真のアルマ

『それではクリオさんに私の操縦方法を教えましょう』


 やる気を出したクリオに、冷静なラタトスクの声が届く。目の前の画面に「チュートリアル」と表示され、何やら人間らしきシルエットが背後に描かれている。


「えっ? 操縦はしてるだろ?」


 せっかく盛り上がった気分に水を差された格好のクリオがラタトスクに抗議じみた疑問をぶつけた。方舟からメルセナリアまで旅をし、カプテリオの底までやってきたのだ。移動距離や戦闘経験を考えても、ラタトスクの操縦に関して初心者の域は脱していると見ていいはずだ。


『馬鹿を言わないでください。これまでのあなたは勝手に動く私の背中にしがみついていただけのダニみたいなものです』


 なぜか罵倒された。それと同時にクリオの握っていた操縦桿が収納されていき、両側から伸びてきたケーブルの先についた手袋のようなものが両手に装着されていく。感触は布のようだが、自分で開いて手を包み込んだので材質は謎だ。


「えっえっ、なにこれ?」


 気付いたら座っていた座席も床に沈み込んでいき、胴体に服のようなものが装着された。足にはブーツのようなものもはめられ、全身が謎素材のスーツに包まれている。


『あんなレバーで乗っている機械を自在に操れるわけないでしょう。なぜ人型アルマが強いのかと言えば、それは操縦しているのが人間だからです。どんなにアルマの姿になりきって動きをイメージしてみても、脳が動かし方を知っているのは人間の身体だけです。それを踏まえて、アルマを操るなら自分自身の動きをキャプチャーさせるのが一番というわけです』


 モーションキャプチャーによるアルマの操縦。理屈としては分かるが、突然よく分からないスーツを着せられたクリオは困惑せずにいられない。


「そんなこと言って、お前は人型じゃないじゃないか」


『もちろん、人型になるのですよ』


「えっ?」


 ラタトスクが当たり前のように言った言葉の意味が分からず、更に困惑しているとアルマがその場で直立し、機体を変形させ始めた。そういえばメルトクラッシュを使った時に尻尾が変形していたと思い出し、このアルマは機体の形状を変化させる能力を持っているのだと理解した時には、それまでのずんぐりした動物型からスマートな人型にラタトスクが姿を変えていた。元の機体がそこまで大きくないので背丈はシヴァの半分程度だが、人間よりはずっと大きい。


「おいおい、なんか形が変わったぞあいつ」


「人型……戦闘に向いた形状に変わったということでしょうか」


 クラーケンと少女達を相手に一進一退の攻防を繰り広げながら、ラタトスクの変化に注目するホワイトとミスティカである。この停滞した状況を打破してくれるに違いないと期待している。機兵団を相手にした時もあのアルマが状況を覆したのだ。本当にとんでもない掘り出し物を買ったものだ。


『私のように太古の昔に作られた真のアルマは、現代の模倣品と違い状況に応じて適した姿に変形できるのですよ。ではあっちに向かって走ってみましょう』


 ラタトスクがクラーケンがいる方向とは逆側の壁に向かって走るように指示を出した。この状態で動く感覚を覚えさせるためだ。クリオもいきなりクラーケンと戦うのは気が引けるので大人しく言う通りにする。アルマの内部で走り出すのに若干の抵抗があったが、いざ動き出してみるとまるで自分自身が巨人になって神殿内を走っているような感覚になった。


『いいですね。シンクロ率が上がっていますよ。ではそこで思いっきり真上にジャンプ!』


 垂直跳びをする。飛び上がると、さっきまでずっと上にあったはずの天井が物凄い勢いで眼前に迫ってきた。ラタトスクに何か言われる前に、クリオは自然と身体を屈め、回転して両脚を天井に向けた。勢いよく天井に逆さ向きで着地、否、すると、ラタトスクの顔が地上にいる一体の少女に向く。


『いい動きです。このままあのクソガキにかかと落としを食らわせてやりましょう。女の子は攻撃できないなんて今更言わないですよね?』


「クソガキって……おう、あんな奴思いっきり蹴り潰してやる」


 天井を蹴り、勢いよく地上に落ちていく中でまた身体を回転させ、右脚のかかと部分を少女の頭上に振り下ろした。


 グシャリ、と音がして、あの刃を受け止めたほどの頑丈さを持つ少女の身体が容易く潰れた。赤黒い液体が床を染める。


『人間の血液と見せかけて、あれは樹液です。後で舐めてみるといいですよ、甘いから』


「いや、やめとく」


 さすがに気持ち悪い。これでチュートリアルは終わりのようなので、立ち上がって戦闘中のクラーケンに身体を向けた。


「本当に凄いな。小さいのに、あのシヴァより強いんじゃないか?」


『当たり前でしょう。シヴァが強いのは操縦している人間の腕がいいからで、しょせんは現代のアルマ。性能は真のアルマに遠く及びません』


 得意げに言うラタトスクである。人型アルマは操縦者の強さがダイレクトに反映されるので、ホワイトがその真のアルマとやらを操縦したらとんでもないことになるのだろうな、などと考えつつ戦闘に参加しようとする。


「こいつは俺達が引き受ける! お前はアンゼリカを見つけて潰せ!」


 そのタイミングでホワイトがクリオに声をかける。この状況を打破するにはクラーケンを破壊するより寄生樹を仕留めた方がいい。それにクリオがクラーケンを攻撃するのはやはり厳しいだろうと考えていた。


『ホワイトさんの言う通りです。さっさとアンゼリカを見つけて――』


「――いや、もう見つけた」


 クリオの顔が動き、それに合わせてラタトスクの顔がクラーケンから向きを変え、一体の少女を正面に据えた。


「あいつだけ、攻撃にも防御にも参加していない。ずっと他の子と一緒に動いているけど、よく見ると全然動きが違う」


『……やはり男の子ですから、裸の少女に目が行っていたんですね』


 ラタトスクがからかうようなことを言うが、そのAIは操縦者の洞察力に思わず驚き、感心してしまった自分の気持ちを誤魔化そうとしていたのだった。そして、今のクリオとラタトスクは精神のシンクロ率が高い。クリオの思考がラタトスクに伝わっているように、ラタトスクのそんな感情もクリオに伝わってきた。


「へへっ、オイラのこと見直しただろ?」


 ニヤリと笑い、アンゼリカを逃さないように視点を合わせ続ける。向こうはクラーケンを操縦するスピラスを操るのに意識を集中しているのか、自分を見つけられたことに気付いていない。


『あれを使いましょう』


 みなまで言わなくても分かる。クリオは両手を前に伸ばして、アンゼリカに向けた。


「いくぞ、メルトクラッシュ!」


 前腕部から飛び出し、発射された二発のロケット弾が一直線にアンゼリカへと向かっていく。その推進速度は音速を超える。少女の姿をした寄生樹は、避けることもできずに食らい、跡形もなく消滅するのだった。

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