他の誰にも

ナナシリア

他の誰にも

 どこに向かっているんだろうか、俺は。


 受験勉強とはそんなことを思い起こさせるほど過酷なものだった。


 果たして高校受験をして目指している先は、高校に合格して入学することなのだろうか。


 入学してどうするか、残り二カ月半の戦いを乗り越えた先のことなんて、あまりにも遠く思えて、その状況を予測することなど出来そうもなかった。


 受験勉強が始まると、今が一番不幸なように思えて、これまでの中で楽しかった記憶だけを拾い集めて思い出す癖がついた。


 絶対に届かない高校を目指しているようで、何をすればいいのかわからなくなって、どうすればいいのかわからなくなって、八つ当たりをした。


「だから俺は、消えてしまってもいいんだよ」

「でも、君は全部乗り越えて今ここにいるんじゃないの?」


 受験会場だっていうのに呑気なことだ。


「まさかここが第二志望以下だったなんてことはないよね?」

「昔からずっと第一志望だよ」


 人生を変える一大イベントだっていうのに、初対面の人にわざわざ話しかけるだなんて、どこまでも緊張感がない。


「この場にいる受験生の半分以上は受かるんだから、別に『俺』はいなくてもいい」

「受かる人はいっぱいいるけど、君が受かるためにこれまで努力してきたのは? それを証明できるのは?」


 彼女は俺の目を見て言った。


 落ちたら俺の努力不足が証明されることになる。それが俺は怖くて不安で仕方がない。


「それでは試験を始めますので、皆さん前を向いてください」

「君にしかできないことを、思い出して」


 後ろを向いていた彼女は、最後に余裕そうにそんなことを言って前を向いた。


 例えばテストがうまく行かなかったあの日。例えばこの高校は無理だと言われたあの日。


 俺は、自分のことが大嫌いになって、こんなに苦しむのなら消えてしまえと思った。


 でも俺の悲しみは、苦しみは、今を戦う動力になった。


 その事実は、今になって合格への道筋を明確に照らした。


 道筋はあまりにも遠くて、可能性はあまりにも薄くて、だけど俺はまだ、この会場で戦いに参加出来る。


 俺が受かるために、努力したのは誰だ。


 俺のこれまでの努力をこの先の戦いで証明できるのは誰だ。


 自分のためにした努力をこの先へ持っていくことは、他の誰にもできない。


 俺が戦うしかない。


 闘志が漲る。


 ふと前の座席の少女を見る。


 彼女の顔は見えなかった。


「はじめ」


 俺が努力してきたのは、なぜだ。


 俺の緊張が、鬱陶しく思えた。


 逆立ちしても届かないような高校。


 シャーペンを握る手が唸りをあげた。

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他の誰にも ナナシリア @nanasi20090127

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