6 盗賊騎士編6話:神理に沿って

 組み立てられた高い建造物、投石機の機械仕掛けが動き出す。

 大きな巻き機が複数人の手により回され、縄を段階的に巻き取る。長い木製の腕がその動作で下がり、石の錘が詰まった大きな箱が反対に上がって停止。止め具が外されて箱が下がって直下へ、腕がその力で上がって直上で停止。腕の先にある投石の縄が振れ、縄先の布ポケットに置かれた石塊が力を受け取って飛ぶ。

 設置した平衡錘投石機は七機。巻かれて腕を上手に振るって石塊を投げるを繰り返して城門とその上の門楼、両隣の塔を昼夜叩き続ける。修復されないよう絶え間無く。

 向かって左の塔は崩れて高所からの射撃を困難にした。

 門近辺の狭間も大穴に変貌し弓兵を壁向こう側に隠さない。

 表門扉は既に崩壊し、中の落とし格子は歪み、裏門扉は健在。

 石塊の種類は様々。今日使っている投石機の設計に合わせて人間の大男程度の重さになるよう、また変な動きをしたり布ポケットに収まり辛い形にならないよう球形に近づけ削った物を使用する。

 単純な石が不足したなら壁外の建造物を解体してレンガ壁の断片を用いるのが手頃。商人が値を付けなかった古い石臼も良い。付近の樵が掘り返して放置していた切り株も使われた。石詰めの袋も使われた。

 破壊を目論む城壁は厚くて高い。この貧しい地方でこの規模で用意出来るのはここだけ。

 旧帝国が敷いた領国制の中でヴェスタアレン領は生まれた。同名ヴェスタアレンの大湖と連なる河川における水運管理、河賊の発生抑止を目的とした。

 神命軍が攻略中の、ヴェスタアレン領の中枢となるアレン城は難攻不落の名城として知られる。

 湖の北岸部から半島が南に突き出ており、その付け根が厚く高い城壁一枚で守られている。四方を守らなくて良い分この一枚に金が掛かっている。

 そこから城下町が連なって、半島の先にある島に本城が立ち、その隣の島に支城が立つ。

 ここは水軍無くして完全な包囲は出来ない。そしてアレン城は港湾機能を備えており、水軍も警備と商用で高い練度を維持しながら高い収益を獲得して無理なく現役体制を維持している。

 湖は河川と接続するが、海と違って他所の港から対抗し得る艦隊を回航してなど来られない。無理にするなら大国の大事業規模。

 貧しい内陸地方の中で一点だけ水運にて富むことによって難攻不落を実現していた。

 神命軍が城攻めを試みたのはアレン城の前に四つある。

 一つ目はイストルの旧領フヴァルク城。無血降伏にて城兵八〇名を遠征軍に加える。

 二つ目の城には、今稼働中の平衡錘投石機で火を点けた藁巻き油塗りの砲弾を撃ち込み、破壊と火災の恐怖で降伏させた。統制された略奪による一回目の財宝分配が成る。

 三つ目の城にも火炎砲弾を撃ち込んだが、こちらでは降伏も長く拒んで、風もあって大火となり城と城下町の価値が激減。略奪品を金に換える商人も顔を渋くした。

 四つ目の城は、山という程高くはないが断崖絶壁に囲まれて攻略にも時間がかかり、略奪品も見込めない小城。包囲は断念してアレン城の攻撃を急いだ。遅々としていてはヴェスタアレン領軍の反撃が始まる。

 四城を攻めた感触として、領主ベルトナーにはどうにも求心力があった。神命軍に加わる者、降伏した者の言からも強くて頼れる名君という評判。確固たる経済と防衛の拠点を抑えて所領を拡大し躍進した傑物である。

 災害や紛争に見舞われながら、有効な同盟関係も築かず一城主に留まり続けた弱く愚かなその兄、故フルード如きとは違った。

 フヴァルク城のように真っ先に降伏したのが特例。火炎砲弾に驚いて降伏した城もあるが、あれは単純に防備が弱かった。

 イストルの肩身が攻め上がる度に狭くなっていた。親の仇という大義名分が無ければ、神命であるという枷と支えが無ければ、略奪は公平という証明が出来ていなければ軍の維持は不可能。復讐軍ではなく神命軍としたのはエリクディスの慧眼である。

