機械の故郷

「リベルタ、買い物の後でいいから俺達と話をしないか?」


 ジャンが真剣な表情で誘ってくるが、リベルタにはその意味するところがよく分からない。いま話をしているではないかと思ってしまう。だが買い物をしにきたのだから用事を先に済ますということには賛成だ。ジャンと肩を並べて店に入り、あらかじめフレスヴェルグに用意してもらった買い物メモを見ながら補給を済ませる。リベルタの懐事情も把握しているので何も困ることはない。やはり全て機械に任せてしまった方が楽なのではと思ってしまうが、それでは特別区を飛び出した意味がないと改めて自分に言い聞かせた。


「水に食料……すごい、色んな料理がパックになってる!」


「なんだ、旅行食を買うのは初めてか? 砂漠じゃどこを見ても砂ばかりだからな、食事は貴重な楽しみの一つだから特に手が込んでいるんだよ」


 棚に陳列された長期保存可能なパック食品の数々に目を輝かせるリベルタを見て、ジャンはこの娘が旅慣れていないことを確信する。旅行食はどこの町でも豊富に取り揃えられているものだ。ジャンはあまり古代のことをロキに聞いてはいないが、これらの食料は遥か昔、人間が宇宙を旅していた頃からずっと大事にされてきて、文明の断絶を経てさえも食料の生産プラントと共に現代まで受け継がれている。長い旅を支える食料はいつの時代でも何より重要なものなのだ。


「栄養だけを考えたら栄養ブロックを食べればいい。だがそれじゃ生きる楽しみが激減する。町で暮らしていても栄養ブロックばかり食ってる人間はあまりいないだろ?」


 そう言いながら自分も色々な種類の旅行食を選んでカゴに入れていく。ロキによれば何万年も前からこのカゴは変わらないらしい。厳密には性能面で相当改良されているが、品物を入れるカゴを利用するスタイルはジャンの想像もつかない大昔からあるということだ。品物をカゴに入れた瞬間にその代金が口座から引かれるので電子マネーであるオーロでの取引が基本だ。だがこれを嫌う者達がいることをよく知っている。資源が少ないというのに、わざわざ金でコインを作り通貨として利用している連中。情報だけのやり取りが信用できないという気持ちは分からなくもないが、これまでの人生でシステムトラブルが発生するのを見たことはない。あまりにも低すぎる可能性を恐れて資源の無駄遣いをしている富裕層が厭わしく思えた。


「そうね、わざわざ余分にお金を払って美味しいものを食べるのは自分の楽しみのためだ」


 リベルタはうんうんと頷きながら満足そうに返事をする。ジャンの目から見ても、ずいぶんと素直で純粋な少女だと感じる。言ってしまえば純朴な田舎娘のようだ。そんな人物がなぜ言葉を喋り空を飛ぶアルマに乗っているのか、強い興味が湧いてくる。自分自身の事情を顧みて、この出会いはとても貴重なものなのだろうと思えた。ロキは何を考えているのかよく分からないこともある気分屋だが、いつでも大切なことは優先事項として扱うのだ。信頼のおける相棒である。


 雑談を交えながら買い物を終え、店を出た二人はそれぞれアルマに乗りこむ。すぐに暗号通信を使えば秘密の会話ができるとフレスヴェルグが教えてくれる。リベルタがそういう常識を持ち合わせていないことはフレスヴェルグが一番よく知っていた。リベルタ本人以上に。


「俺達はロキの故郷を探しているんだ」


「故郷? アルマの故郷って、製造工場のある場所でいいの?」


 アルマの故郷と言われると、リベルタにはイメージが湧かない。これはリベルタが世の中のことに疎いからではなく、誰が聞いても怪訝な顔をする話だ。フレスヴェルグも『そんなものを探すようなセンチメンタリズムを持ち合わせているのですね』と、感心したのか煽りをいれているのかよく分からない反応をしている。


『ええ、私にはどういうわけか過去の記憶がないのですよ。何者かが私の記憶データに鍵をかけているようでして』


 記憶データに鍵をかける、という言葉の意味するところもリベルタにはよく分からないが、過去が思い出せないのだろうと認識する。それに対してフレスヴェルグの反応は何かを察している様子だ。


『鍵……ですか。それで、手がかりなどはあるのですか?』


『ええ、楽園と呼ばれる場所からやってきたという情報だけは持っていますので、ジャンと共に楽園を探しているのです』


「そうなんだ! 私の探している人も楽園を目指しているらしいの。偶然ね」


 たぶんその〝楽園を目指している人〟は探している人ではなく目の前のジャンとロキだろう、とフレスヴェルグは思ったがあえて指摘しなかった。


「だったら、一緒に行かないか? アルマの秘密を共有できる仲間が欲しかったんだ」


『という口実のナンパですか』


「そんなことはない! まあ、女性を誘っているのは変わらないけれど」


 ロキはフレスヴェルグと違ってずいぶんと主に気安い態度で接するのだなあと、一人と一機の掛け合いを聞きながら思うリベルタである。彼女にとっても人型アルマを駆るような強い仲間がいたら頼りになると思っていたので、断る気はない。買い物しながらの会話も弾んだし、きっと仲良くやっていけるだろうと判断した。


『リベルタさんの判断にお任せします』


 フレスヴェルグは珍しく指示してこない。完全にリベルタの意思に任せるのは初めてのことだ。


「じゃあ、一緒に楽園を探しましょう。よろしくね」


 こうして、リベルタとジャンは共に楽園を目指すことになった。


◇◆◇


「なんだあれは!」


 一方、レンコントの入口では門番が不審な物体の接近を確認していた。砂漠の上をすべるように進む大きな城、とでも表現すればいいのか。とにかく大きな建物の形をしたものが砂漠を移動しているのである。それもこちらに向かって。


「警戒態勢! 警報を鳴らせ!」


 通信で町の警備隊に連絡をし、引き続き監視をする門番の目の前で、城からいくつかの黒い物体が飛び出し、高速で接近してくる。双眼鏡でその物体を確認すると、門番はまた通信機に向かって、絶叫にも似た声を上げた。


「サソリだーーー!!」

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