一縷の望み

 ラタトスクの尻尾が左右に開き、中から大口径の砲が出てくる。あの太く大きい尻尾は単にモデルとなった動物を模しているだけでなく、この武器を隠すためのカモフラージュだったのだと見る者が考える間すらなく、頭を下げ、尻尾を上げた状態から変形し砲口からロケット弾のようなものを発射する。この間一秒もかかっていない。誰もが――操縦しているクリオまでも――何が起こったのかを理解することも出来ないうちにラタトスクの発射したロケット弾が目標に着弾し、その地点から前方、つまり通路の奥に向けて赤い光が放出された。


 一瞬の間をおいて、光に当たった全てのものが溶ける。直撃を食らったアラネアは光の軌道上にある部分全てを失い、後に残された脚部が床に崩れ落ちてガラガラと大きな音を立てる。


『メルトクラッシュ。対原生植物汎用焼殺兵器です。現代アルマごときに使うのはもったいない威力ですが』


 そう言うと、ラタトスクは兵器の威力に戸惑いを見せるクリオをそのままにして砲口をシヴァを囲む人型アルマの一機に向けた。当然、向けられた側は射線から外れるように回避行動を取る。これによってシヴァに行動の自由が生まれ――


「ナイスだ、ラタトスク!」


 一閃。次の瞬間、シヴァを取り囲んでいた三機の人型アルマは胴の部分を水平に――中の操縦者ごと――切断され、ただの鉄屑と化した。


神よ赦し給えディジーロ・ペラディーオ


 あっという間に仲間の半数近くが死亡し、動揺した機兵団が動きを止めた隙を見逃さず、ミスティカはナンディの攻撃トリガーを引いた。大嫌いだったあの言葉は、人の命を奪う覚悟を決めるちょうどいい合図としてミスティカの脳に作用する。一気に人型アルマの操縦席を角で貫き、おまけに放電して完全に機能を停止させた。


「くっ、調子に乗りやがって!」


 ナンディを相手していた他の人型アルマが、お返しとばかりに槍で操縦席のミスティカを貫こうとする。


「それが遺言か」


 だが次の瞬間、シヴァが一息に残りの人型アルマ全てを斬り払った。これで戦闘は終了である。高い戦闘力を誇るメルセナリア機兵団は、統制を失った途端、個の戦闘力で遥かに勝るホワイトに蹂躙されたのだった。




「修理しますニャー」


 戦闘でところどころ破損したアルマ達の周りを走り回って修理するタマの邪魔をしないように、少し離れた壁際に体育座りをしているクリオが、自分の膝を抱え込んで俯き静かに涙を流していた。そこにミスティカが近づき、横に腰を下ろして声をかけた。


「クリオさん、修理と後片付けが終わったらスピラスさんを探しに行きましょう」


 その声に反応し、勢いよく顔を上げたクリオは声を荒げてミスティカに食ってかかる。


「どこに? 何のために? あいつらは国家ぐるみでエクスカベーターを騙してアルマとアーティファクトを強奪していたんだ、生きてるわけない! だって、こないだ発表してたじゃないか。八脚式のアルマを発掘したって! あれがクラーケンだったんだ!!」


「……見たんですか?」


「えっ……?」


 ミスティカは眉一つ動かさずに、静かな声でクリオに問いかけていく。


「クラーケンは非常に特徴的な形をしているんですよね。見たらすぐわかるはずです。宿場の人達もクラーケンのことは覚えていました。あの八脚式アルマを見て確認もしていないのに、クラーケンだと決めつけるんですか? 彼等は自分達の行いを知られないようにしていました。そんな特徴的なアルマを本当に利用するでしょうか」


「で、でも……それならアルマを壊して部品だけ利用すれば……あっ」


 クリオが自分で口にした言葉の意味に気付いたのを確認して、ミスティカが微笑む。


「リゾカルポさんが見せてくれたビーコンは緑色に点滅していました。つまりクラーケンは破壊されていません。そして、スピラスさんがあいつらにやられたという証拠もありません。確かに、生存している可能性は低いかもしれません。でも、まだスピラスさんが死亡したと確定したわけではないのです。たとえ1%……いえ、0.1%でも生存している可能性が残っているうちは、諦めてはいけません」


 また希望を持たせて、もう一度絶望に落としてしまうかもしれない。そうしたらクリオは立ち直れないかもしれない。それでも、ミスティカは彼に諦めてもらいたくなかった。最後の最後まで救出の可能性を追い求めて欲しかった。そうしなければ、きっと一生後悔をし続けることになるから。


「そうだぞ、諦めるのはまだ早い」


 そう言いながら、通路の奥からホワイトが歩いてきた。その顔には不敵な笑みを浮かべながら。


「どこに行っていたのですか?」


「あいつらが罠に使っていた交流所さ。もしかしたらと思って探ってみたら、見つけたぜ」


 ホワイトが懐から何かを取り出す。それを握る右手の指の間から、緑色の光が漏れていた。


「ビーコン!」


 そう、彼の手にはクラーケンと書かれたビーコンが収まっていたのだ。跳ねるように立ち上がったクリオが駆け寄る。


「リゾカルポが俺達に託してくれたのかもしれない。ほら、見てみな」


 そう言ってホワイトがビーコンのスイッチを押すと、クラーケンの位置情報が表示された。現在地より地下に200メートル。恐らくカプテリオの最深部であろう距離と方向だった。


「行きましょう!」


 ミスティカの言葉に二人が無言で頷く。修理が完了したアルマに乗り、中央通路へと戻ることにした。


「中を探索するのは次の機会でいいだろ、足場を作りながら一直線に最下層を目指すぞ」


「おう!」


 クリオが元気よく応えた。やっぱりスピラスは生きてはいないのかもしれない。でも間違いなくそこにクラーケンはある。スピラスの生死を自分の目で確認できるだけでも、救いがある。もし奇跡的に生きていたら、今まで祈ったこともない神に最大限の感謝を捧げよう。


『そっちの道は危ないですよ』


 ラタトスクが小さな声で呟いた。


「えっ、なに?」


 クリオが聞き返し、ちょうど先頭を進んでいたシヴァが横穴から中央通路へと出ようとしたところで振り向いた瞬間、大きな縦穴の下から猛烈な突風が吹きあがってきた。


「下がれっ!」


 とっさに腕を伸ばして後に続くナンディを制止し、自分も後退あとずさるシヴァ。その目の前を、巨大な何かが凄まじいスピードで奈落の入口に向けて上昇し、通路に壁を作るように塞いだ。その壁は黒く滑らかな質感である。


「まさか、あのクソ野郎が言ってたのは嘘じゃなかったのかよ……」


 巨大な正体不明の生物が、帰ることを許さない。メルセナリアの軍人がエクスカベーターを騙すための方便だと思っていたのだが。そして、この壁の質感にミスティカは見覚えがあった。


「これは……マーニャです!」


「ええっ!? だって、マーニャって人間の友達だろ?」


 砂漠における大いなる人間の友、マーニャ。それが今、クリオ達をこの地から逃すまいと妨害している。この巨体がもし牙を剥いたなら、ちっぽけな自分達にはなすすべもない。


『フフフ……ここからが本当の地獄ですよ、皆さん』


 ラタトスクの楽し気な声が響くが、この性悪リスを問い詰めようという気になるよりも先に、インフェロ、カプテリオという名称の意味を思い出して背筋が寒くなる三人だった。

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