寄生樹アンゼリカ

「本当に悪趣味な植物だな、悪魔の樹木改め悪趣味の樹木とでも呼ぶか」


 ホワイトがシヴァを駆り、クラーケンに肉薄した。そのまま手にした刃で無防備そうに見えるピラミッド部分を斬りつける。防御行動を取るだろうことは想定していたが、敵の防御行動はホワイトの想像を超えていた。素早い動きで割り込んできた少女型の植物が自分の腹で刃を受け止めたのだ。


「お前そういう役割だったのかよ……だがお前の弱点はもう分かってる」


 シヴァの刃が電気を帯び、電熱で少女の身体を焼く。ジジジと音を立てながら煙を上げ、少女の身体が前回と比べると驚くほどの速さで切り裂かれていった。もちろんそれを黙ってみているほど敵は甘くない。クラーケンのピラミッド部分が開口し、中から速射砲の砲身が現れた。連射される砲弾を横っ飛びでかわし、電撃を打ち込もうとするとまた砲身をしまって防御した。この反応から表面は電撃に強く、内部は電撃に弱いだろうと判断する。考えてみればクラーケンは現代のアルマだ。機体のほとんどが鉄で出来ているに違いない。


「アルマの機能を使いこなしていますが、あれは植物ではないのですか?」


 植物と言っても、少女型の木は人間と同じように動いているので機械も動かせるのだろうが、アルマはただ操作された通りに動くだけの機械ではない。操縦者の思考と同調し、その意思を読み取って最適行動を取るようにできている知的な機械だ。先ほど流暢に現代人の言葉を話していたのも不自然である。何故なら、戦闘開始してからも少女型の植物同士で会話をしている姿を一度も見ていない。統制の取れた動きで仲間をかばったりしているのに。それはつまり、植物には言葉で会話する能力は必要ないということだ。当たり前のことのように思えるが、アルマを操作し、人間の言葉で話しかけてくるという、当たり前でない行動をしているのがこの推定『悪魔の樹木』だ。発言内容から考えても、彼|(彼女?)はもともとこの場所で人間と会話することを想定していなかったはずだ。そんな進化をするとはとても思えない。


『あれは寄生樹アンゼリカです。ご想像の通り、喋っていたのもアルマを操縦しているのもスピラスという人物本人で、アンゼリカに操られているのです』


 寄生虫、という生物は多くの人によく知られているだろう。ただ宿主の身体から栄養を貰うだけのもの、真の宿主へ寄生するために中間宿主を操り、殺害するもの。カタツムリに寄生するロイコクロリディウムは、本来の宿主である鳥に食べさせるために、カタツムリを目立つところまで動かし、目玉の部分から透けて見える派手な色の身体を激しく動かして鳥にアピールする。カマキリに寄生するハリガネムシはカマキリの腹の中で成虫になるが、交尾するためにカマキリを操り水中へ潜ると、腹から出て水の中を泳いで伴侶を探す。


 重要なことは、寄生生物が宿主を操る場合、その運動能力は宿主自身のものであるということだ。であるならば、人間に寄生した寄生樹アンゼリカは、操る人間が行える全てのことを行わせることが可能であるということになるわけだ。


「つまり、あれはスピラスさん本人……なおさら攻撃しにくくなりますね。本当に悪趣味というか、嫌らしい生き物です」


 こんな会話をしている間にも、クラーケンとシヴァの戦いは続いている。シヴァはどうにかしてクラーケンにダメージを与え、行動不能にしたいのだが、攻撃のことごとくを少女型が受け止めたり、触手で打ち払ったり、硬い装甲で弾いたりしてくる。ピラミッド部分が回転するごとに攻撃の種類を変え、速射砲の次は追尾ミサイル、火炎放射器ときて、最後にはまさかの突撃槍が飛び出した。それぞれ何が来るか分かっていれば対処はさほど難しくないが、ピラミッドが高速回転してどこの面が前に来たのかを相手に悟らせない。さすがアルマに金をかけるエクスカベーターの愛機だけあって、攻守にバランスのいい機体に仕上がっている。


 ナンディとラタトスクはその激しい戦いに割り込むこともできず、観戦している状態だった。そこにどこからともなくわいて出た少女型が襲い掛かってくる。どうやら攻撃も可能なようだ。攻撃方法は少女の身体でパンチやキックをしてくるという、見た目だけならふざけてじゃれついているかのようなものだが、ただの根が人間を刺し殺すほどの攻撃力を持ち、少女の身体は人型アルマを両断するシヴァの刃を受け止める硬さだ。見た目からは想像もつかない、凄まじい威力の攻撃を繰り出してくる。戦闘モードに入っているナンディは床や壁を蹴って駆けまわり、少女の攻撃をかわしながら攻撃に転じた。倒し方は分かっている。少し数が多いだけだ。ラタトスクはクリオが錯乱状態なので応戦できず、辛うじて少女の攻撃をかわしながら逃げ回るばかりだ。


「そのアンゼリカってやつに寄生されてるなら、寄生してる本体はどこにいるんだ?」


『良いところに目を付けましたね。実は本体も少女の姿をしています。何匹もいるのは、本体をあの中に紛れ込ませて見つけられないようにするためでしょう。大昔の言葉に〝木を隠すなら森の中〟というものがありますが、まさにそれを実践しているようですね』


 襲い来る少女達の攻撃から逃げまどいながら、それでもいつもの調子でホワイトに答えるラタトスクである。


「なるほど、これまた面倒くせえ! どこまでも嫌らしい生き物だなこいつは」


「嫌らしいのはお前達人間だろう。我々の生きる場所を奪い虐殺しておいて、どこまでも被害者面をし続ける」


「うるせえ、返事するなパラサイト野郎!」


 シヴァが加熱した刃を振り下ろし、また少女が受け止め、二つに割れる。どこまでも人間そっくりな姿だ。やられ姿も気持ち悪い。アンゼリカにとってはこの少女型も変形させた葉の一枚に過ぎないが、対峙する人間にとっては何人もの生きた人間――それも美しい少女達――を相手にしているような気分にさせられる。


「寄生樹アンゼリカ……なぜ天使アンゼリカなのでしょう」


 同じ学名の植物も太古の地球に存在したが、それとは関係がない。この生物に名を付けた者が、何を思ったのか。今のミスティカ達には知る由もなかった。


「ちくしょう……なんでオイラに優しくしてくれた人はみんな死んじまうんだよお!」


 相変わらず泣き喚くクリオに、ラタトスクが話しかけた。このままではらちが明かないとみて、彼の心を安定させることにしたのだ。


『クリオさん、よく聞いてください。寄生樹アンゼリカはかつてこの星の地上に繁殖していました。こいつらの犠牲になった人間は数知れませんが、一つ重要な情報があります』


「……なんだよ、重要な情報って」


 もしや寄生された人間を救う方法があるのかと、泣くのをやめてラタトスクの言葉に耳を傾ける。これで期待外れの返答がきたら、今度こそ頭がどうにかなってしまいそうだ。


『ふふ、あなたの想像した通りですよ。かつてアンゼリカに寄生され、生還した人物が存在するのです。スピラスさんはまだ助かる可能性があります』


 その言葉を聞いた瞬間、クリオが操縦桿を力強く握る。自然と口から雄叫びが漏れた。


「うおおおおお!!」


 助けられる。ここに来てまさに奇跡のような情報を与えられたクリオの心に、希望の火が宿ったのだった。

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