安心できない解決

 アンゼリカの本体が消滅すると、クラーケンが動きを止めた。周りにいた少女達もその場に倒れ込み、動かなくなったが形状が変わったりいきなり枯れたりはしない。


『植物ですからね。本体部分を消しても、根の先まで残らず枯らしてやらないとまたいつか再生しますよ。そこに転がってる連中も触ってみれば分かりますが動かないだけで生きていますからね』


 リス型に戻ったラタトスクが不吉なことを言う。あの遺構中にびっしり張り付いていた木の根を全て始末しないと、またいつかあの悪趣味な寄生樹が復活するというのだ。とはいえ、三人だけでそんなことをする必要はない。ここで起こったことを地上の人間に伝え、国家規模で対処すればいいのだ。


「ねえ! スピラスはどうなったの?」


 他の問題は後で考えればいい。まずはスピラスを助けなくては。クリオがラタトスクから聞いた情報を二人に伝えると、すぐにホワイトがシヴァから降りてクラーケンに近づいていく。


『寄生樹は寄生した生物の脳を操りますが、脳内にまでは侵入しません。腹部にとりつき、体内に差し込んだ枝から電気信号を送って動かします。なので、外科的手術で寄生樹を取り除く必要があります』


 床に横たわる少女達に触れないように進むホワイトにも聞こえるように、スピーカーを使ってラタトスクが説明をする。技術面での不安はあるが、脳に侵入されていないという情報は三人にとって喜ばしいものだった。余談だが先述のロイコクロリディウムやハリガネムシも宿主の脳にあたる中枢神経には寄生しない。特殊なタンパク質を出して脳の働きを乱すのだ。それは裏を返せば人間も知らぬ間に寄生虫によって操られている可能性を排除できないという事実でもある。恐ろしいことだ。


 クラーケンの中に入ると、内部は綺麗に清掃され、全ての物が整理整頓されていた。アルマには清掃機能があるものだが、植物のアンゼリカが寄生した人間の使うアルマを清潔に保っていた、つまり他の植物や昆虫などの侵入をも防いでいたということに少なからず驚きを覚えた。非道な悪魔の樹木は人間を恨んでもいるので、粗末な扱いをしているものだと勝手に思い込んでいた。


「おい、スピラス! 聞こえるか?」


 操縦席に到着すると、背もたれに寄りかかって目を閉じるスピラスと思われる人物がいた。先ほど通信画面で見た顔と同じだ。血の通った生気のある肌色をしており、安らかな寝息を立てている。ただ一つ異様なことに、腹部を木の根のようなものが覆っている。これがアンゼリカの寄生部位なのだろう。腹部に刃物が刺さった患者の搬送要領を思い出し、寄生樹と腹部の接合部分を包帯で固定し、なるべく身体を揺らさないように運び出した。


『クラーケンも持っていきましょう。クリオさん操縦してください。私は自分で歩いて帰りますので』


 とんでもないことを言い出すラタトスクである。アルマが自律行動をするというのは、世界各国が血眼になって求めている技術に他ならない。誰もいない遺構の深層を進む分にはいいが、さすがにそれで人前に姿を現すのは危険極まりない。


「そういえば、機兵団の使っていたルートを探さないといけませんね」


 中央通路はマーニャが塞いでいた。機兵団が使っていた道を利用して帰る計画になっているのだ。


『マーニャならもう襲ってきませんよ。あれもアンゼリカに操られていただけですから』


「そりゃ安心だが、それこそ普通に登っていったら世界中のエクスカベーターにお前のことが見られちまうだろ。どっちにしろ奴等の隠し通路を使わせてもらうぞ」


『そうですか、機兵団が使っていた出入口は例の交流所にありますよ。運び出すのにいちいち別の部屋まで移動するのは面倒でしょう?』


 当然のように言う。ホワイトが中に入った時はリゾカルポの遺品を探すのが目的だったので通路の存在を気にすることはなかった。念のためにナンディが先頭を進み、シヴァが最後を行くいつもの隊形で戻っていく。途中にびっしりと残っている木の根が襲ってくる様子もなく、交流所から地上への通路も簡単に見つかった。