 叔父と甥の復讐劇の脇でスカーリーフにエリクディス、他神官と魔法使い達が集って車座で神学論議に勤しんでいた。門外漢から見れば勉強が出来る馬鹿の集まり。

「私が皆殺しにしてくればいいじゃん。のろのろやって意味ないじゃん」

 地道に砲撃で壁を崩しているのがスカーリーフにとっては苛立たしい。あの程度の壁は登ればいいし、一人で守備隊など皆殺しに出来る。強者が過ぎる故の論だ。

 これは乱暴だが一理ある。領主ベルトナーがいつ水上に脱出してどこぞの港へ逃れるかも分からない。

 また包囲側は食糧を減らして餓えに向かっている中、アレン城は余裕で水上から補給を受けている。

「戦乙女の本分はそれではありません」

 否定されたスカーリーフ、その言葉を発した神官の足へ手を伸ばして掴んで引きずり寄せる。何も言わず顔色も変えず。

「これ止めんか!」

「えー」

 エリクディスの叱責で解放され、事なきを得た神官は平身低頭で謝罪した。その同僚など掴まれた跡の確認に衣をめくり、脛とふくらはぎが手形の腫れになったのを確認して、もしや聖痕と見做せるのでは!? と興奮。一般人と感覚は異なる。

「単騎突入は戦乙女の神理に反するんだ。戦神による懲罰戦争の体でなければ任せきりなどありえん。各々方、間違いはあるだろうか?」

 スカーリーフの逆鱗に触れないエリクディスを通さねば会話もままならぬので、知見を集める形で論議を再開。

「まずは前例から考えましょう……」

 博覧強記の神官の一人が、戦乙女の召喚があった戦争や、戦神が直接手を下した戦争がどのように遂行されたかと例を挙げていく。流石の専門家は、エリクディスも知らない物語を多数挙げていく。そしてやはり戦乙女による単騎突入、単独決着は使徒としての権能にそぐわなかった。

「……今回の戦いの参考になりそうな戦例はまずこのぐらいにして、やはり死神の神官から神理を聞きたい。こちらが一方的に主張しても御二柱の意向に沿うとは思えない」

「では。おめおめ逃がして時期を遅らせるのは死の神命に悖ります。この貴公子こそと推しておいて駄目だから次までお待ちを、とは特にお忙しい死神に申し訳が立たない」

 ごもっとも、と神学に堪能な者達が声を合わせた。

「では折衷しようか。妥協する分は別の行いで徳を積み、何かご奉納するしかあるまい」

「なるほど。であれば尚の事その別の行いが留まりを知らないことにはならないよう見通しをつけねば」

「然り然り」

 スカーリーフが地面を掴んで土を握ってエリクディスの顔に投げ付ける。

「なんじゃいこの! 話が嫌なら飯でも食って散歩して来い……あ! 一騎駆けも煽動も許さんからな!」

 フヴァルク城では旗を落とす役目があったものの、他三城では攻城兵器が動いている様を眺めるだけだったスカーリーフには鬱憤が溜まっている。いいから戦わせろ、と。


■■■


 城壁は市街地安堵、油の節約、本城破壊のため砲弾への火炎纏いは控えられている。埃は立つが煙は立っていない。

 砲撃停止。戦乙女見習いスカーリーフ、未だに血で汚していないエリクディス見立ての装束で単騎城壁に向かって歩く。まず短槍を投げ、城壁の内側に落とす。

 塔と城壁から弩が彼女を狙う。構えた者から右に持った紐の投石器で、足元に転がる石ころを掬い上げては一投一殺。鎧板金など抜ける。

 迫る矢は左の盾のみならず、額当てや小手を使って反らす。避けるために足腰を使う気は無い。

 そしてスカーリーフは少し助走をつけてから、投石器を口に咥えて石壁の、組石の隙間や傷、凹凸に手足の指を引っかけて蜥蜴のように壁面を登り切って壁越え。あっさりと進入、内側に飛び降りる。

