5 盗賊騎士編5話:口先で落ちる城

 既に関係各所へ話は伝わった。有形無形のご支援賜るかはこれからの興行が云う。

 イストル一党の手により、ユンブレア市内の有料無料を問わず各掲示板に檄文が張り出された。スカーリーフの下手糞は戦神の神殿内にて、微笑みでもって見られる。

 街頭にて喉を震わせる先触れは手間賃を受け取り、戦神の神殿前広場にて宣戦布告日時が公表されると布告。戦神と死神の神命にかかわり、半神である戦乙女その見習いであるスカーリーフも列席するとも告げる。

 誰しもが知るところとなるよう、小銭を握らせた子供にまでこの話を簡単にでも広めさせた。多くの耳へ届くように、何よりも熱気に変換して流行と化すように。

 確実性こそないが、道行く子供が傭兵へ、おじさん何であの戦いに行かないの? と言われるような状態に持ち込みたいのがエリクディスの目論見である。

 多くに参戦を呼びかけ、多くが興味無し、割に合わぬと断念する中で残った少しの参戦者を掌中に収める。まずは母数の確保が大事。

 広場の壇上にて、三角帽子の魔法使いエリクディスが堂々と立って観衆を睥睨する。胸を張り、眼差しを強く、眉間に力を入れて伊達男顔を作る。杖で壇を二度突いて鳴らす。傾注。

「神命である! お聞きの諸兄、あなた方に類い稀なる機会が訪れた。二柱の神より下された神命にご奉仕出来る機会である。徳を積まんとするものは契約せよ!

 一柱は勿論この場に相応しき、戦神の神命である。ここにいる戦乙女、その見習いである金エルフのスカーリーフが冒険と戦争を通じて本物の戦乙女へと昇天し、優れた戦士を狩り集めて”戦士の館”へと送る大任を授かるまでの道程を手助けすること。

 もう一柱は、その戦神の神命の道中にて受けた死神からの神命である。それは北の山を越えた先にあるフレースラント王国の死せる姫君との冥婚相手に相応しい貴公子を連れて行くこと。

 その志願者フヴァルクのイストル公子は父兄の仇であるヴェスタアレン領主ベルトナーを討つことのみが今生の心残り。その憂いを祓うことで禊ぎとし、魂の瑕を埋めて美しくなり、心置きなく死せる夫となって”冥府”へ婿入りすることが出来るようになるのだ。

 戦乙女の戦争に参じる名誉が欲しい戦士達、魂の瑕を埋めて良き来世に向かいたい者達、また双方を求める者達は我らとともに、ヴェスタアレン領主ベルトナーを討つべし!

 またこの戦に置いて、我々は軍資金の用意がほとんど無い! 報酬があるとすればヴェスタアレン領における分捕りのし放題のみである。この言葉で引けを感じるのは三流の雑兵以下よ。

 略奪品の割り当て、奪った領土、建物、権利は出資と戦功で配分する。鼠のような盗み、臆病な怠惰は恥と不心得と知れ。施しを受ける屈辱より奪い去る名誉こそ勇士の勲ぞ! 商人こそ今が一代に二度は無い好機であるぞ。こちらから出せぬ分、持って行って良いということだ。

 戦神の名の元に思うさま力を発揮せよ。奪った金品を捧げれば更に死神からも祝福あろう。これらは神命の道程、二柱の神の預言が成した大業の一角。武を振るう程、献金する程にその信心は報われよう!

 死しても案ずるなかれ! 特に死んだ者へと手厚い二柱を信じよ。我が言葉、神命を遂げようとする行者としての言葉である。我を信じずとも神を信じよ! この言葉の信憑性、神殿の前で畏れ多くも神の名を繰り返して呪われていないことが証拠!

