「そうか。もしかしてそれは、エマ嬢のお陰かな?」

 リュディガーは優しげにそう問う。

「左様でございますわ、リュディガーお兄様。エマ様には、本当に感謝しておりますわ」

 ユリアーナは嬉しそうに微笑んでいる。

「俺もそのエマ嬢に会ってみたいな」

 ルドルフは興味ありげな表情だ。

 ユリアーナ、リュディガー、ルドルフはそのまま馬車に乗り込み、夜会の会場へ向かうのであった。






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 ユリアーナ達は夜会の主催者に挨拶をした後は自由に過ごしていた。

 ユリアーナは1人ポツンと壁の花になっている。

 すると、何人かの令嬢達がユリアーナを見て笑いながらヒソヒソと何か話している。あまりいい笑みではない。

「まあ、ユリアーナ様よ」

「ユリアーナ様って、ケーニヒスマルク嬢のことよね?」

「ええ、そうよ。よく夜会に出られるわよね。わたくしなら相手の方々に申し訳なくて2度と社交界には出ないわよ」

 もちろんその声はユリアーナにも聞こえていた。

(……彼女達のような低俗な令嬢の言うことなんて気にする必要ないわ。気にする必要……)

『ユリアーナ様……私はもう……』

『ユリアーナ嬢、俺はユリアーナ嬢でなければ』

 ユリアーナの脳内に、2人の男女の声が蘇る。

(……お願い、もうやめて)

 ユリアーナは必死に平然を装うが、押しつぶされそうになっていた。

 その時だ。

「ユリアーナ様?」

「っ!?」

 不意に声をかけられ、ユリアーナはハッとする。

「……エマ様」

 ユリアーナに話しかけたのはエマだった。ユリアーナの表情は少し和らぐ。

(エマ様は、わたくしの過去をご存じなのかしら?)

 ふと、そう思うユリアーナ。

「ユリアーナ様、大丈夫でございますか? 先程からずっとお声がけしておりましたが、反応がございませんでしたので少し心配になりました」

 エマは心底ユリアーナを心配しているような表情だ。

「ご心配をおかけして申し訳ございません。実は少し疲れていただけでございます」

「あら、それは大変。人気ひとけのない場所に行きましょうか?」

「いえ、そこまでではございませんので。それに……エマ様とご一緒出来たら、疲れは吹き飛びますわ」

 ふふっと笑うユリアーナ。

「まあ、それは光栄でございます」

 エマは太陽のような明るい笑みになった。

(エマ様……。わたくし貴女のお陰で救われましたわ)

 ユリアーナは柔らかく微笑んだ。






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 季節は夏になった。

 今日はリートベルク家の王都の屋敷タウンハウスにユリアーナがやって来る。エマはユリアーナを王都の屋敷タウンハウスに招くと言っておいて中々実行出来ていなかったが、今回ようやく実行出来るのである。エマはワクワクしていた。

「エマ様、本日はお招きありがとうございます」

 ユリアーナは品よくカーテシーをする。

「ユリアーナ様、ようこそお越しくださいました。紅茶の準備もしてありますので、是非こちらにいらしてください」

 エマは明るい笑みで、ユリアーナを出迎える。そして、お茶会の準備がなされた部屋まで行く。2人だけのお茶会だ。

「以前、ユリアーナ様が仰っていたバルドゥル・アルメハウザー氏のガーメニー建国史を読んでみたのでございます」

 エマは明るい笑みでそう話す。

「お読みになられたのですね。いかがでございましたが?」

 ユリアーナはどことなく嬉しそうだ。

「確かに、興味深い観点から書かれておりました。しかし、ガーメニー王国のホーエンツォレルン王家とアトゥサリ王国のハプスブルク王家の力の関係性がよく分かりませんでしたわ。ユリアーナ様、教えていただけませんか?」

 エマは素直にそう聞くと、ユリアーナは快く頷き教え始める。

「まあ、左様でございましたのね。ユリアーナ様、教えてくださいありがとうございます。よく理解出来ました。ユリアーナ様は教えるのがお上手ですこと」

 エマは太陽のような明るい笑みになった。

「そう仰っていただけで光栄でございます、エマ様」

 ユリアーナはクールだが柔らかな笑みを浮かべている。

 2人は紅茶を飲みながら会話を楽しんでいた。

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