門番の覚悟

 近づいてくるサソリの数は四機。少数だが、それだけでこの町の防衛を突破できると思っているのだろう。先頭を進むのは他のサソリより一回り大きく、ツヤの無い黒に染まった機体だ。


黒蠍こっけつのヴィクトールか、まともに戦って勝てる相手じゃないな」


 門番の男は誰にともなく呟くと、監視所を離れて自分の四脚式アルマを動かした。人型ではないが、人間を思わせる胴体から二本のアームと四本の脚が伸びている。右腕にはブレイド、左腕には機関銃がついた汎用性の高いアルマだ。


「連絡は首都まで届いている。機兵団が来るまで……いや、それは高望みしすぎだな。警備隊の増援が来るまで持ちこたえれば御の字か」


 門番のアルマは、門の前に立ってヴィクトールに銃を向ける。ここでサソリ達を迎え撃ち、警備隊が到着するまでの時間稼ぎをするつもりだ。


「おいおい、たった一機で俺達を止めるつもりか? ナメられたもんだぜ」


 黒蠍を駆るヴィクトールは、操縦席で舌なめずりをする。口では敵を侮るようなことを言ったが、内心では門番の覚悟にある種の敬意を抱いていた。ヴィクトールは戦闘狂だ。自分の強さを信じながらも、強い相手と戦うことを常に願っている。だから、嬉しさを隠しきれない声で後に続く仲間に伝えた。


「あいつは俺がる。手出しはするなよ」


「はいはい、アンタは言い出したら聞かないからね」


「仕方のない奴だな。お頭には報告しておくぞ」


「お頭はヴィクトールの性格をよく知っている。問題ない」


 仲間達は思い思いの言葉を残し、離れた場所に移動して観戦の態勢に入る。


「部下を遠ざけて一騎打ちか。甘く見るなよ、コソ泥!」


 アルマの外見や隊列で誤解されるが、彼等はヴィクトールの部下ではない。スコーピオンの中ではリーダーとそれ以外という上下関係しかなく、特に今回やってきた四人は戦闘能力が団員の中で最も高い純戦闘員だ。スコーピオンの構成員には戦闘が得意でない者もいるが、それぞれの得意分野を活用して盗賊団の活動に貢献している。巨大な要塞を動かしているのだ。戦闘員だけでやっていけるほど簡単なものではない。


「へへっ、覚悟だけじゃないところを見せてくれよ」


 ヴィクトールが意識を拡張させ、黒蠍と同調していく。敵の機人きじんシンクロ率が上がるのを確認した門番の男は、自分も意識を拡張させる。この〝意識の拡張〟こそがアルマ乗りの最も重要な技術であり、機人シンクロ率――アルマと操縦者の精神同調率のことだ――の高さが戦闘能力を決める。


 黒蠍の移動速度が急上昇し、一気に間合いをつめると両腕のハサミで四脚アルマの前二脚を捕まえようとする。門番はその動きを察知してすぐにジャンプし、攻撃をかわした。四脚アルマは一般的にこの縦ジャンプが人型アルマよりも速い。ヴィクトールはというと、狙い通りとばかりに空中に浮いたアルマへ尻尾の大砲を向けた。


「そう来ると思ったよ!」


 門番もサソリの攻撃パターンは熟知している。この砂漠で最も警戒すべき外敵の情報を研究しない兵士はいない。門番を任される者は、常にプアリムや盗賊団と戦う可能性を頭に入れて任務に就いているのだ。つまるところ、ヴィクトールの得意とする戦法は世界中の門番が知っているし、対策も立てているというわけだ。


 四脚アルマの左腕に装着された機関銃が火を噴き、サソリの頭部に向けて数十発の銃弾が降り注ぐ。黒蠍は両腕のハサミで頭部をかばい、銃弾の雨を硬い装甲で弾いた。その隙間を目掛けて右腕の剣を突き刺すと、ヴィクトールが舌打ちしながらアルマをバックステップさせて攻撃から逃れる。


「基本は出来てるようだな」


 当然のことだが、ヴィクトールもそんな相手を数えきれないほど倒してきた。自分の得意攻撃が防がれるのは今に始まったことではない。それでも、この男は勝ち続けてきたのだ――世界に名が轟くほどに。髭に覆われた口元で、赤い舌が蠢き唇を濡らす。


「やれやれ、すっかりアツくなっちゃって」


 離れたところから観戦している仲間達は、同時に増援を警戒していた。門番が立ち向かってくるのは時間稼ぎだ。本命は町の警備隊、そして首都から駆け付ける機兵団。そいつらと交戦することを想定して自分達の力を温存することにしたのが、ヴィクトールに単独で戦わせている理由だ。


◇◆◇


 一方その頃、ラトレーグヌの首都ステリストではこの国を統べる王ラトル・アペタイトが目の前のビジョンを真剣に見つめていた。茶色い髪を肩まで伸ばし、口髭を生やした王は五十歳前後に見える。超大国の王としては若い印象だ。その王が、傍に控える従者へ言葉を与える。


「大会を開く」


 それだけの言葉で全てを理解した従者は、恭しくお辞儀をすると壁に設置された端末から指示を出した。


「中央広場にて『アルマ・タスク』の競技大会を開催します。優勝賞金は一万インフォルモでお願いします」


 アルマ・タスクとはステリストで流行っているコンピューターゲームのタイトルだ。プレイヤーはゲーム内でアルマを操作し、敵を倒していく。より多くの敵を倒したプレイヤーが勝利する、とても分かりやすい戦争ゲームである。ラトレーグヌの王は首都でゲーム大会を開催したのだった。


◇◆◇


 ヴィクトールは、緩急織り交ぜた動きで門番を翻弄し、敵の脚と腕を一本ずつ切り落としていく。門番は善戦虚しく攻撃手段を奪われてサソリのハサミに捕まってしまった。拘束されて動けなくなったアルマに向かって、ヴィクトールが声をかける。


「思った以上に楽しませてもらったぜ。お前の死が俺を高みに押し上げてくれるだろう」


 強い敵と戦い、打ち倒す。それがヴィクトールの快楽であると同時に、彼にとって一種の儀式となっていた。より強い者を殺せば、それだけ自分は強くなる。そういう自己暗示が、実際に彼の戦闘能力を高めていた。人を殺すことによって、自分の心を人間からサソリへと変えていくイメージ。そうやって黒蠍との機人シンクロ率を高めることに成功しているのだ。


「……」


 覚悟を決めた門番の男は黙してその時を待つ。十分に時間は稼げた。自分の命が一人でも多くの命を救う助けになれば、門番としての任務を果たせたというものだ。


 黒蠍の尻尾が動けないアルマに向けられ、砲口から必殺の砲弾が放たれ――


『そこまでです』


 突如、頭上から落ちてきた人型のアルマが黒くゴツゴツとした右腕でサソリの尻尾を殴りつけ、発射される砲弾の軌道をそらした。何もない砂の地面に突き刺さった砲弾は盛大に砂埃を上げてわずかに地形を変える。


「なんだぁ!?」


 予想もしていない頭上からの強襲に驚きの声を上げるヴィクトールに対し、門番の男は見知った姿に歓喜の声を上げた。


「人型アルマの! 町を守ってくれるのか」


 その人型アルマは、滑らかな白い左手で拳を作り親指を上げて応えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る