 ユンブレアの郊外に戦神と死神の旗を立てた。我こそはと思う者は二つの印に集え!」

 檄文に書かれている内容、ほぼこの通りである。

「おっさんはこういうとこ凄いんだよ」

「確かに」

 揃えた理想の戦乙女装束を身に纏い、顔が遠くからでもはっきり見えるよう陰影強調の舞台化粧もしたスカーリーフが甲冑姿のイストルに小声で自慢した。

「見習いなんかに務まるのかよ!」

 観衆の一人、蛮勇溢れていそうな戦士が無知無謀から、凡人とは既に一線以上画するスカーリーフへ侮辱の言葉を投げかけた。

「不心得者!」

 即座に怒声、エリクディスが発す。相方へ出すじゃれつきの大声とは異質。

 杖先で不心得者を指せばそれは死刑宣告。

「あっは」

 算盤はともかく、流血の作法を心得たスカーリーフは満面の紅顔で前へ進む。血の一つも流さねば祭りではない。

 顔は笑みに見えて目は相手から離さない。侮辱を聞き流すような臆病さも心の広さも無い。

 もしや一戦かと、にわかに悟った不心得者が佩いた剣の柄に指が触れた時、短槍が顎紐切って後頭部を貫き兜裏面を割って穂先が出る。

 スカーリーフは手放した短槍を足の爪先で掴み拾い、大開脚での蹴り刺し。これはは長槍の間合いを得た。

 開いた脚は上体を揺らさずにゆるりと地に降り、不心得者の頭が柄を滑って戦乙女見習いの足先への口づけとなる。

 そして血と脳漿塗れの短槍を握って抜き、兜を掲げられて即死と屈服と勝利宣言が同時。観衆は滅多に拝めない殺人技に嘆息、呼吸の健忘。そして歓呼。

 エリクディスの教えが頭の隅にあったスカーリーフはこれで、圧倒的な技量と伸びて見える美脚の披露も出来た。男の馬鹿があれをまた拝みたいと揺れる算段。

 エリクディスが腕を組んで吐き出す鼻息の一つが大きい。

 あのスカーリーフが演技をしている。人に見せるよう振る舞っていることに感慨が深い。

 かつては愛想も無く目が据わり、服も洗わず返り血と泥で汚れ、髪は適当に切りもせず手で千切って、姿勢は前傾の獣型で、喋る言葉もぼそぼそ独り言か唸り声が精々。あの野蛮な狂戦士が市井の人々を沸かせている。

 戦神よご照覧あれ。


■■■


 世の中金で回っている。辺境の地は一先ず置いて、交換性の高いかの媒体は心もどうにかする。

 信仰心のためなら身の破滅も辞さない者達はエリクディスが立ち上げた神命軍に参加したが、先立つ物が無ければ二進も三進も行かない。

 略奪で良いと当初は思ったものの、市への滞在費だけでもう脱退を表明せざるを得なくなる者も多発。兵力は増減を繰り返し、減少への揺れ幅が日に日に増す。

 地方都市に置かれた程度の戦神と死神の神殿からの寄付金、賄いには限界がある。二柱の旗が翻る野営地にて食わせ続けるだけでも二つの神殿の金庫に風が吹く。

 また募兵している他の有力者は数多おり、大体は、信頼の程はともかく給与について説明がされていて心を掴んでいる。略奪の空手形という宣伝は雲を掴むようなもの。

 集団で略奪するから兵隊を集めろ、と号令をかけて戦を仕掛ける方法は辺境で珍しいやり方ではない。強力な指導者、公平な分配をする能力が見込まれれば時に国を滅ぼす大集団と化す。

 何にしても実行可能性の、誇示の問題。誇示が出来れば、下降する現状を巻き返すことが出来る。

 関係者があれこれ当惑して愚かにも暴言を吐くだけで硬貨一枚にもならない働きをしている時に、エリクディスはユンブレア市の城壁外縁の監視塔の一角にて煙草を吹かしていた。行く先々の香草香木を混ぜて詰めており、毎度美味いかどうかわからない一期一会の煙を口と鼻の中で回している。

 塔の番兵が言う。

「日の出を見たいってやつはいるけどよ」

 通常、このような軍事的な場所を観光地として提供することはないのだが、二つの神命を持つ者ということで守備隊上層部から許可が出ている。

「相方がうるさくてな」

 身体から出る物の臭いに無頓着なスカーリーフも煙を焚けば臭いとうるさい。要は嗅ぎ慣れているか、いないか。

「口から屁をこきゃ臭いっていうぜ」

「全くその通りだ」

「何探してんだ? ここから良く見えんのは山と森と、街道、人か?」

「良いものは先に見つけたもんに……権利と言わんな。多少は尊重されていいだろう」

「あ、変な連中がきたな……何だあのガタイ?」

「ほう、来よった!」

 エリクディスは梯子の縦棒を掴み、足も外から挟んで滑り降りていった。

「元気なおっさんだな」

 最後の手段は神頼み。祈り、預言を得て、お言葉を元に次の行動に移した。


■■■


 単純な記号で表される戦と死の神の旗がひらめくユンブレア市郊外の野営地は、一時は閑古鳥が鳴いたものの盛況を博す。

「家庭と孤児院、家を司る竈神よ。この者達に宿る病魔、生殖器を侵す患いを遠ざけて下さい。それぞれ持てる財産を捧げております。十分であれば叶えて下さい」

 竈を中心とし、エリクディスが料理に使った薪の灰で描いた儀式陣中に、愚かにも病める者達が集まって持てる財産を目前に並べて座って待つ。

 病人達が下腹部に灼熱を感じてそれぞれ、大声を上げるなり、のたうち回るなりと反応を示した後、嘘のように快癒。

 捧げ物が分不相応に過少であると見られた者は呪われ、絶叫を上げて全身一面が弱火に包まれじっくり焼き上げられ始める。即座の自死を試みて舌を噛む、刃物で首や胸を刺すなど行うも神の怒りの分は生かされる。

