オータム・モンスター・ウォーズ後編

テケリ・リ

後編:大島町の伝説

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当作品は創作仲間である木村竜史さまとの『秋』をテーマとした前後編の合作短編です!

木村さんが設定を起こして下さった前編はこちら!

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秋の謝肉走祭

オータム・モンスター・ウォーズ 前編/木村竜史 - カクヨム https://kakuyomu.jp/works/16817330666581511468/episodes/16817330666583510158


是非こちらからお読みくださいませ!

感想、☆評価もお待ちしております!!


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 二往復目、レースは折り返しとなる。秋の祭典……いやさ饗宴もとい狂宴とも呼ばれる大島町のこのレースには、時に癒しの、そして時には苛酷とも言える〝秋〟が散りばめられている。


 先頭を死守し最初に折り返し地点を通過したのは、下馬評通りの二人。バイオリンを弾きながら華麗に駆ける秋天チォウティエンと、亡霊のような仮装をしながら黙々と疾走はしるオーシンだ。

 中継車の映像や実際に目の前を駆け抜けていく二人を確認した審査員達の評価は、今のところ二分していた。



「やはり秋天選手のセンスが光りますね。今奏でていたのはシューベルトの『セレナーデ』ですか。何よりも抑揚や、テンポも指運びも一切崩れぬその技巧には惚れ惚れしますな」

「いやいや。オーシン選手の、ハロウィンの源流であるケルトの〝サーウィン祭〟を彷彿とさせる仮装も見事ですぞ。日本の彼岸とも趣旨を同じくしておりますし、秋の文化というものに配慮した大変素晴らしいチョイスと言えるでしょう」



 彼等はこの先に何が待ち受けているのかを知っている。秋を満喫するため、観客や勿論選手にも秋を堪能してもらうため……そしてその秋への飽くなき〝愛〟と〝覚悟〟を計るため。

 〝〇〇の秋〟に準え〝試練の秋〟とも恐れられる、魔の後半戦が始まったのだ。


 審査員達は口々に選手を讃えながらも、終盤戦で選手同士がお互いの〝わざ〟を比べ競い合う姿を夢想する。

 果たしていったいどれだけの猛者が、数多の〝困難あき〟を乗り越え生還ゴールするのか――――


 しかしその時、秋を知り尽くしたと言っても過言ではない審査員達を、木枯らし一号が如く衝撃が襲った。


 先頭を往く二人からタイムにして二分ほど遅れ、折り返しのスタート地点をすり抜けていった一人の男。

 その男の体現するあまりにも異様な〝はしり〟に、どよめきが上がる。



「バカなッ!? 彼はクロッキーで写生をしていたのではなかったのか!?」

「いや、私が観ていた時は百科事典で読書をしていたぞッ!?」

「ま、マイポータブル七輪で焼き栗を堪能しているだとォッ!!??」

「いや待て、自分だけでなく道路脇の観客にも振る舞っているぞ!?」

「しかも火傷をしないよう厚手の紙で包んで最大限心を配っている……だと……!?」



 スタート地点脇に控える審査員それぞれの前には、焼きたてのかぐわしく甘い香りを立てるホカホカの焼き栗が置かれていた。しかもニクイことに、丁寧に渋皮まで剥かれている。



「あれが……優勝候補のアキヤマ……」

「焼き栗でエネルギーを補充しているとでも言うのか……?」

「ちょっと待て!? もう一人来るぞ!!」

「あれは……七五三スタイルか……ッ!?」

「着物とポックリで何故あんな速度が出るんだッ!?」

「しかも見ろ! 首から下げた三方に積み上げられた月見団子を! 一つとて崩していないとはいったいどんなバランス感覚をしているッ!!? 月見酒まで呷っているぞッ!?」



 その異様な光景には、多くの〝秋〟を経験してきた審査員達も思わず息を飲み目を見開いた。

 王者の貫禄とでも言うのか、常人には発想すら敵わないような〝はしり〟を魅せ付けたアキヤマと、その後ろから高らかに下駄を鳴らして追い上げる謎の女。


 もはや異次元の〝レース〟となったその光景に呆気に取られた審査員の一人は、誰に届けるともなく言ちた。



「今年のレースは……荒れますな……!」





 ◇





「――――来たね」

「ははははっ、待っていましたよアキヤマ君!!」



 依然先頭をキープする二人の雰囲気が、ガラリと変わった。


 示し合わせたように、まるで秋の気配殺気を感じたかのように弾かれるようにして背後を振り返った二人の目には、プロテインのシェイカーを複数ジャグリングしながら追い縋る男の姿が映った。

 次の瞬間には、まるで決闘の手袋の如く鋭く投擲されたそのシェイカー。二人は冷や汗と共になんとかそれを受け止め、無言のまま導かれるようにしてその中身を呷る。



「……早穫れの安納芋のスムージーか。相変わらず憎らしいほど秋を満喫してるよね」

「このエゲツない粘度と糖度が素晴らしいですね! ですが良いのですか? このように敵に〝しお〟を贈ったりして!?」



 挑戦者を迎え入れた先頭の二人は、とてもではないが走行マラソン中に飲むべきではないようなドロドロのスムージーに舌鼓を打つ。そして挑発とも取れるその行為に対し、闘争心を剝き出しにして笑みを浮かべた。



