解答編

 夜が迫る教室で、ボクは手紙の差出人を呼び出していた。なんだか、これからボクが告白するんじゃないかと思うほどお洒落なワンシーンだけれども相手の表情は晴れない。別に悪いことをしているわけでもないんだから、もう少し穏やかな顔をしていてほしい。せっかくの綺麗な顔が台無しだった。


「どうして、こんなところに呼び出されているの?」


 差出人は、あくまでこちらが気が付いていないと思っているのか平静を装って聞いてくるけれども、さすがにこの謎を見抜けてその下手くそな演技を見抜けないわけはない。視線は泳いでいるし、目はこの空き教室に入ってきてから既に一分ほど経っているのにこちらの顔をまっすぐに見てくれない。


「一応、八坂さんに初めて話してみたらこの後、バトミントン部の練習が終わったらこの教室まで来てくれるって。思いを伝えるなら今なんじゃない?」


 初めて話す相手には緊張してしまったけれども、そんなボクとは正反対で八坂さんは優しく丁寧に話してくれた。少し話しただけで、この人を好きになる理由はよくわかった。黒板の上にある時計は午後五時四十五分を示しており、バトミントン部の練習は六時ちょうどに終わるようになっている。


 さすがに時間ちょうどというわけにはいかないだろうけれども、残された時間は三十分もないだろう。理想を言うなら、目の前にいる差出人が告白する覚悟を決めて八坂さんに直接、思いを伝えるべきだと思うけれども強制をするつもりはない。


 ただ、八坂さんが紫苑に依頼してその謎ときに協力したんだから犯人の名前を紫苑と八坂さんに言う必要はある。ただ、ボクから八坂さんに勝手に伝えるのは酷というか最善の形ではないと思ったから、わざわざこうして差出人を呼び出して、後から八坂さんが来てくれるように段取りを組んだ。


「八坂さん? いったいなんのこと?」


「もちろんわかっていると思うけど、八坂さんの机に入っていた手紙の件だよ。差出人が不明のラブレターの謎。その差出人が見つかったから教えてあげようかなって」


「へえ、そうなんだ。まあ幸恵も面白がっていたけれどもあの子は真面目だから抱いてもらった好意にはちゃんと答えたいって言う子だし、早く教えてあげれば」


 まさかそんな返しをされるとは思っていなかったけれども、逆にそれが普段とは違う心情を如実に表しているのがわかってなんだか可愛い。


「ちゃんと好意を受け止めてもらえるってわかっているなら、自分の口から言うべきだと思うよ。ボクはね」


 これは恩返しのつもりでもあった。もちろん、八坂さんへの告白が成功する確率は高くないだろう。成功か失敗かの五十パーセントでは測れないのが恋愛だから、簡単なことを言うつもりはない。現に、ボクだって片思いをしているわけなんだからそういう気持ちは自分のことのように痛いほどわかる。


 でも、だからこそ背中を押してあげたいと思った。


 それが、自分の好意に嘘をつく行為だとしても八坂さんが向けられた好意に真摯に向き合うように、差出人がラブレターに好意を込めたように、僕はここで差出人にちゃんと事実を伝えることが自分の気持ちに向き合うことだと思っていたから。


「もちろん、強制するつもりはないけど。君はどうしたいの? 紫苑」


 僕がその名前をよぶと、ようやく目の前にいる小伏紫苑と目線があった。やっぱり力強くて、それでいてその中心にはどこか悲しさも漂うこの目が好きだ。黙ってこちらを見つめてどれくらいの時間が経っただろう、三十秒かそれとも五分くらいの時間だったような気もする。ただ、諦めたように溜息をついてから紫苑は話し始めた。


「どうしてわかったの? ばれないようにはしていたつもりだったのに」


「まず、疑問に思ったのはやっぱり三人ともラブレターを出すような人には見えなかったこと。ただ、別の席にいれるのを間違えたとも思えない」


「どうして?」


 その仮定は差出人が別のクラスにいた話だ。そして、それはありえない。


「基本的にうちの学校は帰る時には机の周り、机の中とか横のフックには何も掛けないようにするのがルール。だから、あのラブレターが机に入れられたのは発見された当日の朝。そこまでは問題ないよね?」


 紫苑はこくりと頷く。


「朝の忙しい時間に差出人が黙って職員室から鍵を拝借したのは間違いない。だけど、鍵が職員室に戻っているってことは必ず職員室に戻る必要がある。別に鍵を借りる時のように声をかけるまでしなくてもいいけど、無くなっていた鍵を他のクラスの生徒が持ってくれば、怪しまれるのは間違いない」


 紫苑は沈黙したままだから、肯定だと受け取ってボクは続ける。


「クラスメイトが好きな相手の席を間違えるとは思わないから、その説はない。じゃあクラスにいる大橋君、塚本君、蔵本君もそうだし八坂さんなら他の人の説もあり得るけれどもそもそも八坂さんは真面目だってことはみんな知っているし、好意をちゃんと受け止めるのなら名前を書いたラブレターであれば誰にも言わずにしっかりと受け止めてくれるはず。匿名のラブレターを出すことに整合性がないんだ。」


 少し話しただけのボクでもわかるほどいい人だから、好きになるほど関わっているならそれくらい知っているだろう。もらったラブレターを言いふらしたり晒し物にはしないはずだ。それは、クラスメイトみんなが知っていることだった。


「なら、名前を書かなかった理由は一つ。ラブレターを受け取って、何かあったときに相談してもらえる立場にある紫苑。君が出したと考えるのが自然だった」


「なら、どうして直接言わないの。私と幸恵の仲なら別に呼び出すことなんて難しくないし、電話だってメールだってできるんだから」


 確かに、そこは難しかった。けれども、ラブレターというものの意義。好意を伝えるということのみに絞って考えれば、何となくだけど答えは出た。


「ここからは想像なんだけれども、きっと自分の気持ちに無理やり踏ん切りをつけようとしたんじゃないの?」


 紫苑はすごく良い子だ。それはボクが誰よりもわかっている。だからこそ、女の子同士の恋愛という気持ちに複雑な感情を抱いてきっと八坂さんに自分の気持ちをいいだせなかった。だけど、気持ちが抑えきれなくなることもある。


 そして、八坂さんは好意を真面目に受け止めてくれる分だけ、今の関係が壊れる可能性も高い。でも、ずっと言えなかった気持ちをどうにかして伝えたい。だからこそ、無理やりにでも告白しないといけない状況にするためのラブレターだった。


「八坂さんは、紫苑のことを信頼してくれているから、きっとこういう真面目なことを相談するなら紫苑に話すんだと思う。あとは、ラブレターの差出人を紫苑の口から明かせば形の上では告白になる。あってる?」


 紫苑は何も言わない。そうしていると、少し遠くからランニングシューズで廊下を駆ける音が聞こえてきた。ボクは黙ったままの紫苑を教室に残して前のドアが開くと同時に後ろのドアを開いて教室から出た。


 ぼんやりと、いつも紫苑と帰る待ち合わせに利用している校訓を書いた石碑の前に立っていると、そこに目を腫らした紫苑がやってきた。きっと気を使わせないようにと八坂さんとは別に帰るつもりなんだろう。


 それくらいの我儘は言っても許されるはずなのに、やっぱり良い子だ。ボクはそんな彼女がいじらしくて、そっと抱きしめていた。沈んでいく夕日が、一つの恋が終わったことを物語っているようだった。

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恋愛探偵~匿名ラブレターの謎~ 渡橋銀杏 @watahashi

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