ヒント

 次の日に登校してから朝のホームルームと一時間目の間にあるわずかな時間で、まずは暇そうにしていた蔵本君を呼んだ。


 背が高いせいで少し圧があるけれども、話しかけると快くついてきてくれた。さすがにラブレターを出した人を探すというデリケートな話だからわざわざ教室から離れて階段の踊り場まで移動する。


「ここなら、クラスの連中に話を聞かれる心配はないかな」


 そう言って振り向いた先には、ボクと紫苑だけしかいない。他の人には話の内容を聞かれたくないし、廊下に人は少なかった。内緒話をするには絶好のタイミングだ。


「それで、話ってのはなんだ? あんまり話したことがないはずだけど」

 

 それは当然の疑問だ。ボクも話したことがないから緊張する。


「聞きたいことがあるんだけれども、先週の金曜日。朝は何時に登校した?」


 手紙をいれられた当日の朝、八坂さんは誰にもばれないように手紙をカバンにいれたといっていたからここでスムーズに答えられるのは怪しいところなんだけれども。


 蔵本君は少しだけ考えてから答える。


「金曜日? 覚えてないけど、いつも通りなら三十分ぎりぎりじゃないか?」


 あまり詳しくはないけれども、蔵本くんはそこまで真面目な生徒ではない。たまに遅刻しているところも見かけるし、そもそもバスケ部の練習で忙しいからなかなか朝早くに登校してくる気力が残っていないのだろう。嘘をついているようには見えなかったし、金曜日という時間に特に何か反応を示したわけでもない。


「じゃあ、木曜日の放課後は?」


「金曜日もだけど、放課後は練習があるからなあ。授業が終わってすぐに部活へ行くからよくわからないな」


 そう、三人に共通する点は部活。それもかなり強い部活に所属しているから授業が終わればすぐに練習が始まる。練習を見たことはあるけれどもかなり厳しそうで、サッカー部は朝練もある。疲れ果てた体、しかも汗で汚れた状態で教室まで戻ってラブレターをいれるだろうか。できることなら綺麗な状態のラブレターをいれたいと思うはずだから、可能性は低そうだ。


「そうだよね。じゃあ、ちょっと話は変わるんだけども八坂さんの事は好き?」


 ボクが聞くと、蔵本君は意外と初心なのか顔を赤くしている。


「え、いや。まあ、確かに八坂の事は好きだけどさ……それがどうしたんだ?」


 もしかして、八坂さんと紫苑が仲が良いから何かあるのかと期待しているんだろうか。ごめん、そういうのではないんだ。何か協力できるわけじゃない。


「いや、何でもないんだ。参考までに聞いておこうかなと思って。ありがとう」


 申し訳なくなったボクと紫苑は、蔵本君にお礼を言ってそのまま教室に戻った。



 さすがに連続で呼び出していると誰かに怪しまれるかもしれないから、一時間目が終わって休み時間になったタイミングで次は大橋君に話を聞くことにした。


 彼はサッカー部で、長身のイケメン。この三人、仮に誰が八坂さんの隣を歩いていても絵になりすぎる。


「ちょっと、時間もらってもいいかな」


 そう言って呼び出したのは、やはり階段の踊り場。みんなが利用するのは教室に近い中央階段だから、この時間に西階段の方にくる人は滅多にいない。


「それでどうしたの? もしかして告白?」


「いや、そうじゃないんだけど。先週の金曜日、朝は何時に登校してきた?」


「金曜日? ちょうど一週間前のことなんか覚えてないなあ。でも、金曜日は朝練がある日だからいつも通りの時間に来たと思うぞ」


 サッカー部の朝練が終わるのは八時ちょうど。そこからゴールとかボールなどの用具を片付けて、着替えてアミノバイタルゼリーやおにぎりを軽くつまんでから教室にやってくる。チャイムが鳴るのと同時にサッカー部がぞろぞろと教室に入ってくる光景はこの学校の日常だった。そして、その時間では八坂さんも登校してきている。


 なら、朝練中は?


「いやいや、朝練の間に抜け出すことは無理だって。うちの顧問が厳しいのは有名だろ? 生徒指導の。そもそも、教室の鍵が開いてないしな」


 いくら部員数が多いとはいえ、さすがに抜け出すのは無理か。それに、教室までなら見つからなくても鍵を借りるために職員室へ行くならスパイクは履き替える必要がある。ちょっとトイレと言って抜け出すには時間がかかりすぎる。


「そうだよね、ありがとう」


「ん、わかった。また何かあったら言ってくれよ」


 突然、呼び出されて何も言わずに質問だけされた側なのに、大橋君も優しい笑顔でボクたちを解放してくれた。なんとなく、みんないい人だと思う。


 昼休みにボクらが呼び出したのは候補者三人目の塚本君。


 彼は、ほとんどこのクラスでは喋ることがない。特に女子とは八坂さん以外の人と話していることを見たことがないから、好きというのは間違いないと思う。堅物な顔をしているけれども、顔には出やすいタイプだと聞いた。


「金曜日の朝? 早めに登校しているけど、それがどうしたんだ。だいたいいつも八時前には登校しているな」


 塚本君は真面目な生徒だし、ラグビー部は遅刻や提出物など学校生活に関してもかなり厳しいルールがあるらしいから早くに登校しているんだろう。例えば、謎のルールである帰宅時に机の横にあるフックに物をかけない。机の中に物を残さないというルールも律儀に守る。しかし、八時十分には到着しているとは思わなかった。


「じゃあ、その日は鍵を借りに行ったりした?」


 朝のホームルームが始まる三十分より三十分も前。ボクはいつも二十分頃に登校してくるからわからないけれども、鍵を借りに行くこともあるんじゃないだろうか。


「いや、普段は自分が鍵を借りるのが普通だけれどもその日は既に教室が開いていたな。ただ、教室に来た時には誰もいなかったから不思議には思っていたんだ」


 教室の鍵が開いているのに、誰もいない?


