メルセナリア機兵団

「こうやって何機ものアルマで取り囲んでエクスカベーターを襲っていたんだな!」


 クリオが怒りを込めて怒鳴りつけると、男は馬鹿にした口調で返事をする。


「はあ? なーに言ってんだ、そんなことしたらせっかくの戦利品がぶっ壊れちまうだろうが。何のために交流所へ誘ったと思ってるんだ。アルマから降りたところを襲うんだよ」


 つまりこの男達はメルセナリアの正規軍人という身分を利用して発掘隊を騙し、アルマやアーティファクトを強奪しているというのだ。


「そのアルマに乗っていたリゾカルポさんはどうしたのですか?」


 あまり想像したくないし、言わずともわかることだが、確認しなくてはならない。ここは曖昧にして誤魔化していい場面ではない。どうせこいつらは自分達を生かして帰す気はないだろう。取り囲んでいる人型アルマの胸にはメルセナリアのシンボルである羽ばたく鳥のマークがついている。機兵団だ。そんな連中が悪事を働いていることが世間に知られたら大変なことになる。わざわざ身分を明かして自分達の悪行をペラペラと喋るということは、そういうことだ。


「あの女なら、ちゃーんと処理機械ハカバに送ったぜ。人間の身体も大切な資源だもんなぁ。ああ、その前にたっぷり楽しませてもらった。あんたもそうしたかったのに、残念だよ」


 全身を毒虫が這うような気色悪さに襲われる。この男はなんと見下げ果てた下衆なのだろうか。教主の姿が脳裏にちらつき、心が不快感に支配され、思考が鈍ってしまいそうな中、やはりこの軍人達はこの場で我々を殺害することを最優先事項と考えているのだと理解した。変な遊び心を出すことなく、確実に始末するという意識。そこだけは確かに軍人的だ。


「……遺言はそれでいいか?」


 ホワイトはシヴァの持つ刃を下に向け、機体の腰を落とした。方舟のガーディアンを一撃で仕留めた、目にも止まらぬ速さの斬撃を繰り出す。


「はっ、死ぬのはお前等だろ。状況を見ろ」


 だが、男を乗せたアラネアが両断されることはなく。シヴァは両脇に立っていた機兵団の人型アルマに機体を掴まれ、動きを止められていた。今まで誰も、その動きを目で追うことさえできなかった超高速の攻撃を見切って妨害したのだ。騙りでもなんでもない、本物のメルセナリア国軍最精鋭部隊であることを雄弁に語る動きだった。


「じゃあ、スピラスは!?」


 今まさに戦闘が開始されようという瞬間、クリオが叫んだのはスピラスの安否を問う言葉だった。直後にラタトスクが隣にいた人型アルマに蹴飛ばされ、壁に激突する。衝撃がクリオの脳を揺さぶる中、耳に届いたのは希望の欠片もない言葉だった。


「誰だそいつ、殺したエクスカベーターの名前なんか覚えてねえよ」


 また別の人型アルマがナンディを槍の穂先で上から斬り下ろしてくるが、ミスティカが意識同調したナンディは素早くかわして相手の胴体を爪で引っ搔く。だが相手のアルマは槍を回転させて柄でナンディの胴体部を打ち据えた。同時にナンディを囲むもう二機の人型アルマがそれぞれ突きと蹴りを食らわせてくる。こちらの一機に対して敵は三機で囲むようにして襲ってくる。これも軍人らしく統制の取れた戦い方で、強さを感じる以上に不快感が増してきた。


 まるでお手本のように統制の取れた戦い方をしてくる練度の高い軍人が、このような場所で発掘隊を騙し討ちしアルマとアーティファクトを強奪している。間違いなく国の政府による命令の下で行われている行為だ。メルセナリアは、カエリテッラに負けず劣らず腐っている。怒りがナンディにも伝わり、咆哮を上げながら電撃を放つ。思いがけない反撃に人型アルマ達が一瞬怯むと、その隙を見逃さずに地を蹴り、壁を蹴って飛び上がった。すぐに槍で突いてくるアルマに対して身をひねって攻撃をかわしながらまた電撃を食らわせる。


「ちょっと攻撃を防いだくらいでいい気になるなよ」


 シヴァが自分の左右にとりついているアルマに膝蹴りと肘打ちを当てて振りほどくと、一機に刃を振り下ろす。それを残りのもう一機が剣で受け止め、守った。ホワイトはニヤリと笑って刃と刃がぶつかった場所から刃を横に捻り、一気に振り抜く。剣を持っていた人型アルマの首が切断されて飛び、動きが止まったところで蹴りを入れて後ろに倒す。単独の戦闘力ではホワイトが機兵団を圧倒している。だが敵は複数で連携して襲ってくるため、軽く蹴散らすというわけにはいかない。対処に時間がかかればクリオとミスティカの命が危ない。内心焦りを感じるが、動きが雑になればこちらがやられる。それぐらいには敵は強い。


 ミスティカはまだどうにか戦えているが、クリオは一方的な嬲り殺しの構図だ。ラタトスクが身を屈めて防御姿勢を取っているが、搭乗者のクリオが戦意を喪失している。恩人二人の死を簡単に受け入れられるほど心は強くない。なによりスピラスのことは絶望から希望を与えられて、また絶望に叩き落とされたのだ。悲しみと後悔と憎悪が入り混じり、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


――感情の整理は一つづつやるんですよ。目の前に憎い奴がいるでしょう?


 誰かの声が聞こえたような気がして、顔を上げる。すると画面越しにナンディが傷だらけになりながら善戦している姿が見えた。シヴァはやはり優勢だが、敵もしぶとくなかなか倒しきれない。こちらを囲んでいた三機のうち一機が加勢したようだ。そして、そんな戦闘の輪から外れたところにクモ型アルマがいた。


『こんな状況なので少し秘匿レベルの高い話をしますが、あのふざけたクモを一発で粉砕できる必殺技があるんですよ』


 いつもふざけているラタトスクの声がこの上もなく頼もしく聞こえた。


「じゃあそれやるぞ!」


 袖で涙を拭き、前を見据えて操縦桿を握る。目標は下衆男の乗るアラネア。


『お前はぶっ飛ばす!』


 クリオとラタトスクの心が一つになった瞬間だった。

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