 尚、左の盾は小さく、前腕と手の平に革帯一本ずつ通して保持する型で手指は自由。

 投げ入れた短槍を拾って大通りへ入る。彼女にとって城壁程度に大仕掛けは不要。苛立つ理由の一つはこれ。

「戦乙女と名乗るのはお前か?」

 年嵩の声をした老騎士が剣と盾を構えて言う。周囲を守備兵が槍を持って囲い始める。並の達人程度ならこれで負けが確定する包囲陣形だ。

 ようやく戦える。スカーリーフは口の端を上げ、老騎士へ両手持ちで短槍の一突き。盾受けされたが貫いて、胸甲に穂先が刺さって板金に噛み応えがあったところで持ち上げ気味に、まだ伸びきっていない肘膝足先で相手の全体重も利用した二度目の吊り上げ押し込み。板金抜いて胸骨裏側の心臓までねじ込み、身を反転、竿の背負い投げ。途中で捩じり、槍は死体と穂先が取れて棒になる。相手の重さから解放されれば次の攻撃にも隙が無い。

 治癒なり不死に近づく奇跡がこの老騎士に施されていても、心臓に穂先の一鉄が残れば容易に力を発揮しない。復活したその瞬間にまた死ぬよう仕掛けた。

 スカーリーフは棒に替えの穂先を付けて槍に戻し、兜の隙間から老騎士の目を刺して脳髄を掻き、死体突きで生死確認してから固く握った剣を、指を圧し折って奪って素振り。

「かなり良いやつじゃんこれ。次は?」

 守備兵は腰が引ける。他の騎士は構えが固くなる。

「はん? あー」

 スカーリーフは己を囲う守備兵、その怯える姿を一瞥して理解した。今殺した老騎士が城内では並ぶ者無く飛び抜けて最強だった。そして死体から、イストルの異母兄フルンツが”戦士の館”に招かれた時より強く極光のように輝くもやが天に昇り始める。老いてなお盛んであった勇士の魂が一つ回収された。

 戦神におよそ武力のみで認められた者には贅沢な悩みがある。

「誰もかかってこないの!? ”戦士の館”は勇士に扉を開く! 臆病者に開かない! いない? いない?」

 指を差せば、普段は戦士や騎士だと胸を張っている者達が思わず首を若干横に振る。

 背後から飛んできた矢をスカーリーフは音で察して掴んで、鏃をもぎ取って投石器で投げ返して城壁上の弩兵を穿つ。鎧も胴も貫いて壁に刺さる。

「戦神を奉じる戦士はぁ!? 見習いとかだけど、戦乙女が殺してやるよー! ほら、こう、なりたい奴いるんでしょ!?」

 虹彩のもやがゆらめく老騎士の死体を指差しても反応はつまらないまま。スカーリーフは怯える兵士の槍を掴んで、己の喉元に寄せる。

「ほら刺せ!」

 悲鳴、刺さない。臆病者の腹に蹴り、のたうち回るだけで死んでいない。

 戦乙女の本分から、攻め掛かってくる者以外を悪戯に殺してはならないという神学見解が出されている。性分に合わない見解を守るために、我慢した分を発散したいスカーリーフだが、相手が不足。

「あーも。オーク共、反乱しないかなぁ」

 スカーリーフはぼやきながら、左に小盾と槍、右に剣と投石器を持って城下町を進む。今のところ町内には一発も石塊は着弾しておらず破壊の跡も無いが、住民は避難が完了していて閑散としている。

 家屋、商店の鎧戸をもぎ取って中を窺っても空の棚ばかりが目立つ。およそ換金可能な物品も避難した跡。

 これではエリクディスに隠れてお小遣いを懐に突っ込むどころではない。

 ある若い騎士が高い声を上げて突撃してくる。剣で槍の柄を圧し折って、踵で腹を押し蹴って転がした。

「あんた金持ってる?」

「え、いえ、財産なら村が一つ」

「んあぁ、もー」

 その首に、鎖帷子を破って剣を突き入れ、捻って広げ、胸を踏み、柄を握って尚長く余る指を眼窩に引っかけもぎ取る。首飾りがあったが、商人に略奪品として納品するとエリクディスに悟られるので諦めた。

 戦乙女ともあろう者が略奪など醜く卑しい! 雑兵のような振る舞いなど恥を知れ! と、うるさく言いそうである。

 城下町の半島と、離れ島の本城を繋ぐ跳ね橋がスカーリーフを見て巻き上げられ始める。半島側から橋の裏面が見え、本城門に向かって繋がる二本の鎖が収められて行き、そそり立ち始めた。