 それは不思議な状況のように思えた。誰かが八坂さんの机にラブレターをいれて、そのまま荷物を持ってどこかに立ち去った可能性がある。


「その鍵がないと困るから先生に借りに行くと誰が借りたのかわからないらしい」


「どういうこと?」


 職員室の鍵は、部屋の手前にはあるけれども誰か先生に言って許可をもらってから入口にある鍵を取る必要がある。許可というほど厳しいわけではないけれども、先生のうち誰かは知っているはずだ。ただ、距離からして先生の誰も見ていない時間なら鍵を取ることも可能ではある。朝なら職員室もいろいろ忙しいだろう。


 放課後には警備員さんが教室の鍵が閉まっているか確認するから、朝になって先生の許可を得ずに鍵を借りた人物がいる。そして、その犯人はかなりラブレターの差出人である可能性が高い。あまりにも偶然がすぎる。


「つまり、誰かまではわからないけども。金曜日のみんなが登校してくる前には、誰かが鍵を借りて教室に入って、そのまま荷物ごとどこかに消えたってこと?」


「それが誰かはわからないけれども、その可能性があるな」


「なるほど、ありがとう」


 塚本君に別れを告げると教室には戻らず、ホームである図書室に足を向けた。


 あとで先生に確認すると、いつの間にか鍵は戻っていたらしい。


 まず、塚本君の言うことが嘘ではない限り。いや、嘘ではないと仮定する。先生が言っていたという言葉は、もちろん信頼度は抜群だが嘘の付き方としてはおかしい。私たちが先生に質問するようなことがあれば先生からすれば生徒に嘘をつく理由がない。なら、塚本君は八時に登校してきてその時点で鍵はどこにもなく教室の鍵は開いていたというのは本当だろう。


「まあ、登校してきたときに誰もいなかったのならそのままラブレターを机にいれることはできるんだけどね」


 この中で、塚本君だけは嘘をつくことなくラブレターをいれることができる。

 

 ただ、先に教室へ入っていた人の怪しさはぬぐえない。


 残りの二人、そのうちで朝に自由な時間があるのは蔵本君。


 例えば、三十分に教室に来るまでラブレターを入れ終わってからどこかに潜んでいた可能性。この広い校内なら隠れる場所なんていくらでもあるから、それも不可能ではない。ただ、見つかれば間違いなく注目はされるだろう。いつもは遅刻ギリギリで登校してくるか、遅刻ばかりの蔵本くんがそんなに早い時間から校内にいれば不思議に思う人がいるはずだ。背が高いから、遠くからでも目立つし。


 なら、大橋君はというとサッカー部の朝練があるから校内にいることは珍しくないし例えば朝練が始まる七時前から学校に来ていれば自由に行動できる。仮にボクがなぜか七時前の学校にいて大橋君を見かけても、なにか練習前に忘れ物を教室に取りに来たんだろうとしか思わない。


「三人とも、怪しいと言えばあやしいね。ただ、三人に共通するのは名前を書かない理由がわからないってこと」


 ボクの持ってきたのど飴を舐めながら、紫苑がぼそりとつぶやく。図書委員の仕事をこなしながら、犯人を捜していた。ボクもなんどか手伝っているから慣れっこだ。


「誰か別の人に見つかるのを恐れていたとか? 八坂さんなら気づいてくれると思っていたのかも」


「でも、さすがにそれは……そもそも、それならメッセージを送ればいいわけだし。三人とも幸恵とは連絡先を交換してるから」


 まあ、三人ともメッセージで告白というのは男らしくないから嫌がりそうだけど、それならラブレターも同じ気がする。どうしても、仮に三人が告白するなら体育館裏に呼び出してというイメージばかりが浮かんできて、それが思考を邪魔していた。


「あのラブレターなら八坂さんが差出人が誰かわかったとして、そこで確認を挟む必要はあるから。それなら、メッセージで呼び出して告白するのと変わらないんじゃ」


 確実性のない匿名のラブレター。それも、例えば普段から使う口調で書かれてあるとか筆跡が同じとかならともかく、八坂さんによるとこの筆跡は見たことがない。鑑定士でもない八坂さんの意見だけれども、少なくともこの時点で差出人の目論見は崩壊している。どうしてこんなに回りくどい方法を取った?


「あ~むずかしい。紫苑、新しいチョコレートあけるね」


 ボクは紫苑に断ってから、ばりばりと袋を開いた。口に放り込むと、甘さが広がって脳に栄養が送られていく。


 熱をもった頭で思考しろ、なぜ犯人は匿名のラブレターという形をとった?


 それでいて確実に気づかれる方法は?


「そうか」


 その時、ボクの頭に一つの答えが浮かんだ。思えば簡単な答えだった。ラブレターは正直、誰にでもいれられる、でも匿名のラブレターでヒントがない状態でも八坂さんが差出人の名前を確実に知ることができる。

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