「何度も注意したであろうがこの不心得者共め!」

 神官、傭兵、魔法使い、商人、職人、娼婦、おこぼれ狙いの物乞いやその類族が集まって大規模化した神命軍。空手形にて直接戦闘要員だけでも四〇〇名以上と元の一〇倍に膨れ上がった。軍属を含めれば一〇〇〇越え、この地方の領主が仕立てる遠征軍の規模と同等。

 口先で一〇倍錬金を成した魔法使いエリクディスは、一定規模の軍では恒例となっている竈神の奇跡を降ろす性病治癒の大祈祷を実施。弱火達磨になって焼き上げられる者が出て来るのも恒例。

 実現可能性の誇示がエリクディスにとって課題であった。この性病治癒は人集めを兼ねたが相応の規模の軍を成すには説得力が足りない。

 説得力がもう一つある。

「ガァ!」

 戦争を目前に訓練する傭兵の中に一際巨体の集団がいる。大口から猪牙を見せ、裂帛の気合で打ち込む一太刀は稽古木剣でも木人を破壊する。

 刈り上げ長髪を結った辮髪、頭より太い首、胸より太い腹、前腕下腿の発達が異形の域に達する戦士。手は巨体の均衡を崩して広く、足裏の皮は馬蹄のように厚い。緑の肌には川を転げ落ちた巨石のような無数の古傷。

 オーク傭兵は倍々給兵。給料四倍、膂力も勇士の四倍、食事も四倍で武勇誉れ高い。人間の兵士達と模擬戦をすれば接触前に敗走させて笑わせる。

 空手形で略奪軍を結集する文化のあるオークを、他傭兵隊長より先んじて口説き落としたエリクディスは彼等を誇示して実行可能性の保証とした。寄らば大樹と雑兵が集まり、頭数を見て商人の食指が動いた。

 エリクディスは見知らぬ土地で、大きな身体の心が不安になっているところを突いてオーク一党の名誉と信仰心を揺さぶった。彼等はどの地方でも戦神信仰者ばかりである。そこが弱い。

 傭兵同士で訓練に励む姿の中に、スカーリーフ先生とイストル公子の組み合わせもある。戦乙女見習いはお披露目用の衣装を脱いで半袖半脛気味の男の服姿。

 やはり仇であるスカーリーフを相手にするイストルは殺気立つ。であるからこそ真剣にて全力斬撃、刺突、盾打ち、殴打、足蹴り、体当たり、組み討ちと打ち込んでは全ていなされ、完全武装のイストルは転がされた。甲冑が泥にまみれる。

「体重が足りない、筋肉が足りない、持久力が足りない。あー、心臓も弱い」

 スカーリーフ評は、基本的に技術がどうのと言わない。全ては膂力があってこそという方針。技は全て後からついてくる。

「はい小細工しない」

 何か工夫を思いついて不細工な動きを見せたイストルを頻繁に蹴飛ばしては転がす。

「早く立つ!」

 寝起きの動作をしつこく繰り返させた。

 全甲冑の殺法は、衣服程度の素肌殺法とは違う。わずかな鎧の隙間も鎖帷子で覆えば殺し方に限りがあって強い。しかしその装甲の代償に失われるのは体力。訓練されてもやはり裸よりは重くて辛い。特に、寝転がった後の組み討ち寝技の段階に入った時、下に伏された時の疲労は尋常ではない。素肌でさえ辛いのに、互いの体重と甲冑の重さまで受け止め、首を掻かれまいと足掻けば失神するまで疲れ果てる。

 まずは転がされても素早く復帰する動きを覚えさせる。その中で上に跨っては木剣でイストルの甲冑の隙間を殴っては死亡宣告。

「死んだ」

 イストルは毎日、野営地で閑古鳥が鳴いていた時でも疲れ果てるまで訓練をして、吐き気を堪えてでも大量の飯を食っていた。まずは強く太ることが第一。痩せた騎士など案山子にしかならない。

 復讐の際には、戦争の流れにもよるが仇である叔父ベルトナーとの一騎討ちの場を設けるのが目的に適っている。少しでも強くしておかなければならなかった。

 何度城攻めが行われるか? これも戦場の流れによるが、まず攻城兵器が試作がされた。一つ作ってみて、集まった職人達の作法を統一する目的がある。親方達の流儀はそれぞれであり、合わせなければ効率がすこぶる悪い。

