第六話


  背筋に水を流されて飛び起きた、正確には水ではなく“リン・ドン”と甲高く響く呼び鈴であった。


 その電子音は恐ろしく冷たく、だからといって逃げ出す気力は無かった。擦り剝けだらけで冷え切った手足も乾いていない重いジーンズも動かない。ひょっとすると死力とやらを絞り出せたのかもしれないけれど、結局ぼくはそれを認められなかったに違いない。

 そのままぼくは部屋の調度品のように大人しくして、嵐が過ぎ去るという奇跡を待った。当然起こる筈もなく…。


 そのまま数分間、静かなままだった。


 二度目の呼び鈴もノックも扉越しの呼びかけも、何か巨大なものが打ち付けられるような音も聞こえない。するとぼくに倣って大人しくなっていた向こう側から声が聞こえてきた。


『出前か?』

「そんな訳ない。お前を探してるんだよ」

『それじゃあ良かった』

 何が良かったんだろう?


 暫く黙っていても事態が好転するワケも無かった。

「なあ。腹が減ったよ」

『じゃあまず、ピザでも頼んでみるか』

 ぼくはスマホを取り出すでもなく、まず注文を復唱した。


 ペパロニ、L、アップルパイ、ソーダ。

 ペパロニ、L、アップルパイ、ソーダ。


『だけど、ペパロニは止めておこう』

「苦手なのか?」

『昨日食べたよ』

「ああそう」

 ぼくもあのセサミだがペパロニだかが一等気に食わないけれど、何せチーズが載っているのだった。


「でも。昨日は家に居ただろ?」

『いや、きちんと三人前を頼んだ。俺が玄関まで出て受け取ったんだぞ?お前は忙しく片付けしてる内にな』

「証拠がない」

『それじゃあ、机の上を見ろ』


 ぼくは左をようやく向いた。

 机の上に置かれたままの容器、大量に付いて来た白い厚紙、そんな安紙で拭き取ってこびり付いた床のトマト・ケチャップ。

 机の上に置かれたままの容器、大量に付いて来た白い厚紙、そんな安紙で拭き取ってこびり付いた床のトマト・ケチャップ。

 

 赤、黒、黄色。それでいて、あんまり片付けてるようには見えない。

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眠たい日 三月 @sanngatu

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