第四話


 店先から東西に猫背の様に伸びる商店街をオレンジのボンバージャケットについて歩いていく。

「最近来てなかっただろ?」

「忙しかったんです。その…色々あって」

「色々?」

「だって、何も無かったなんて言えませんよ」

「そうだな」

 適当な返しだったけれど彼は少しだけ、口の端が軽く歪むくらいは笑ってくれた。


「後は頼んだ」

 

 ぼくが連れてこられたのは商店街の外れ、踏切とコンビニに挟まれた後背地。箒をぞんざいに渡された後いくつか注意点を伝えると彼は踵を返した。


「終わったらどうするんですか」

「ああ?そうだな」

 ボンバージャケットは振り向かず少し考える素振りをして、こう結論付けた。

「ここいらが綺麗だった時なんてあるか?」


 そのまま帰っても良かった、たぶん友達を待たせているだろうから。だけど何だか時間を潰したくなって、彼を待たせない様に急ぎながら辺りを片付けた。ベタ付く未消化物を避けながら側溝近くを掃いて、そんなぼくのすぐ近くで新たにカラフルで粘性体を残して行く数人を見送りながら、まるで全ての通行人の罪を明らかにしているようだった。


 自分の仕事ぶりに満足できた辺りで打ち止め箒を戻しに行くと、倉庫の扉の金網に寄りかかって動かない石像を見つけることが出来た。

「あの…」

「ごめん、ちょっと待って」

 よく見れば網タイツを履いて息をしていたし、なんと言葉も返してきた。


 十数秒後、彼女がすぐ横に座り込んでからようやく両手が空になる。そして立ち去る前に彼女を見下ろすと、段々と見兼ねてきて手助けしてやろうという気持ちになってきた。レジ袋の中を見ると漂白剤の方は生憎切らしていたので、残った方をそばに置いてやった。

 

 どうして博愛の精神に目覚めたのか?


 当然のことで、ぼくは牛乳がこの世で一番嫌いなのだ。


 すると彼女はどうやってか俯いたまま事態を察知したらしい。

「ねえ、なんで牛乳なの?」

「それしか持ってない」

「何それ」

「いや、これもあった」

 ポケットから銀紙の付いたパックを取りだした、青色が均等に配置されている。


「それ何?」

「バイアグラ」


 そうして彼女を一頻ひとしきり愉しませた後、ぼくは急いで待ち合わせの場所へ向かった。

 

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