地下神殿

 悪魔の樹木という名称に疑問を持っていた。裏でいくつもの汚いことをやっている宗教組織だ、その教えにも欺瞞が満ちているのだろうと根拠もなく考え、真実を解き明かそうと旅を始めた。真実を解き明かせば、大天回教の闇を晴らせると思って。


「……敵を見誤っていたのでしょう」


「えっ、他にも敵が!?」


 先ほどの敵がとにかくショックだったクリオは、ミスティカの呟きに反応して飛び上がる。


「あ、いえ。私が旅に出た理由の話です。私は大天回教の教義に疑いを持って真実を求めました。現在の大聖堂で行われている良くないことを知り、大天回教そのものを疑ったのです。ですが、メルセナリアという国が行っている非道や本物の悪魔の樹木と出会って、教義ではなく悪事を行う人が悪いのだという、当たり前の現実を思い出したのです」


 未だ人類の歴史に隠された謎はまったく解明できていない。だが、大天回教が植物をヒステリックに敵視する理由も、『悪魔の樹木』の教えも心から納得してしまった。こんなものが一本でも地上に現れたら、どれだけの犠牲が出るだろう。そういえばクラーラの町で触れた植物から感じた敵意。あれは本物だったのだと理解すると共に、あの町が危ないと心の底から心配になった。優しく案内してくれたナターシャは無事だろうか。あれからけっこうな日数が経っている。植物がここのように成長していないといいが。


「それじゃあ、人類の歴史を探るのは今回で最後かい?」


「いいえ、それはまた別の話です。人類の歴史を知ることで、私の信じるべき神とは何なのかを知ることが目的ですから」


 神話言語で『神の眠る星』と呼ばれるこの星が、なぜこのような状態になっているのか。砂漠化したのは恐らく人間が植物を残らず焼き尽くしたからだろう。を知る者なら、誰だって絶滅させようと思うに違いない。だがそれだけで満足できるものではない。


 そんな話をしながら通路を進んでいくと、ついに最深部に到達したらしい。急に広い空間が現れた。


 そこは、地獄と呼ばれる場所の最深部とはとても思えないほど、美しい場所だった。キラキラと輝くクリスタルの照明が至る所にあるが、それは地上から光ファイバーを使って太陽光を地下に送り込んでいるものだ。恐らく、ここにむモノのために。噴水のようなものが広い空間内の四方にそれぞれ設置され、澄み切った綺麗な水が床に張り巡らされた浅い水路を流れ続けている。地下水だろう。砂漠に暮らす者達にとってはそれだけでとてつもない宝のように感じる。これまでと違い白っぽい色の金属壁には、通路にびっしりと張り付いていた木の根が見当たらない。何者かがこまめに清掃しているのか、くもりのない艶やかな光沢を持ちつづけている。空間に満ちる清浄な空気は、さながら大神殿のようだ。


 その奥に、大きな機械が佇んでいる。ピラミッド型の体部、うねる触手のような八本の脚。クリオには見覚えがある、懐かしいアルマ。それを、先ほど通路で出会った裸の少女と同じものが目算で約二十体も、取り囲んで守るように立っていた。


「スピラス! オイラだよ、クリオだ! 約束通りエクスカベーターになって迎えにきたよ!!」


 この状況、明らかにクラーケンは敵の手中にある。だがそんなことはお構いなしに、クリオはあらん限りの力を振り絞り、声を張り上げてスピラスに話しかけた。ラタトスクのスピーカー越しに放たれたその声は、広い部屋に響き渡る。少女達の身体が声に反応して揺れた。シヴァとナンディは戦闘態勢に入るが、クリオが話しかけるのを止めたりはしなかった。彼の気の済むようにやらせておこうと考えているのだ。


 すると、クラーケンから同じように声が発せられた。クリオには聞き覚えのある、男の声だ。


「人間め、こんなところまで我々を殺しにきたのか。そんなに我等が憎いのか」


「……え?」


 状況が掴めない。まさか返ってくるとは思わなかった声、それも明らかにスピラスのものであるのに、投げつけられた言葉は人間に対する怒りの言葉だ。人間であるスピラスが発する言葉であるはずがない。


「どういうことですか? あなたはいったい何者です?」


 ミスティカが警戒を強めながら指向性通信でスピラスに問いかける。クラーケンが立ち上がり、少女達が素早く横に広がって道を開けた。そこをゆっくりと進みながら、言葉を返してくる。ご丁寧に通信を返し、画面にクラーケンの操縦席に座る男の顔を映した。どう見ても生きた人間の顔だ。目には意思の光が宿る、クリオもよく覚えているスピラスの顔そのものだった。それが口を開き、喋り出す。


「この星で平和に暮らしていた我々の前に、突如としてお前達人間が現れたのはいつのことか。無慈悲な侵略者に対抗し、あらゆる手段で戦いを続けた我々は、次第に数を減らし、住む場所を追われ、ついにはこのような地の底に隠れ住むことになったのだ。焼かれて死んでいった仲間達の無念を思うたび、悔しくて仕方がなかった」


「クリオ、ラタトスクを戦闘モードにしろ。あのメルトクラッシュとかいう武器の用意も」


 ホワイトが通信でクリオに指示を出す。これがどれほど残酷な指示か、よく分かっている。クリオは女の子の姿をしているだけの敵すら攻撃できずにいたというのに。


 この敵は、彼がずっとその身を案じていた恩人の姿をしているのだ。


「我々が地の底に逃げ延びても、お前達人間は追ってくるのか。なぜそこまでして我々を滅ぼそうとする? 我々がいったいお前達人間に何をしたというのだ! 遠く離れた惑星に住んでいたお前達に、我々が干渉したことなどただの一度も無かったはずだ!」


「う、うわあああああああああああ!!」


 クリオが絶叫し、目を瞑って操縦桿を握る。攻撃トリガーも引いた。スピラスが、スピラスでない別の存在の言葉を喋っている。その事実がもたらす意味を理解することを、脳が拒んだ。もう何も考えたくなかった。だから、ただ滅茶苦茶に暴れ出した。


『落ち着いてください、滅茶苦茶な制御信号を送られて攻撃行動が阻害されています』


 ラタトスクが焦ってクリオを落ち着かせようとするが、クリオは駄々っ子のように暴れ、泣きじゃくるだけだった。

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