 度量衡の統一が最優先され、絶対に譲れなかった。共通規格の部品を大量生産する時には絶対に守らなければならない。基準は必ず商神が定めし商尺貫法。地方独自、種族独自の個性豊かさは排除。

 試作するのは程々に大きくて簡単な雲梯投石機である。

 支脚二本の間に、車輪のように雲梯を一本取り付ける。

 雲梯の片方の先には縄に繋がれた砲弾を支える布ポケットがあり、こちら側は普段下がって地に付いている。

 反対側のもう片方の先には一〇人が掴まれるだけの一〇本の縄が付いており、普段は天を向いて上がっている。

 そして一〇人が十分に乗れる台も作り、そこに乗った者達が縄をそれぞれ掴み、一斉に台から飛び降りたその力で雲梯を動かし、上手投げで布ポケットに支えられた砲弾を放り投げるのだ。

 魔法使いは精霊術、錬金術、祈祷術をそれぞれ得意不得意ながら使う。これは若かりし頃に覚えたエリクディスの大工技術。錬金術とも言い張れ、そうと言わずとも知恵者の技術。

 この雲梯投石機を作る時には一号機の部品を一つ作った後に、それをそのまま見本、そしてある種の定規として使って全く同じ規格で二号機の部品を作る。その二号機でも試しに投石を試みて成功する。

 そして一号、二号の部品を交換し合って組み合わせてまた投石を試みる。商尺貫法に従ったならばまた成功。

 職人達の多くは経験から心得ていたことだが、一つ目より二つ目を作る方がはるかに製作効率が良い。城落としには血と鉄だけでは中々足りない。


■■■


 神命軍の編制が終わり、商人経由で物資も揃ったところで戦乙女、その見習いスカーリーフを先頭に出陣。武装する兵士四〇〇、肩で風切るオーク兵二〇、馬車を含めた軍属は膨れ上がって八〇〇、神官団四〇、死神の呪われし従僕である白骨奴隷一〇〇。

 手始めに、イストル公子の旧居城フヴァルクを包囲した。

 城門前で陣形を整える。白骨奴隷が完璧に整列、オークが吼え、兵士が武器を打ち鳴らし、攻城兵器を並べて見せた。

 そして戦乙女見習いが先頭に立って威風を飾り、包囲軍を見に門楼に立った新城主の脇にある旗竿を投槍で圧し折って旗を床に舐めさせる。

 そしてイストル公子の顔と、反逆者討つべし、との声を郊外、城下に広めて反乱機運も煽る。若様の顔と声を忘れるには時がまだ経っていない。

 戦国乱世では強さが正義。包囲軍の強さを前に外様の新城主は降伏。城門を開き、その鍵を儀礼的に手渡した。

 新城主との降伏交渉、それが始まる前にエリクディスは抗議を一件処理する。

「魔法使い、戦いと分捕りがあると聞いたぞ。我々の剣を錆びさせる気か」

 オーク傭兵の隊長である。金より武勇とあれば、このような無血開城は好むところではない。

「ワシは、徳を積まんとする者は契約せよ、と言うた。その言葉、不心得な発言に成り得るぞ」

 弱火達磨の呪いが披露目された後ならば尚の説得力があった。

「それは、迂闊。戦神と死神よお許しを……うむー、無血は確かに見事だが、兵が武勇を誇れん」

 オーク傭兵の隊長は言葉を選び直した。

「殺し合いではなくこれは戦争だ。こういうこともある」

「後は何も言わん、言わんでくれ、口が滑る」

 祈祷術の奥義は大と呼ばれるような祈祷を行うことにもあるが、言葉の端に呪いの罠を張ることにもある。三角帽子との会話には魂が懸かるのだ。

 続いて新城主との降伏交渉。神官立ち合いにてエリクディスとイストルが、仇敵ベルトナーが任命した新城主と城内貴賓室で向かい合う。外の廊下には新旧主君にどういう顔をして良いか分からぬ者達が屯する。

「そちらの大将は魔法使い殿か?」

「神の名の元に動いておるから、そうである」

「忠誠をあなたのような定住せざる放浪者には捧げられません。イストル殿にせよと言われるにしても功績はあなたにある。今後の経営と防衛を含めれば納得が難しい。どうされる心算か?」

 強さが正義であれば源泉に力が宿る。放浪者が去った後で、また簡単に弱いイストルが引っ繰り返されては臣下領民が困り果てる。

「それについて一つ物語があるのだ」

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