第五話


 不幸にも先立つモノ


 若い再婚相手に影 そして愛である。


 青草の様に生い茂り 若さと共に摘み取られる


 そして金 光る黄金 生命に懸った紙切れ一重の為である


 影 光の性質などと一切関りが無い


 ただ扉を開け放てば 玄関を先に跨ぐのは彼らである


 尤も 日がすっかり落ちていれば 


 もう別れよう 万一機会が巡ったとして

 

 顔に陰が差すことも無い 愛はとうにいないのだから


 後腐れなんかそれこそ 喜劇の後妻ほど手に負えない


 だが愛は何処に?


 

 ◆



 ぼくが最後に古着屋の前を通りかかった時、少なくともサイレンは鳴り響いてはいなかった。出来たばかりの上品な店構えの中はバケツを引っくり返した有様で、その風景から這い出してきた一人はぼくの友人だった。


「びしょ濡れだ」

 濡れそぼったネズミは髪留めを外しながら言う。

「どうして?」

「異常気象だ」いつものように、と付け足した。

「新しく、清潔な店内で?」

「並んでるのは中古ばっかりだ」

「この喧しいのは?」

「警報だな、明らかに」


 奴はぼくの上着を剥ぎ取り高架下まで誘導した。

「消防車は雨が降ったら来るんだな」

「少なくとも楽は出来る」

「じゃあもう、ぼくには想像が付いた」

「聞きたいか?」

「言わなくていい」


 惨状がようだ、引き返さなくても分かる。見えない位目の細かい生地が水を吸って完全に駄目になる様子、湿気で十年以上経ったかのように草臥れる皮革。全てたった一人が隅っこで薄葉紙をいじくった為だった。

 ぼくらは近道の為に大通りを引き返したが、あまり良い方法とは言えなかった。彼は目を離していたほんの一時間で辺りにカオスを創り出した。橋へと繋がる正面口の広い舗装路には奇妙なキャンバスが広がり、つまり三色しか使わないのにやけに騒々しい、裏手の隘路はいつもの惨状をガラスと水流が覆い隠した。煙だけはもう見られないのが救いだろう。何とか彼を引き摺って坂下まで戻り、遠回りをしてアパートに辿り着いた時にはぼくの格好は見るに堪えなかった筈だ。曇ってくすんで、濡れたなにか。所々白いので犬の毛皮でも着ている様だ。


 ぼくはまだわめくのを止めない彼を浴槽に閉じ込め、靴を脱いで玄関の方まで届くよう目一杯放り投げた。まだ残っているのは、鍵の付いていない扉を身体で塞いでおく位だろう。

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