そして旅は続いていく

「さて、そろそろお別れだな」


 管理所での手続きを終え、スピラスが病院で保護されるのを確認し、宿場に戻ってきたところでホワイトが二人に告げた。ミスティカとクリオはこれからも遺構を調査していくのだろう。だがホワイトには別の目的がある。何より、今のミスティカとクリオなら戦闘面での不安はないだろうと判断したのだ。


「そうですか、本当に色々とお世話になりました。ありがとうございます。私はもうしばらくインフェロに残って、カプテリオの発掘を続けたいと思います。上層にも気になる物が残っていますし、下層はほとんど手付かずでしたから。クリオさんも一緒に来ていただいていいですか?」


 カプテリオの発掘はまだ始まったばかりだ。上層はゴブリンを生産し続ける工場プラントの存在が疑われるし、下層はあの様子なら相当状態のいいアーティファクトを発見できそうだ。寄生樹も残さず焼いておきたいし、神殿の湧水を活用できれば人類は素晴らしい恵みを得られるだろう。だが、ミスティカの本音は別にある。スピラスが無事に回復するまでクリオがこの町に留まって監視を続ける大義名分を作ってやりたいと考えているのだった。


『もちろんですよ。あそこにはまだまだ価値のある物や情報が眠っていますからね』


「なんでお前が返事するんだよ」


 ラタトスクとクリオもすっかり打ち解けた様子だ。操縦者と愛機として互いを認められたということだろう。そんな様子を見てホワイトは口角を上げ、懐から取り出した道具を二人に渡した。


「シヴァのビーコンだ。何かあったら助けに来てくれよ!」


「へへっ、任せとけって!」


 クリオは無邪気に受け取るが、ホワイトがこれを相手に渡すということの意味を理解しているミスティカは、ビーコンを受け取りながらこれまでの旅路を思い返して感慨深くなった。大聖堂の中しか知らずに義憤のみで飛び出した世界。まんまと罠にかかって命を落とすところだったのをナンディに助けられた。初めて足を踏み入れる遺構で無謀な挑戦をし、また命を落としかけたところをホワイトに救われた。彼の目に自分達の姿はどれほど頼りなく見えただろう。それがカプテリオで共に死線をくぐり抜け、人類の敵と対峙し、生還した今では一人の戦友として認めてもらえている。


「ではこちらを受け取ってもらえますか?」


 ミスティカは奈落に向かう前に買っておいたナンディのビーコンをホワイトに渡す。真っ黒な肌の男は真っ白な歯を見せ、笑顔でそれを受け取った。


「あっ……オイラ、ラタトスクのビーコン作ってないや」


『そんなものは必要ありません。救援が必要なときは、星の裏側にだって連絡を取れますよ』


 ラタトスクは遠く離れた相手にも自分から話しかけることができる。確かにビーコンは必要ないな、と肩をすくめるホワイトだった。


 そして、ホワイトを乗せたシヴァは次の目的地に向けて旅立った。その背中を見送ると、ミスティカはナンディを歩き出させる。


「さあ、私達は私達のやるべきことを始めましょう。世界中の遺構を調べないといけないのですから、まずはこのカプテリオを隅々まで調査して、スピラスさんが元気になったら同行してもらえないか聞いてみましょうね。戦力はもっと欲しいですから」


「うん! さあ、やっるぞー!」


 クリオは笑顔でラタトスクをナンディの後に続かせる。その手に持っていた、もう光ることのない『アラネア』と書かれたビーコンを懐にしまって。


◇◆◇


 この星のどこか、緑に囲まれた研究所にて。


「そういえばアンゼリカの疑似餌どもはどうなったかな」


 白衣を着た男は、今までの映像を見て思い出した片手間の研究がどんな結果になったのかを確認しに行く。『器』の眠るラボを出て、培養槽の並ぶ実験棟へ。


「あそこにいた連中は少女の姿をしていたな。いったいどんな男を誘惑するつもりだったのやら」


 こちらの培養槽に入れられた無数の疑似餌達は成人女性の姿をしている。人間の姿をしているからといって植物の一部に過ぎない疑似餌が人間の子を身籠るとはとても考えられないが、気になったことは試さずにいられないのが彼の性格だった。


 そして、得られた結果は彼の予想を裏切った。


「おお、なんということだ! また新しい研究対象ができた」


 その『成果物』を取り出し、解析機に放り込む。以前は有能な助手が何でもやってくれたが、今は一人なので自分で動かさないといけない。新たな助手を作るつもりはなかった。


「アンゼリカはどこに生えていたかな……」


 中庭の植物園へ向かう。すぐにいくつかの植物が襲い掛かってくるが、目的のものではないので無造作に手を振る。次の瞬間、襲い掛かってきたいくつかの植物達は動きを止め、力なく地面に落ちていった。


「見つけた」


 しばらく緑の中を歩くと、そこに裸の成人女性が座っていた。男の声を聞くと身体を震わせ、逃げようとする。


「お前の組成に興味がある。ちょっと来なさい」


 嫌がって首を振る大人のアンゼリカだが、男はお構いなしにその首を掴んで引きずっていった。


「おっと、■■ン■■■■からの通信だ」


 男は有能な助手からの報告が来ているのに気付き、手にしていた研究対象を無造作に引きずりながらラボへと戻っていく。


「■■ン■■■■、よくやったぞ。そいつのデータはもう十分に得られた。次の目標へ向かうといい」


 カプテリオの入口で男の指示を受けた助手は「了解」のシグナルを返送すると、既にマーキングしていた人物のところへと飛び立っていくのだった。

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