 スカーリーフは、もいだ首を先に本城内へ投げ込んでから、助走をつけて跳躍して跳ね橋に飛び乗り、傾きつつある坂を滑り降りて入城。

「領主ベルトナー出てこい!」


■■■


 神命を伴う戦争は俗人の戦争と異なる論理で進んで奇々怪々。戦争政治が生業の貴族達は話を聞きながら眉間に皺を寄せて理解に努め、専門家である神官と魔法使いも互いに、これで合っているか? と確認を取り合って事前協議を終える。

 領主ベルトナー、戦乙女見習いスカーリーフにより拘束された。

 アレンの城下町を守る城壁攻めは、それはそれとして続行された。ベルトナーの拘束と神命の奇天烈さで指揮も統制もなおざりになり、城下町の守備隊は降伏して捕縛。

 神命軍は城下町に侵入した。彼等の報酬である財貨、餓えぬための食糧は全て持ち去られて湖の彼方。家具類は高級品も含まれるが何分重量物ばかりで、輸送手段を考えると商人達も渋く、買い取り拒否となる。

 神命軍が実り少ない略奪をしている内にヴェスタアレン領軍三〇〇〇は、アレン城解放のため近郊に到着。指揮官はベルトナーの長子。

 神命軍代表としてエリクディスはアレン本城に入っており、降伏勧告ではない通告を行っている。

「まず、こちらの檄文の内容、ご存じかな」

「知っている。我等の小さな運命など大河の前には空しいと感じるところだ」

「ふむ、そういう言い方も出来るな」

「そちらは戦神の神命を帯びた上で戦乙女を刺客のように濫用した。その上であの我が軍と戦わず決しようというのであれば臆病の重ね塗りではないか?」

「ほう、言うたな。これには神命二つがかかっておるでな。少々混み入る」

「私怨のみならば聞く耳持たないが、神命とあらば止むを得ない」

「さて、一つ目はイストル卿とベルトナー公は決闘をして頂く。二つ目はその後、決闘結果にかかわらず両軍会戦にて決着をつける。これが戦神と死神、双方の御意思に適うものとこちらの神学論議で結論を出した。城に残る兵はそのまま、外の軍と合流して貰って結構。城下町の守備兵、捕虜も解放するが装備は奪った後だ。そちらで工面するといい」

「形式は分かった。それで疑問だが、兄の仇をイストルが討つというのが本当に神命に適うのか? その所縁があったとは思えないが」

「適当な人物を探していたワシが導き出したのが縁だ。そして仇討ちにて今生の憂い、ほほ祓い清められたとし、フレースラント王国へ連れて俗世界より離れる。檄文の通り、お相手はお待ちだ」

「私が勝てば?」

「イストル卿がただ死ぬだけで特別なことはない。我々がお怒りを買うかもしれん。次に戦神の神命の話だ。先に戦乙女、見習いだが、刺客のように濫用と言ったな。解釈は正しい、こちらもそう考えた。であるから、この神命軍はヴェスタアレン軍と正面から合戦をして戦神に奉じるものとする。これにて濫用の点、お返しする」

「これもこちらが勝てば?」

「皆殺しにするなり奴隷にするなり好きにすれば良い。負ければ賊軍、賊徒の処理方法など、こちらからそちらに教授する必要などないだろう」

「戦乙女の、あの見習いも?」

「あやつをどうこう出来る心算ならやってみるといい。武芸のみで戦神に認められた事実は生半可ではないぞ」

「一方的に感じる」

「持てる者から持たざる者が多く奪おうとするのは世の均衡だ。特に野心高ければ尚のこと。大王など良い例だ。懇意にしている神殿や魔法使いなど、相談されたか?」

「先にエリクディス殿、あなたを雇えば良かったのか」

「それは多大な賛辞。しかし接点は無かった。運不運の以前に繋がる可能性が無かった。イストル卿には、賊に身をやつすほどの窮地にあったからこそあった。上流には上流、下流には下流の流れがあるものだ」

「大王の重臣であった亡き父に言われたことがある。高い程に転びやすい」

「もっともだ」


■■■


 アレン城近郊、野原にて。

 異母兄フルンツの両手剣を担ぐイストル、剣と盾を持つベルトナー。両者、鎖帷子の上に板金甲冑を着こんだ鎧騎士姿。生身を晒すのは兜面帽の隙間、眼球。板金が守らず鎖帷子を晒すのは動きが激しい関節部の一部。