「秋とは……一人にして成らず。一日にして成らず。あきは一なり、そして一はあきなり、だ」

「はっ! 相っ変わらずスカしてるね……! 今年こそはその余裕の秋晴れツラ、僕が曇らせてやるっ!」

「負けませんよ、オーシン君、アキヤマ君!」

「……ふっ」



 ハイパー・エクストリーム・オータム・レースの三強、揃い踏みである。秋をこよなく愛する狂人達による本当のたたかいが、いよいよ幕を開けようとしていた――――が、木枯らし吹き荒れるような様相を呈する三人の元へ、さらに一陣の風が吹く。



「ちょお待ちやぁ! そのケンカァ、ウチも混ぜてんかッ!」

「「――――ッ!!??」」



 このまま三つ巴の優勝争いを想定していたオーシンと秋天が、驚愕に目を見開いた。二人にとっての超えるべき壁であるアキヤマの背後から飛来するのは、ダマの一切無い、艶やかな無数の月見団子のつぶて

 それをあわや取り落としそうになりながらも、秋の味覚は一切無駄にしてなるものかという気迫と共に、三人はその全てを受け切り、口へと運ぶ。



「……〝浪速なにわのオータム荒らし〟か」

「なっ!? 秋季大会を荒らし回っている、あの大嵐おおあらし紅葉モミジかッ!?」

「馬鹿なッ!? 彼女は私の故郷の中秋節の後、ハロウィンに備えアメリカに渡ったハズでは!?」

「あっはっはっはっ! 女心と秋の空ってなァ! このウチに唯一土ィ着けよったアキヤマが出るんやろ? そらトンボ返りもするっちゅーもんやッ!! 秋だけになァ!!」



 超人にして狂人達。プロマラソン選手も真っ青な速度で走りつつも、その手は様々な〝わざ〟を繰り出しお互いを牽制している。


 突如乱入したモミジの破魔矢を、煩わしいとばかりに秋天がバイオリンの弓で撥ね退ける。どこから取り出したのか巨大なペポカボチャをオーシンが投げつけ、それを涼しい顔でアキヤマがくり抜き見事なジャックオーランタンに仕立て上げる。ついでにくり抜かれたカボチャの身は四人掛かりで調理され、裏ごしまでされた濃厚なカボチャプリンへと化けた。調理器具はアキヤマの持ち出しである。



「相変わらず鮮やかやなぁ~。せやけど負けへんでっ!」

「いいや、勝つのは僕だ!」

「ははははっ! 私のファルセットを聴きたまえ!」



 まさに秋爛漫デッドヒート

 色とりどりの食が、芸事やスポーツの技が飛び交い、秋を満喫しつつも鎬を削る。


 松茸が飛べば焼かれ醤油を垂らされ、テニスボールは分裂したり不自然なカーブを描き打たれ、速読の課題には六法全書が持ち出され。豊穣祭もかくやといった祭囃子が神楽が鳴り響き、観客も否応なしに秋を感じ堪能させられる。

 中継車を通してお茶の間に届けられるその映像でも、その多彩な〝わざ〟の数々に季節というものを思い出す者が続出した。



「残り僅かな秋の道。お前らと堪能するのも悪くはないが……やはり最後は俺が彩ろう。この大島町の秋もそれを望んでいる」



 火花と木の葉を散らしながら競い合う四人であったが、白熱したレースも二往復目の終盤に差し掛かった。

 そこで今まで相手の〝わざ〟を捌き堪能するに留めていたアキヤマが、遂にそのキバを剥いた。



「食欲の秋……スポーツの秋……読書の秋……」

「あ、あれは……ッ!? またそれかいなッ!? させへんっ……させへんでェッ!!」



 ぞわりと怖気を誘うほどの濃密な秋の気配闘気にいち早く気付き、モミジが妨害しようと千歳飴を振るう――――が、それはアキヤマの頑強な顎によって嚙み砕かれ、美味しく頂かれてしまう。



「芸術の秋……祭りの秋……」

「やらせるかァ! 僕との決着から逃げるなァ!!」



 まるで囃子太鼓を叩くかのように乱打されるオーシンのバチを、空気を大きく吸い込み膨らませた臍下丹田で受け止め、良い音を鳴らす。



「心意の六合、紡ぎ六道と成さん……!」

「させませんよ、アキヤマ君! ホァアアアタァアアアアアーーーーッ!!」



 奇声と共に放たれた伝来の武術による蹴撃は、本家顔負けの太極拳によって、まるで水面に流れる紅葉の如く受け流される。


 三人からの怒涛の攻めをあるいは受け、あるいは搔い潜り、アキヤマのその双眸はゴールテープを見据えた。

 ざわざわと、街路沿いの色付いた公孫樹いちょうも紅葉もその葉を揺らし、風に鳴らす。



「――――迸れッ! 〝俺の秋〟ッッ!!!!」



 地面が揺れたかと思うほどの強烈な踏み込み。それによって撃ち出された砲弾の如く、アキヤマの身体が弾け飛ぶ。

 抜き去りざまにモミジの髪に芒の簪を差し、オーシンの仮装衣装のほつれを繕い、秋天のビブラートの甘かった箇所に赤ペンを入れた楽譜をその手に持たせ――――


 好敵手に〝秋〟を届けながら、月に駆ける兎の如き俊足で、スパートを懸けた。


 背に舞い散る落葉を巻き、尾を引くその様はさながら〝秋の道〟。


 その日、ハイパー・エクストリーム・オータム・レースの歴史に、本人以外誰にも破られることのない最高得点とタイムが記録された。


 アキヤマ・サンパウロ・アキミチ。

 彼の記録は伝説となり、不敗神話として大島町に語り継がれることになる――――




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