「なるほど、ここに繋がっていたのですか」


 地上に到達すると、ミスティカは納得したような、呆れたような声を出した。遺構の深層から直通の出口は、カプテリオ周辺を取り囲むキャンプの煉瓦造りの建物の中にあった。ここのキャンプは貧民ではなく犯罪者の集まりで治安が悪い、という噂が流れていれば他国からやってきた発掘隊は素通りするだろう。ミスティカもここを通るたびにキャンプを目に入れないようにして遺構の管理所へ直行していたことを思い出す。


「さて問題は、だ。俺達の戦闘記録を誰に提出する? スピラスの面倒を誰に見てもらう? ということだ」


 彼等はメルセナリアの最精鋭部隊と戦闘して撃破した。国家ぐるみで無数のエクスカベーター達を騙し、殺害し、その財を奪っていた。とんでもない国家犯罪である。秘密を知られた国は彼等をどうするだろうか?


『遺構で発掘したものは全て管理所に報告するルールでしょう? 堂々と持っていけばいいんですよ。メルセナリア最強の機兵団を全滅させた我々にこの国が何をできるというのです』


 過激な発言をするリスである。もはや自分が太古の強力なアルマであることを隠す気もない。実力で一国を黙らせようと言うのだ。


「そりゃそうだけどさ、ラタトスクのこと知られたら不味いだろ?」


『お前達の悪事を他国にばらすぞと脅せばいいでしょう。このことを知ればカエリテッラは全力でアンゼリカの焼却にやってくるし、ラトレーグヌは大義名分を得て嬉々として攻め込みます。滅亡確定ですね』


「俺達も二大国から追われる身になるぞ」


『なりませんよ。その情報を他国に流して、メルセナリアに何の得があるんです? 自分達が滅んでまで敵国に伝える意味がありますか?』


 あまりに自信満々なラタトスクの様子に不安しかない三人だったが、機兵団と戦って壊滅させ、最深部で原生植物を倒した事実がある以上、秘密にすることは不可能に近いだろう。ラタトスクの言う通り、堂々としていた方がいいのかもしれない。


「よくぞ戻られました、ミスティカ様とお仲間の方々」


 管理所の敷地に入った途端、職員が総出で出迎えた。全てわかっていると言わんばかりの対応で、ラタトスクのことなど余計な話は一切口にしないし、クラーケンとスピラスのことも責任をもって国立病院で預かると伝えてきた。国王の命令だという。


「だっ、大丈夫なのか?」


 当然信用できないクリオがラタトスクに聞く。するとラタトスクはもったいぶった言い方で答える。


『もちろん大丈夫ですよ、我々はこの方々をしておりますから。ねっ、メルセナリアの皆さん?』


 ラタトスクが職員達に顔を向けると、彼等は一瞬ビクリと身体を硬直させ、すぐに「もちろんです!」と大合唱するのだった。


「……お互い、都合の悪いことは見なかった、聞かなかった、知らなかったということにしようってことだな。心配ならクリオがラタトスクに乗って見張っていればいいだろう。いざとなったら暴れていいぞ」


 ホワイトが、わざわざ職員達に聞こえるような声で言う。所長らしき恰幅のいい男が震えているのが分かる。そもそも、ラタトスクの秘密など仮に知られたとしても、正式な手続きを経てクリオの物になったアルマを国家権力と言えども無理に取り上げることはできない。世界のルールを踏みにじれば、恐ろしい結果が待っている。この世界は全ての国が常に監視し合い、お互いの隙をうかがって爪と牙を研いでいるのだ。最強国家カエリテッラと言えど、隙を見せれば危ういバランスの上で成り立っている。


「分かったよ。じゃあ国立病院に不定期で連絡するから。何かあったら、分かってるよな?」


 完全に安心はできない。だが信用できる相手がどこかにいるのかと問われれば、そんな心当たりはどこにもないのが正直なところであった。不安ではあるが、スピラスの身柄をこのならず者国家に預けるしかない。本当にいざとなったらラタトスクと共にこの国を滅ぼそうと、物騒なことを心に決めたクリオなのだった。

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