 神命軍とヴェスタアレン領軍が対峙するおよそ中間地点へ両者歩み寄って、間合いに入った時点で開始。

 増量したイストル、漲る体力と復讐心にて両手剣を担ぎ、先制の袈裟斬り。

 ベルトナーは斬撃を盾受けしながら身体の軸をずらして流し、その地面を叩いた袈裟斬りの姿勢で開いたイストルの右内股を剣で突く。鎖帷子を破って剣先が肉を裂いた。

 イストルの両手剣振りの二度目は、距離を取ろうと退き始めたベルトナーの剣、その鍔元への強打。叩き落とす。

 ベルトナー、咄嗟に盾も捨ててイストルの傷ついていない左脚に組み付いて寝技へ持ち込もうとする。怪我をした右脚ならば踏ん張りが利かないだろうという目算。

 散々スカーリーフに転がされたイストル、太くなった脚にて余裕で耐える。両手剣の柄でベルトナーの首後ろを、背筋から昇るよう、甲冑と兜の隙間を狙い後頭部を打突。

 倒れたベルトナーの兜をイストルは外し、鎖帷子の帽子を捲り、短剣で皮膚と脂肪を裂き、赤い筋を切って広げ、見つけた白い骨に刃を当て、もう片手で刃の背を押し込んで前後に挽き切り、残る筋と皮膚を切って剥して生首を作って掲げる。

 咆えた。

 神命軍、合戦前の決闘代表者の勝利に諸手を上げて沸き立つ。

 ヴェスタアレン領軍、大将討ち取りは戦場の常とはいえ、遠くから見ればこそ落胆の色、彩度が落ちて見えた。

 両手剣を杖に、破れた鎖帷子を赤く濡らしつつ右脚を引きずってイストルが味方の陣中へ帰還。

 戦士の代表スカーリーフが生首を受け取り、長槍に刺して敵陣に顔が向くように地面に突き立てる。

 右大腿の筋も切れ、血管も傷ついたイストルは仇も討って仕事も終えて力が抜けようとしている。

 臣下に抱きかかえられ、医者と魔法使いがいるところまで担ぎ込まれた。甲冑、鎖帷子、鎧下、下着と外され、内股の刺し傷を蒸留酒で洗い消毒。

「治癒の奇跡はやはり」

 神官の一人が言う。医者は流行る気持ちを抑えて指示待ち。

「うむ、ならん」

 祈祷術に長けるエリクディスがイストルの肌に顔に触れて判断。神官達は頷く。医者は、溢れる血が濡らす裂けた肌の下、血管から針と糸で縫い始める。

「それはどういうことだ!」

 若を見殺しとは、と怒鳴るのは臣下の一人、賊となっても付き従った最年長の老兵である。

「この決闘の勝利にてイストル卿、その身は死神の御膝元に預けられた。他の神々の奇跡にてどうこうしようというのは筋違いである」

「お前等詐欺師どもは分からん理屈をごちゃごちゃ!」

 掴みかかる老兵をエリクディスは腋に抱えて封じ込める。

「見よこの顔色! もう尋常ではなく青ざめておる。触ってみよ、もう既に死人の冷たさ、俗人ではなくなった!」

「だから何を言ってるか分からん!」

「たわけ! 分からんなら黙っとれい!」

 中年魔法使いと老兵の取っ組み合いと殴り合いは他所に。

 神官等もイストルに触れ、尋常ではない速度で冷たくなって、興奮で荒くなっていた呼吸も止まっていく様子を確認。遂には出血も止まり、冷えて縮まるように若干痩せたようになった。傷口の縫合はされた。

「只今より、フヴァルクのイストル、死神の半神となられたことを我等、死神の神官が認める。神命担うに相応しい御仁となられた。お祝い申し上げる」

 死神の神官達がイストルを囲んで一礼。

 勝者イストル、動かねば死体同然の状態で瞬きをゆっくりとし、目だけがゆっくり動いていた。手足も胸も口も動かさず半死人の様相。

 冥婚の花婿を、神殿あつらえの重厚な棺に納める儀式が、合戦用意を告げる太鼓の連弾が響く中で始まった。

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